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皆が寝静まった午前一時。
不細工な文字が書かれてクシャクシャに丸められた紙を手に、僕はその人を待っていた。
ふと見上げた漆黒の空は吸い込まれそうなほど深く、もしかするとこの世界には自分以外の人間が存在していのではないかという錯覚に陥りそうになる。
ザァッ――――――
「うわっ…!?」
突如吹いた異様な風に目を瞑る。
すると―――――――
「よぉ、チビ。本当に来るなんてな」
馬鹿にしたような、意外そうな、なんともいえない声が聞こえた。
僕も負けじと声の方を見ながら悪態をつく。
「やぁ、ジュダルくん。君の難解な暗号には苦労したけど、合ってたみたいで良かったよ」
ニヤリと笑う彼を見て、僕も笑顔を返す。
「――――じゃ、行くか」
「そうだね」
これが、僕たちの挨拶代わり。
僕はジュダルに腕を引かれ、彼の絨毯に乗り込んだ。
――――――――――――
「それにしても…」
呆れたような僕の声に、ジュダルくんが「ん?」と振り向く。
「わざわざこんなものを書いて寄越すなんて、君は随分と回りくどいことをするようになったんだね」
丸められた紙を広げ、指先で摘んでヒラヒラと彼に見せる。
「しかもルフたちに運ばせるなんて、君はとんでもなく罰当たりな奴だよ。
いつか仕返しされるよ?」
「しょうがねえだろ、最近お前の周りのガードがやけに堅いんだから」
「まぁ…そう、だけど…」
そういえばそうだな…。
前回ジュダルが王宮に侵入して僕の部屋に来ていたのがバレてからというものの、何かと僕の行動に規制がかかるようになってしまった。
今回抜け出せたのはジュダルからの手紙を僕が受け取ったということが周りに知られなかったのと、まさかこんな子供が深夜に起きていないだろう、という大人達の安易な考えのお陰だ。
聖宮にいた所為で規制のかかった生活には慣れているが、特に理由も無いのに行動に制限を受けるなんて腑に落ちない。
(理由が無い、って言ったら嘘になるんだけどね…)
まぁ、大体の見当はついてるさ。
原因はきっと―――――
「やっぱ俺がシンドリアに通ってるってバレたのがヤバかったかなー…」
「なんだ、よく分かってるんじゃないか」
少し意外だ。
「……自分がどれくらい嫌われてるかくらい理解してるさ」
そう言うとジュダルくんは寂しそうな顔をしたまま前に向き直ってしまった。
暫くの間、沈黙が続く。
「…僕はジュダルくんのこと好きだけどね」
「知ってる」
即答か。
ここからジュダルくんの表情は見えないが、耳が真っ赤になっている。
(照れてる照れてる…)
「フッ…」
「なに笑ってんだよ」
「ウフフフ…なんでもないよ」
「気持ち悪いやつ!」
「君に言われたくはないな…。心外だよ」
「ハハッ!」
「フフフッ」
このやり取りも、いつも通り…。
「ねぇ、隣…座ってもいいかい?」
僕がそう聞くと、ジュダルくんは無言で自分の隣をポンポンと叩いた。
僕はすぐに彼の隣に座る。
「僕ね、アリババくんたちと居るのも好きだけど、君と一緒に居るのも好きなんだよ?」
「ふーん。
なに?お前、あいつ等といるのがそんなに楽しいわけ?」
ちょっと不機嫌そうなジュダルくんの声に、思わず頬が緩む。
もしかして、嫉妬してくれてる…のかな?
「怒ってるの?
ジュダルくんって意外と可愛いんだね」
「かっ……!お…お前の方が可愛い…から…っ」
どさくさに紛れて何言ってんだか。
いつもは言ってくれないくせに…。
「本当に思ってる?
なんか怪しいなー」
「お…思ってるぞ!本当に、お前のことは可愛いとおもって………あっ!!」
自分がどれだけ恥ずかしいことを言っているか、やっと気付いたみたいだね。
まぁ、そんなとこが
「好きなんだけどなぁ」
「なっ…なんだよ急に!」
「…なんでもないよ」
そう言って、僕はジュダルくんに肩を預ける。
僅かにだけど、彼の体が強張るのが伝わってきた。
「ねぇジュダルくん。昔した約束、覚えてるかい?」
「……あぁ」
少し間を空けて、ジュダルくんは答えた。
「僕ね、最近とっても不安なんだ…。
君は僕が望む限り傍にいてくれるって言ってくれた。僕も、君が望む限り傍にい続けると誓った。
でも、本当にそんなこと出来るのかな…って。
今でもこんなに会えないのに、いつか本当に会えなくなる時が来るんじゃないか、って…。いつか、その…僕と君が戦わなくちゃならない時が来たら、って…考えるだけで怖いんだ…」
「チビ…」
少し悲しそうなジュダルくんの声に、自分の言ってしまったことを後悔する。
「あっ……やだなぁ僕、何言ってんだろ!そんなことあるわけないのにねぇ!」
誤魔化すように笑ってみるけど、本当は凄く怖かった。
想像するだけで泣きそうになって、体が震える。
ジュダルくんにバレてないといいな…。
「…お前、今更何言ってんだよ。
言ったよな?俺は、守れねえ約束はしないって。もしそんな風に仕向けられたって、俺はお前と戦ったりなんかしないさ」
「でも…!」
顔を見上げた僕に、ジュダルくんは優しい笑みを浮かべた。
久しぶりに見た優しい笑顔に、何故か僕は涙を流してしまった。
「なんだ、お前って意外と心配性なんだな。んな下らねえこと考える暇があるなら、魔法の勉強でもしたほうがいいんじゃねえの?」
「……っ。意外と可愛い君に…言われたくない…よ…」
強がりながら涙を拭う僕を、ジュダルくんは優しく抱き寄せる。
「大丈夫だ。絶対になんとかなるから。俺がなんとかするから…。だから、俺たちはずっと一緒だ。
…なっ?」
「うん…そうだね。
ありがとう…」
そして僕は彼に体を預けたまま、ゆっくりと目を閉じた。
(ねぇ、神様…)
もし叶うのなら、もう少しだけこの幸せな夢を…僕に見させてください――――――