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秘密の逢瀬


サスケの傷や怪我が完治には至らないまま、病室で更に幾日か経った。
そこで毎日を過ごさなければならないサスケの暇具合はそろそろ限界になろうとしていた。


 秘密の逢瀬




「……」


少し重めに作られた、握力を鍛えるリハビリ用の固い金属。
それを怪我の少ない左手で、何度もギチ、ギチ、と軋ませる。
カーテンの閉まった窓の外は平和なもので、鳥の声、子供の走る足音が聞こえる。

長い昏睡状態から目覚め、短い記憶喪失が治ってから、もう一週間だ。
『真白が里に帰還した時』から『重症人の退院』までの期間を少しでも空けさせるため、まだしばらく面会謝絶のまま入院している。
その後、『重症人の退院』と『真白と親しい者の退院』の期間も空けるため、色々と調節する予定だ。
無駄かもしれないが、そうすることで二つの事柄に関係が無いと示すためだ。

そんな大切な理由が有るため、無理に退院する訳にもいかず、外出もかなわないため、どうにも暇で仕方ない。
腕は骨折したままなので腕立て伏せはできず、肋骨も折れているので腹筋・背筋も鈍る一方。
足は無事――と言うか治されたので歩けるが、筋肉が引き攣るような違和感を感じる。
おそらく、あまりにも運動不足だからだろう。


「………はぁ…」


憂鬱だ。
面会謝絶なので、当然真白にも会っていない。
見舞いの品だけは看護婦から受け取ったが、顔を見るのと見ないのとでは大違いだ。
他人経由で真白から渡された本も、日がな一日暇なので、あっと言う間に三冊とも読み終わった。
見張りが暗部ではなく、この狼である事だけが唯一の救いだと思う。


「…暇やなあ」
「……」
「…兄(あん)さんも大人しいし、ワイ、帰りたいわ…」
「……」
「……無視かいな…。寂しいなあ」
「……」


話し掛けているつもりらしいが、特に乗り気がしなかったので会話は成り立たない。
白い床に丸くなって、頭だけを持ち上げてこちらを見ている。
双威とか言う狼は、一人でずっと喋った後、諦めたように頭を下ろした。

閉じた窓からは当然風は入ってこない。
ドアからも一日に二、三度看護婦が入ってくるだけで、今は誰の気配も無い。
この部屋から出るのも禁止されているから、この部屋が病院のどの辺りに在るのかも把握し切れていない。
窓から見た感じでは、一階や二階の高さではないことくらいしか分からない。
ただ、見晴らしは良いので、木ノ葉のどの辺りなのかは直ぐに分かった。


「…なあ兄さん、飽きひんのか、それ」
「……仕方ないだろ。これしかする事が無い」
「お、返事くれた。やっとかいなー」
「…」


いつまでも握って緩めてを繰り返す左手。
左手のリハビリばかりして、左手の握力だけが回復しても、空しいだけだ。利き手ではない。
しかしそれしか出来ないので、それだけを繰り返す。
飽きた・飽きないの問題ではない。


「……姉さんに会いたいんやろ」


その狼の一言で、左手はピクリと動いた後止まった。
固い金属が軋む音が止み、部屋は一瞬静まる。
下の方から視線を感じたが、そっちは見ない。
一体どういう感情を持ってこちらを見ているのかが、直ぐに分かったから。


「兄さんも何も言わんけど、ホンマは寂しいんとちゃうか?」
「…」
「姉さんも今頃“会いたいなー”と思うとるで、絶対」
「……」
「そろそろソッチもさびし…」
「それ以上言ったら殺す」
「は、はひ…」


二対の尾を軽く揺らしながら、冷やかしたようにベラベラと喋る狼。
調子に乗り過ぎたそいつに殺気を飛ばし、傍らに立て掛けていた刀に左手をかけた。
別に俺はそんなことをしたいから真白に会いたい訳じゃない。ただ顔を見たいだけだ。

この草薙の剣は、あの雪山に落としてきたのを態々探してくれたらしい。
すっかり使い慣れたこの刀が無い事に気付いて、それを伝えたのはこの狼に。
“そりゃ大変や”と少しの間消え、戻ってきたら誇らしげに“すぐ見つけるから大丈夫やで”と言った。
双威を経由して手元に戻ったのはその三日後。あの場所へ行くだけでも大変だった筈なのに、だ。
こいつ、実は狼の中では地位が高いらしく、命令だけして戻ってきたらしい。
良い奴なのは分かったが、少しお調子者なようだ。


「…冗談やったのに…」
「……」


ややしょぼくれて、耳と尾を垂らす。
こいつの下に就いている狼たちは大変なのだろうと、何となく思った。
この狼が真面目に働いている姿など想像できないが、地位が高いと言うことはそれなりに強いのだろう。


「………っちゅーか、暇やなあ…」
「…うるさいぞ」
「しゃーないやろ、喋る以外することないんやから」
「……」
「…まただんまりかいな…。あーあ、もう寝たろ」


暇に殺されるとでも言いそうな狼は、諦めて眠る体勢になった。
やっと静かになったと思いながら、差し入れの本の内の一冊を手に取る。
もう二度も読んだが、仕方がないのでそれで暇を潰そうと思った。
他の二冊は三度目を読み終わっていた。





消灯の時刻を過ぎ、看護婦の手によって強制的に明かりを消された。
昼間にいくらか寝てしまったので、あまり眠くはない。
肋が痛むので寝返りは打てないが、首だけを動かして窓の方を見た。
今日は立待月…つまり満月から二日経った夜。
少し月が出るのは遅かったが、十時半を過ぎた今は夜空で輝いている。
カーテンの隙間から僅かに覗く外の風景に、少し欠けた月が見えた。
双威は小さないびきを掻いているが、監視としての役目は果たせているのだろうか。


「…!」


窓の外に、少しだけ気配を感じた。
寝ている双威は気付く筈もなく、耳をピクつかせながら、まだ寝ている。
静かに起き上がり、刀を手に取った。

ここは上の方の階だ。
という事は、壁を登っていることになる。
ならば気配は、考えなくとも忍のものだ。

と、窓のすぐ近くの気配が、ガラスをコンコンと叩いた。
そのご丁寧な存在アピールに、一瞬気を抜かされる。
今まさに襲ってこようという奴が、わざわざノックなんてするのか。

数秒考えていると、もう一度“コンコン”と窓ガラスがノックされる。
その音で双威が目を覚まし、大きな欠伸をした。
殺気は微塵も感じないし、敵にしては間抜けな行動だ。
意を決するとベッドから降り、刀を持ったまま窓の方へ歩く。
カーテンに手を掛け、一気にガッと開いた。


「! 暗部…、真白か…!?」


戌の面を着けた、髪の長い女暗部。
見覚えのあるその姿と面に、思わず声を出した。
窓のすぐ横に足の裏をくっつけてしゃがみ、ヒラヒラと手を振っている。
半ば慌てたように窓の鍵に手を掛け、ひっくり返して開けた。
ガラッと窓を開けると、そこへ手と片足を掛けて部屋の中に侵入した。


「よっ、と…。…来ちゃった」
「…“ちゃった”じゃないだろ…」


真白はえへへと軽く笑うようにして言い、面を外した。

暗い部屋の中、少し乱れた髪を直しながら苦笑する。
何の為の退院延期だか、ちゃんと分かっているのだ。
その真白に小さく溜息を零すが、正直嬉しい。


「…なんやァ…? 姉さん、来てもうたんかいな…」
「ごめん、起こしちゃった?」
「それは別にええねんって。そんなん置いといて、大丈夫なんか? ここ来て…」
「大丈夫。怪しい人が居ないかは、ちゃんと確認したから」
「……」


楽天的な真白だが、暗部としての実力はある。
双威と真白が話す間にチラと外の様子を見てみたが、特に怪しい者は居ない。
そう確認してから、窓とカーテンを閉める。
その音に真白がこちらを見て、少し申し訳なさそうに頭を垂れた。


「…っと、その…会いに来て、…ごめんね?」
「…疑問系かよ」
「他に言いようが有るかなー…と思って…」


真白と話しながらベッドに行き、端に座ると持ちっ放しだった刀を元の場所に立て掛けた。
口篭りながら少し目を泳がせ、真白も一歩だけベッドに近寄る。
双威は窓の近くに座ったまま、もう一度大きな欠伸をした。


「……別に、良いがな」
「え、…良いの?」
「…良いも何も、もう来てるだろ」
「まあ、そうだけど…」


“ごめんね”ともう一度小さな声で謝った。
それに本当に小さく溜息を零すと、気付いた真白は反省したように目を伏せた。
下方から見上げるように顔を見ていたから、その様子はよく見えた。


「……」
「えっ、あ、」


真白の手首を掴んで、引き寄せた。
そんなに勢い良くという訳ではなく、割とゆっくりと。
近寄せた真白の手を更に下に引いて、抱き締める。
多少胸の辺りと右腕が痛いが、そこは我慢だ。


「サ、スケ…?」
「……」
「…ねえ?」


少し戸惑ったように尋ねる真白は、この姿勢が些か辛いようだ。
片膝を俺の両足を跨ぐようにしてベッドにつき、もう片方の足は殆ど浮いている。
その真白の肩口に顔を埋めて、一週間ぶりの温もりを感じる。


「サ、サスケってば、…」
「…兄さん、言わな分からんて…」
「…うるさい」
「……なんや、温度差感じるなあ…」
「…?」


折角アドバイスしたのに、といじける双威を横目に、もう少し真白を抱き寄せる。
狼が見ているからか、真白は頬を染めている。暗いが、月明かりでよく見えた。
勢いで思わず抱き付いてきた時や二人きりの時は、殆ど赤くなんてならなかったのに。
だから余計に可愛いと思ってしまう。


「…別に、バレなけりゃ、来たって全然構わねえんだよ、…俺は」
「え、…ホン、ト?」
「…ああ」


埋めていた顔を上げて、こちらを窺う横顔を見る。
真白の左胸は少し速めに音を刻んでいて、俺の心臓もまた同じ状態。
少し目を細めて、背に回した右手に当たる髪を弄る。


「……分かるだろ…俺も会いたかった」
「…! …うん」


嬉しそうに照れ笑いして、首に添えていただけだった手でぎゅっと抱き付く。真白の右手はまだ俺が掴んでいたから、動かなかった。
少しだけ考えた後、重心を後ろへずらし、ベッドに倒れこんだ。


「! っわ、」
「、……やっぱ痛ぇ…」
「え、サスケ大丈夫?」
「ああ」


倒れた時の衝撃が、肋骨に響いた。
真白は咄嗟に右手で勢いを緩めたため、真白の体重は直接には圧し掛からなかった。
しかし俺がまだ手を放さないので起き上がれず、そのまま横に寝転ぶ。
片膝立ちのままよりも、この方が楽だろう。


「…怪我の具合、どう?」
「…不便で仕方ない」


体の左側を下にして真白の方を向く。
さっきもだったが、腕を持ち上げるのに筋肉を使うだけで右の二の腕が痛む。
まだしっかりくっついていない骨を、多少なりとも圧迫しているのだろう。
その腕を動かして、真白に触れる。
動かせるだけ、まだマシなのだろうが。


「…ずっと一緒に居られれば良いんだけど…」
「…このくらいの不便、何でもない。そんな事より、お前はどうだ?」
「私? 特に変わりないよ」
「…そうか」


それなら良い、と言って、右手で真白の顔に触れる。
暗部の仕事向きでない真白の気質。今も仕事帰りの筈だ。
誰かを傷付けてきたのなら、どこかで自身も傷付いているだろうと思ったが。
そういう意味では彼女は、強いのかもしれない。


その時、部屋の外の廊下から足音が聞こえた。
消灯後の、看護婦による見回りだろう。
すべすべの床を擦るスリッパの音が、徐に近付いてくる。
個室が並ぶ廊下を、一つ一つ中に入ってちゃんと寝ているか確認しているようだ。


「…時間切れ? 帰らなきゃ」
「、隠れてろよ。まだ帰るな」
「…、…」


「帰る」という単語に反応して、思わず引き止めた。
己れにしては、随分と素直に「帰るな」が出たものだ。
真白はこの言葉に一瞬驚いたものの、その後すぐに嬉しそうに目を細めた。
動悸が少し速くなった。


「…うん。じゃあ帰らない」
「…」


そう言うと真白は体を起こした。
俺は掴んだままだった真白の右手を放し、寝転んだまま真白を見上げる。
まだ一緒に居たいという願いが同じであったことを、感じ取った。
「とても嬉しい」と心が騒ぐ。しかし矜持からなるべく表面には出さない。


「しばらく屋上で隠れてるね」
「ああ」
「気ィ付けてな」
「うん」


面を着け直して窓に近付く。
隣の部屋まで近付いてきた気配から逃げるように、真白は窓の外へ出て行った。
俺は痛む体を動かし、開けられたカーテンと窓を閉める。
そうすると直ぐにベッドに戻り、掛布団の中に潜り込む。
その直後、静かに引き戸を開き、看護婦が入ってきた。


「………」
「……寝てますね」
「……」


小さく独り言を呟いて、看護婦は踵を返した。
何故か双威まで寝たふりをしているが、気にしてはいけないのだろう。
看護婦は部屋の外に出、戸を閉め、少しずつ遠退いていく。
気配が次の部屋、また次の部屋、と移動していった。
それを確認してから、体を起こす。


「……」
「…何とかなったなあ。って、どこ行くんや?」


ベッドから降りて、窓へ数歩進む。
そこに狼が少し焦ったように問う。


「…屋上」
「ちょ、ちょい待ちぃや、姉さん直ぐ戻るって…」
「…」


あくまで小声で訴える双威の言葉を聞かない振りをして、窓の鍵に手を掛ける。
ひっくり返し、静かに滑らせ、素足を窓縁に掛けた。


「待ってられるかよ」
「! ちょお、兄さんっ!」


思わず少し声を大きくした狼は、慌てて前足でその大きな口を押えた。
体に走る痛みを半ば無視して、建物の外壁を登る。
高い、高い、と思っていたが、どうやら最上階だったようだ。
10秒も経たない内に、屋上の手摺の下端に手が届いた。


「っ、…ってぇ…」
「! …サスケ…!?」


左手に力を入れて、一気に体を持ち上げる。
そこに、俺だと気付いた真白が、構えたクナイを片付けながら近寄る。
手摺に左手を掛け、それを軸にして乗り越える。
着地の振動が骨に響き、また痛みが走る。
久々の運動は、体に負担が大きかった。痛い。


「何で、ここに…」


戌の面を右上にずらして、素顔を見せる。
そんなに簡単に警戒を解いて正体をバラすのは、暗部としてどうなのだ。
今は本物だから良いが、いつかその甘さが命取りになるのではないかとヒヤヒヤしている。
そこは、真白の実力を信じるしかないが。

跳び越えた手摺に背を預け、小さく息を吐く。
全身の関節がやや軋む。こんな状態になったのは初めてだ。
他人の体の中に放り込まれたかのように、思ったとおりに自由に動かせない。不便だ。
もう一度、小さく嘆息した。


「…お前と同じ理由だ」
「、…それって、」
「来ちまったんだよ、早く会いたくてな」
「……」


ふと思った。
俺は誰か特定の人物に会うために、こんなに体を痛めてまで行動したことは有ったか。
いや、そんな事は億劫でしなかった。
そもそも、そうやって行動を起こしたいと(正の感情で)思う相手が居なかった。
そう考えて、改めてコイツは「特別」なのだと認識した。


「…サスケ、サスケ」
「…何だ」


少し俯いて、名前だけを二度も呼ばれる。
ゆっくりと、三尺ほどあった距離を縮めてくる。
上からの角度では表情がよく見えない。
三歩目で辿り着き、両腕を無防備に少し持ち上げる。
そのままとん、と抱き付いた。


「…ぅん…?」
「…そんな嬉しい事言われたら、どうすれば良いか分かんないよ」
「……」


痛むだろうと、決して強く抱き締めたりはしない。
それでも抱き付くことしか思い浮かばなかったのだろう、他にどうするつもりも無いようだ。
真白の嬉しい戸惑いに小さく苦笑して、さっきお前も同じ事をして、されたのにと、僅かに呆れた息を吐く。
手摺に肘をついていた左手を真白の後ろへやり、後頭部を引き寄せる。
ぽん、ぽん、とあやすように軽く叩いては、真白に触れる感触を楽しむ。
少し面が邪魔だ。


「…ホントに、好き…」
「知ってる…。それと、俺もだ」


真白はそっと顔を上げ、微笑む表情を見せた。
そのまま、惹かれ合うままに唇を重ねる。
ただ軽く触れただけで、心臓は更に強く脈打つ。
柔らかな唇から真白の少し高い体温が、抱き合った胸からやや速い鼓動が、伝わる。
離れては惹かれてまた重ねる。それを数回繰り返す。
二人の気が済むまでキスをした後、またそっと抱き合った。
風が少し肌寒い。でもこうしていれば温かい。


「…早く、退院できると良いね」
「…ああ」
「そしたらまた、二人でこっそり出掛けよ」
「…そうだな」


暗部服は見るからに寒そうで、素肌が出ている二の腕を庇うようになるべく腕で覆うようにする。
患者服もそこそこに寒いが、袖があるだけマシだ。
やはり冷えているな、と真白の心配をしていると、真白は俺の心配をしていたらしい。


「…ね、風邪引いて退院延期になっちゃうとダメだし、…戻らない?」
「…お前も寒そうだしな…。戻るか」
「うん」


にこ、と笑う真白は月明かりに照らされて、暗い筈なのに眩しく見えた。
目を細めて少し見詰めた後、真白はするりと離れてしまった。
やや名残惜しいが仕方なく、俺から先に部屋に戻ることにした。






「…兄さんのアーホォーぅ…」
「……」


外よりは暖かい部屋に戻って、第一声がこれだ。
壁を登って行っても良かったが、邪魔をすると怒られるからと、待っていたらしい。
見張りの任務もまともに出来ないのはやはりプライドに障ったのか、いじけている。
ぱさん、ぱさんと尾を床に叩きつけて、不機嫌を現している。


「…ワイ…割と寂しかったんやでぇー…」
「…そりゃ悪かったな」
「心が篭もっとらへーんっ」
「……」


いじける狼に溜息を吐いていると、真白が遅れて窓から入ってきた。
窓とカーテンを静かに閉める真白を見ながら、ベッドの端に座る。
ちらと部屋の時計に目をやれば、もう直ぐ深夜になろうとしていた。


「姉さん姉さん、兄さんワイには冷たいねんで、知っとるかっ?」
「あはは…」
「…真白に泣き付くな」
「ほらまた睨んだっ! なぁー!?」


あくまで隣人に迷惑を掛けないほどの声の大きさだが、それでも騒がしいと思う。
真白を味方に付けようと泣き付く狼に真白は苦笑した。
宥めるように双威の頭を撫で、真白も時計に目を向けた。
心配そうにこちらを見た真白に、小さく肩を竦めて見せる。


「…どうする、帰るか?」
「…うーん…本音としては、まだ居たいけど…」


突然仕事が舞い込んでくることも有り得る。
暗部の任務はこれからの時間帯が本番だ。
その仕事の一つが真白、もしくは真白の班が当務する可能性は十二分に有る。
連絡用の鳥がこの部屋の窓に止まったりすれば、――この時間帯なら他の動物だろうか――あるいは誰かに見付かるかも知れない。
それは非常に不味いので、本意とは違う選択をせざるを得なかった。


「…まあ、仕方ないよね」
「……」


困ったような表情の混じる笑みを浮かべる。
その真白を見上げながら、少し長く息を吐く。残念だ。
大人しくなった双威も少し名残惜しそうに真白を見ていた。
コイツ、結構真白に懐いてるな。微かに独占欲が疼く。


「…今日は送ってやれないな」
「それは残念だけど…身体、大切にしてね」
「ああ」


窓の方へ体を向けた真白を見て、立ち上がる。
狼も送れなくて済まないなどとほざいているが、この際無視だ。
再びカーテンを開け放ち、窓も同様に滑らせる。
戌の面を着けてこちらに少し振り向く。
それとほぼ同時に、入って来た時と同じように窓縁に足を掛けた。


「…またな」
「…うん。またね」


ぐっと前のめりになったかと思うと、一気に窓の外へ跳び出した。
別れの瞬間は何ともあっさりしたもので、少し寂しい気もした。
窓縁に少し付いた真白の靴跡を払い、外界を数秒眺めた後窓もカーテンも閉めた。


ベッドに腰掛けて、ひと時の幸福を改めて噛み締めてみる。
短い時間ではあったが、とても濃厚だったと思う。
愛しい存在と共に在れるのがこんなにも幸せなことだと知ったのは、真白と出会ってからだ。
その分離れている時の苦しさは大きいが、ひと度会ってしまえば忘れていた。
今はまたその苦しさに苛まれているが、さっき確かめ合ったように、また直ぐ会える。
それを思うだけで胸の奥が少し熱くなり、何とも甘酸っぱい気持ちになる。


「恋」と「愛」の狭間に位置するであろう感情。どちらかと言えば「愛」に近いのだが。

真白にだけ思う気持ちだ。


「…兄さん兄さん、ニヤけてる」
「……うるせえんだよ、一々」
「顔赤いで。よっぽど嬉しかってんなあ」
「……寝る」


狼が忍び笑いしているのを背に、ベッドの布団に潜り込む。
反抗する気もなかった、というか起こらなかった。


どうせ直ぐ会える。
これを頭の中で唱えるだけで、たちまち不機嫌は消える。
それを実感しながら少し真白の顔を思い出す。

明日もまた暇な一日が続くだろう。
だがそれも会った時の喜びに変わると思えば易いものに感じられた。


周りの部屋の者たちより些か遅めの就寝。
入院以来、こんな気持ちで寝るのは初めてだ、とか思いながら、眠りについた。



(20070624)
(24542キリ番/憂姫さんへ)


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