事件が起こったのはその日だった。

空条家にお世話になって3日目。相変わらず夜になると発熱こそすれ、昼間は元気に活動する事が出来るようになった時雨は、たまには風にでも当たろうと近所の神社の石段を上がっていた。いつの間にかついてきてくれる承太郎は、最近ずっと一緒にいるせいかなんだか弟のように感じる。
毎日ホリィさんと夕食を作り手伝いをして、承太郎と三人で相撲を見る。そんな生活をしていると、優しく、そして自分の母親に似たホリィが本当の母親のように感じられ、まるで自分の母親にできなかったことをやるように、進んでホリィの手伝いをした。

「そろそろひえるぜ」

承太郎の声に顔を上げると、あたりはうっすら茜色に染まっている。蟻の大行列に水をかけるというサディスティックな遊びをしていた時雨を呆れたように見ると、境内で読んでいたのだろう。文庫本を片手に階段を降りるように促す。

「今日はなんだろうなー晩御飯」
「さぁな。昨日は洋食だったからな」

今日は和食がいい。珍しく食べ物の話題に乗ってきた承太郎を追い越すように早足で階段をかけ降りた。
……やはりいい歳の、それも慢性的な運動不足の人間が調子に乗ったのがいけなかった。
承太郎を追い越して次に足を降ろした時、高さが違う古くなった石段に足を取られた。
あっと思った時には体は前に倒れ、石段が迫ろうとしている。せめて顔面骨折だけは免れたいと顔の前に腕をやった時、力強い腕のようなものがお腹に食い込んで時雨を支えた。

「へ………」

見てしまった。自分の腹を支える。ここにいる誰のものでもない腕。うっすらと見えたその紫色のかかった腕に呆然として固まる。恐る恐る後ろを振り返ると、承太郎もまた驚いた顔で固まっていた。
ナニモノかに支えられた体がバランスを取り戻して後ろに尻餅をつくと、いつの間にか腕は消えていた。
急いで駆け寄ってきた承太郎に背負われている間、時雨は自分の体に異変が起こっているのを感じていた。
ドクンドクンと内側が熱い。噴き出してくるような熱を感じる。
承太郎が家についた時には、時雨は高熱を出して眠ってしまっていた。























体が熱い。何か自分でもわからない、どこかにしまわれていた熱量が一気に噴き出してきたように感じる。
ガンガン痛む頭と、思い出そうとしているわけじゃないのにあの紫色がかった腕のことばかり浮かんでくる。
まるで瞼の裏で無理矢理短い動画を何度も何度も見せられているようだ。
誰かが自分の中にいるみたいだ。そいつが時雨にしつこくまた同じ映像を見せてくる。やめて、もうたくさん、お腹いっぱいです。それ以上見たくなくて無理矢理目を開ける。ぼんやりとにじんだ視界、畳の香りに空条家で自分が与えられている部屋にいるのだと理解する。
さらりと誰かが時雨の前髪を撫でて払い、目元をなぞっている。承太郎の物でもないその指の感触はただただ優しい。
ぼんやりと見える柔らかそうな金髪の男性は、時雨の顔を覗き込んで微笑んでいる。まるで時雨に見つめてもらえて嬉しい。というように笑うと男がつけているオレンジと紫色のバンダナが揺れる


『la nostra carissima figlia』

『Ti amo e ti proteggo.』


男の形のいい唇がそっと囁く。酷く安心する。たぎっていた熱が、男の触れたところからゆっくりとまた時雨体の奥に畳まれていく

焦点の合わない目で必死に男の顔を見ようとしていると、大きな手のひらが時雨の目を覆う。深い眠りに落ちていく。
なんだか泣きそうな気分だった。


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