昔のお話







今日も聞こえる。




近いか遠いか、この建物の中からか外からかも分からないような所から。




ただひたすらに、「助けて」と叫んでいる声が。




だけど僕には何もできない。




僕はここから出られない
から―――――







――――――――――――



「ねぇ、君。質問してもいいかな」


本が大量に積まれた部屋で、僕は近くに座っていた青い巨人に話し掛けた。


「はい、何でしょうか」


かしこまった態度で巨人は答える。


「君は、何?」


「私はこの聖宮の番人です」


「ここは何をするところなの?」


「今は、あなた様を守るための建物です」


「ふぅん。じゃあ、僕は何から守られてるんだい?」


「まだ、答えられません」


「……僕はいつになったら外に出られるの?」


「今はまだ出られません。その時が来れば、外に出られるでしょう」



毎日毎日、同じ質問に同じ答え。

そしてやっぱり――――



「じゃあ、僕ってなんだい?」


「・・・・・・・・・・・・・・・」



この質問には答えない。


他の質問には何かしらの返答をするのに、この質問をした時だけは何も言わなくなるのだ。

でも、そんな反応にももう慣れた。恐らく何度聞いても同じことだろう。


諦めて中断していた読書に戻ろうとした時、ふと気になっていたことを思い出した。


「もう一つ質問してもいいかな?」


「なんでしょう」


「ここに居るのは、僕と君の二人だけだよね?」


「勿論です」


「そう……。ならいいんだ」


やっぱり気のせいだったのかもしれない。

読書を再開するために視線を本に移した時、今度は巨人の方から話し掛けてきた。


「……何故そのようなことをお聞きになるのですか?」


僕は彼を見上げ、訳を話そうとした。が、どうしても躊躇ってしまう。


「別に大した理由なんて無いよ。それに、言ったところで君は信じてくれないだろうし」


だが、巨人は首を振る。


「いいえ、信じます。
ですから、どうか訳をお話ください」


なんとか聞き出そうとする巨人の必死な姿に小さく溜め息をつき、僕はポツリポツリと訳を話し始めた。




「声が……聞こえるんだ」


「声………?」


彼は訝しげに眉をひそめる。


「苦しそうな、今にも泣いてしまいそうな声。
そんな声で、「助けて」って叫んでるんだ」


「……その声は、聖宮の中から聞こえるのですか?」


「どこから聞こえてくるのかは分からない……。

近いような、遠いような…耳に入ってくるっていうより、脳に直接話し掛けられているような感じもする。僕よりは年上だけど、若い男の子の声……かな?」


僕の発言を聞くと、彼は腕を組んでじっと考え始めた。
そして、何かを感づいたのかハッとして僕の顔を見、口を開いた。


「私は、その者を知っているかもしれません」


「本当かい!?」


「ええ。会ったことはありませんが、心当たりがあります。
それに、あなた様だけにしか聞こえないとなると……間違いないでしょう」


「……それは、誰?」


「・・・・・・・・・・・・」


なんだ、また答えてくれないのか。話しただけ無駄だったんじゃないか。


「……もういいよ。
このことはもう忘「彼は、あなた様に限りなく近い存在です」」


いきなり話を始めた巨人に驚くとともに、初めて彼の口から自分の存在についての話が出たことに少し動揺した。

『自分のことが何か分かるかもしれない』

そんな思いで、僕は彼の話を聞くことにした。


「その人も、僕みたいに閉じ込められているの?」


「いいえ、彼は外の世界にいます。ただ…………」


「……ただ?」


きっと、彼は慎重に言葉を選びながら僕に話をしているのだろう。
それはつまり、「声の主」が僕の存在と深く関わっていて、彼についての話をしてしまうと僕が何者なのかが大方分かってしまうということだ。

余程僕に自分のことを知って欲しくないらしい。


「彼は今、とある組織に利用されているのです。
あなた様の聞いた声は、きっとその少年の心の声ではないでしょうか」


「何故その人は利用されているの?」


「それは、彼が特別な存在だからです」


「じゃあ、僕もその人と同じなの?」


「いえ、あなた様は………



……これ以上は、お話出来ません」




………まただ。


コイツはまた、肝心なところをはぐらかそうとする。

そして、僕もまた懲りずに


「言えよ………」


近くに置いてあった杖を持ち、フラリと立ち上がって


「なぜ、答えない」


杖の先に力を集中させる。

そして―――――――


「答えろっ!!」


集めた力を一気に放出する。それは周囲の壁を破壊し、崩れた壁は床を、自身を、巨人を傷つける。

でも、そんな中いつも巨人は僕を庇うのだ。
僕が瓦礫の下敷きにならないよう、僕に覆い被さるようにして守ってくれる。

そんな巨人を見ながら、
自分の置かれた状況を嘆きながら、自分がしたことを悔いながら、僕は涙を流しその場にへたり込んだ。







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