昔、僕がルフだった頃A







「―――――!」




かっ…考えてなかった…!!




(どっ…どどどどどうしよう!!)



頭をフル回転させるが、どうにもこうにも出てこない。



(え…えっと、ルフを捩ってル…ファ?ル…フェ?いやいや、ルフを捩る必要なんてないじゃないか…。
えっと…えぇっと……)


紙と筆を持ったままワナワナと震える僕を見かねてか、彼が声をかけてきた。


「なんだ、分からないのか?
まさか、さっき殴られた所為で記憶が…」



それだ!!




ここぞとばかりに勢いよく首を縦に振る僕に、彼は少し身を引いた。


「そ…そっか。それは災難だった…な…?
えっと…じゃあ、なんて呼んだらいいんだ?」



問い掛けに対し、僕はサラサラと紙に字を書く。

今の僕の見た目は子供だが、ルフとは知識の塊のようなものだ。
文字を書くことなど他愛もない。



『好きなように呼んでください。
いっそのこと、僕に新しい名前を付けてください』


紙を見た彼は、さらに一歩引く。


「え、マジで?なに、俺、この年で名付け親になっちゃうの?」


少し図々し過ぎただろうか…。
でも今更名前を考えるわけにもいかないし、彼に付けてほしいというのは本当だった。


僕はワザと、期待に満ちた目で彼を見つめてみた。


「くっ…なんだよその目は…。あー…ちょっと待てよ、今考えてるから。


そうだな……お前、ちっさいくせに賢そうで、変なところもあるから…








「アラジン」…」



あ、知ってるよ。
その言葉の意味は…



「意味は、「信仰の高貴」。
どうだ?大物になれそうな名前だろ?」



それは正に、ルフを表したかのような名前だった。

皮肉だな…。この姿になってもまだ、元の名前を引きずるなんて…。


神妙な顔つきの僕を見てか、彼が僕の顔を覗き込む。


「名前…嫌…だったか…?」


申し訳なさそうな彼に、僕はゆっくりと首を振った。
そんな僕を見て彼は笑う。


「そっか。それならいいんだ!


ところでさ…」


彼の言葉に、僕は首を傾げた。






「アラジンって、家何処だよ。今回こんなことに巻き込んじまったんだし、家まで送るぜ?」






次は家!?

そんなものあるわけないじゃないか!



「……………」



「どうした、それも忘れちまったのか?」



ここで「忘れた」と伝えれば、彼はこの町を虱潰しに探すに違いない。

だったら…。



『僕、帰る家が無いんです。親もいません。兄弟もいません。ずっと一人で生きてきました』


正直に…とはいっても作り話だが、変に誤魔化すよりはこちらのほうがいいだろう。

そう書いた紙を彼に見せると、彼はみるみるうちに悲しそうな顔になっていった。


「そっか……。おまっ…お前、今まで苦労してきたんだなぁ…。うっ…」


あれ…?もしかして…






泣いてる?



「声も出ないのにずっと一人で大変だっただろ?
苦しいことも、辛いこともいっぱいあったよなぁ…?

それなのにお前、こんなにいい奴に育って…」


鼻を啜りながら目を擦る彼。



あぁ、そうか…。


(きっと、昔の自分と重ねてるんだ…)


彼も、ずっと一人だった。
いつでも一人で生きてきた。


少なくとも僕は彼の親も、兄弟も、友達も、恋人も見たことがない。



傍にいたのは、僕たちルフだけ…。



『お兄さん、泣かないで』



そう書いて彼に見せる。


いつも僕たちの前では笑っていた彼も、やっぱり寂しかったんだ…。
一人が怖かったんだ…。




そんな彼のために、今の僕に出来ることって……



「わりぃな…情け無いところ見せちまって…。
ありがとな、アラジン」


そう言って、彼は照れたように笑う。



もしこの笑顔を僕が引き出せているのなら…。
こんな僕が、彼の支えになれるのなら…。




僕は―――――――





『あの、すみません。
実は貴方にお願いがあるんです』


僕の書いた紙を見て、彼はキョトンとする。


「なんだよ。遠慮せず言ってみろって」


そう言って彼は笑いながら僕の頭を軽く撫でた。


本当に、どこまでも優しい人なんだから…。




そんな彼は、僕のお願いを聞いてくれるのかな…?



手の震えを抑えて丁寧に文字を連ねていく。




もし拒絶されたらどうしようかな…

このまま人間として一人で生きていかなきゃならないのかな…

きっと彼のルフたちには笑われちゃうんだろうなぁ…




そんなことを考えながら自嘲の笑みを浮かべる。





でも、もう戻れないから。


(覚悟はできてる…)



僕は彼の目を真っ直ぐ見つめ、紙を差し出した。
彼はその紙を受け取る。


「おっ、何々…?



………おいアラジン。お前、これ本気で言ってんのか?」



にこやかに紙を受け取った彼だったが、僕の書いた文字を見てその表情は一変した。
文字に釘付けになったまま、怒ったような驚いたような声で僕に問い掛ける。
その問いに、僕は肯定の意味を込めて首を縦に振った。





そう




僕が書いたのは











『あなたの旅に、僕も一緒に連れて行ってください』









大変な旅だって分かってる。



辛いことも


悲しいことも



沢山あるって知ってる。




知っているからこそ、僕は君に笑っててほしいんだ。

僕が、君を笑顔にしたいんだ。



だから―――――



「分かった」



僕の耳に、彼の静かな声が届く。


「身よりのない子供を一人ぼっちで置き去りにする趣味は無いからな…。
ただし、本当に危険になったら俺はお前を安全な場所に置いていく。それでもいいなら、一緒に来てもいいぞ」


そんな彼の言葉に、僕は涙を流しながら頷いた。






知らなかったなぁ…




悲しくなくても、涙は出るんだ。




だって、今はとても嬉しい。
彼と一緒にいれることが、嬉しくてしょうがない…!



「じゃあ、これから宜しくな、アラジン!」



真っ直ぐ差し出された彼の手を、僕は大きく頷きながらしっかりと握った。







これは、「マギ」である彼と


人間になった僕の






冒険の始まりのお話。






――――――――――――


続きます






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