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サスケくんの憤激


 なんだか今日はいつにも増してサスケくんの機嫌が悪い。いつものように机に伏せって眠っていたけど、ピリピリとした空気に目を覚ましてしまった。


 サスケくんの憤激



 この間キスを目撃されて以来の噂の広がり方はすごかった。次の日にはもう、同学年の生徒のほとんど全員から視線を感じた。お陰で授業中にまで緊張して眠れなかった。
 その噂のせいか、どうやらからかうような陰口や悪態を突く言葉が増えたらしい。(耳栓のお陰で私には全く聞こえない)
 四、五日経った今では興味本意で見てくる人は少なくなったけど、恨みに思っている人や元々私を良く思っていない人の態度は悪くなる一方だ。きっとサスケくんの機嫌が悪いのは、それが少なからず関係しているだろう。

「それで、この数式を使えば、大体どのくらいで敵に追い付かれるか分かる。覚えておけよ」

 担任の教師が黒板を棒で指しながら喋っている。数学的な授業はやはりつまらないのか、集中できてない生徒は多い。中でも目の前の席でこそこそ話している男子たちは酷い。サスケくんはそれを睨んでいるようだ。
 空気が張り詰めているのはこの席三人分だけで、前の席の三人はまるで気付かない。サスケくんを挟んで向こう側の人も災難だ。(この人は確か何もしない善人だった気がする)

 私は伏せている姿勢のままで、顔を上げずに目だけでサスケくんの様子を窺っている。手を組んで両肘を突き、口元に軽く指が当たるようにしたまま、前で喋っている男の子たちをジロリと睨んでいる。その様が恐ろしくて、声も掛けられない。

「よくあんなのに触れるよな」
「呪い持ってんのになー」
「病気に感染するんじゃなかったか?」
「それって鬱病?」
「バーカ、鬱は感染しねーよっ」
「つかなんであんなのとキスなんかできるんだって」
「あー、じゃあ呪いって、触ったら惚れちゃうってやつ?」
「うげ、最悪じゃん」
「それぜってー触りたくねー」

 何を話しているのかは全く分からないけど、サスケくんの様子からいって悪いことなのは確かだ。ザワザワと殺気立つのが、肌で感じられる。その怒りの視線から目が離せなくなった。身動きしたらそれだけで怒られるような気さえする。冷や汗がこめかみ辺りから伝うのを感じながら、それを拭うことはかなわなかった。

「ホント、あんなヤツマジで消えればいーのに」
「死ねよなー」
「ははっ」

 なんとか視線をずらそうと試みた次の瞬間、「ドガッ」という音がして、机が揺れた。それに驚いて体は浮き、伏せていた上体は起きた。
 大きな物音に教室はしんと静まり返り、サスケくんは前の席の椅子の背から足をずり落とした。(前の席の椅子とこの席の机は繋がっているからこの机も揺れた)
 殺気立った空気にようやく気付いた少年A〜Cは、サスケくんを振り返って目を見た瞬間固まった。まさかここまで怒らせるとは露ほども思っていなかったのだろう。最後の方はきっとサスケくんが聞いていることさえ忘れていたかもしれない。それほどの驚きようだ。

「テメエらいい加減にしろよ……」

 低い上にドスをきかせているから聞き取れない。やや舌を巻いてもいるような声。聞こえない方が幸せかもしれないような形相で喋るから、耳栓を外す勇気は微塵も湧かない。
 サスケくんは少し腰を浮かせ、体を前のめりにして睨み付ける。それに怯んで、少年B(真ん中の子)は少し頭を退いた。

「何のつもりでべらべら喋ってんだ、あ゙あ!?」
「そ、そんなにキレんなって……」
「怒るほどのことじゃ……なぁ、ねえよな……」

「なめてんのかテメェ!!」

 少年A(左の子・私の前)の胸倉を荒く掴んで、怒号を発した。サスケくんが叫ぶ声しかほとんど聞こえないから、どうしてそんなに怒るのか分からない。

「怒るに決まってんだろ! 黙ってられるわけねえだろ! テメェの脳みそは腐ってやがんのか!!」

「!」

 サスケくんは怒鳴りながら振りかぶって、右の拳を真っ直ぐに少年Aに向けた。それを見て反射的に体が強張り、ぎゅっと目が閉じた。
 怖いよ、サスケくん、ヤだよ……!

 すると「バシッ」と乾いた音がして、近くに気配が増えた。それに目を開けると、授業をしていたイルカ先生が目の前に居て、サスケくんの拳を手で止めていた。

「やめろサスケ」
「止めんな!」
「やめるんだ」

 サスケくんは冷静に諭す先生をギッと睨んだ後、手を振り払って席を立った。長椅子の背凭れを踏み越え、そのまま教室の出口まで歩いていき、ドアを乱暴に扱って外に出て行った。
 その後を追おうかどうしようか数瞬悩んだ後、私も席を立つ。先生に一度お辞儀して、サスケくんの出て行ったドアへ小走りで向かった。
 ドアを閉めるのとほぼ同時に「バカもん!」と叱る声が聞こえた。


 廊下にサスケくんの姿が無かったから、開いていた窓から外へ出た。耳栓は外してポケットに入れ、耳を澄ましてサスケくんを捜す。校庭には居ない。気配も無い。演習場か修業場か少し迷って、修業場に足を向けた。






「サスケくん、どこ……!」

 修業場には居なかったから、演習場に赴いた。広い場所なので、声を出して呼びながら小走りで捜した。
 風が吹くとざわざわ木の葉が揺れて、サスケくんの気配を消してしまうようだった。それが少し不安で、移動する足が速くなる。でもそうすると見逃してしまいそうだから、また遅くなる。
 速くなったり遅くなったりを繰り返しながら、うろうろと演習場を動き回る。

 しばらくそうしていると、どこかから物音が聞こえてきた。ガッ、ガツッ、と鈍い音が、立て続けに鳴っている。
 その音がする方へ足を進め、木が生い茂って影が暗い場所へと入った。

「……サスケくん……?」

 木の陰に人影があったから、自信なくそう呟いた。その人影の辺りから音は発されていて、恐る恐る近付きながら様子を窺う。

「! サスケくん!」
「……」

 やはりそれはサスケくんで、正面の木を黙々と殴り続けていた。右手の拳は荒れた木の幹でぼろぼろになっている。殴られ続けたその場所だけは、木の皮が捲れて焦茶から薄茶に変わっている。声を掛けても尚続けられる行為に怖くなって、慌ててその腕にしがみついた。

「ダメだよサスケくん! 手が、血だらけに……!」
「…………」

 何も言わない。サスケくんの目は、まだじっと木の幹を睨み付けている。少し荒い息遣いは、興奮と運動のせいだろう。フー、フー、と殺気立ったままの呼吸音は、獣を彷彿とさせる。
 今は私が近くに居るから殴るのを中断しているが、放せばまた始めるかもしれない。もう拳は、特に関節部分は、皮膚が剥けて血が滲み出ているのに。

「サスケくん、落ち着いて……!」
「……」

 少し強くぎゅっと掴むと、ややしてからサスケくんは小さい深呼吸をした。数回それをし左手の甲で口元を拭うと、ゆっくりとこちらを向いた。その目に殺気めいたものは限りなく少なくなっていて、ほっとした。いつものサスケくんだ。

「…………悪い……不安にさせたな」

 その言葉に首を振り、それより、とサスケくんの右手を見る。いつも優しいその手は、何度も木に打ち付けられて傷だらけだ。
 まだ医療忍術の実践練習には程遠い段階の私には、その傷を治したりなんてできない。悔しく思いながら傷負いの手をじっと見詰める。

「……とにかく、消毒しないと……このままだと化膿しちゃう」
「…………こうでもしねぇと、おさまらなかったんだ……」
「……」

 本当はまだし足りなかったのを、無理して抑え込んだんだ。それはさっきの様子を見れば分かった。
 苦笑するサスケくんをじっと見て、困った顔になっていくのもじっと見て、また少しだけぎゅっと掴んだ。

 私は耳を塞いで逃げたのに、サスケくんは全部、全部聞いてた。
 サスケくんがあんなに激怒するほどの酷いことを、ずっと言われ続けていたのに気付かなかった。
 きっとこのままじゃダメだ。逃げないでいたい。
 サスケくんに、周りの人に、恥ずかしくないようにならなきゃ。

 サスケくんの腕から手を放し、ポケットの中を探る。耳栓が二つ、手の中にあることを確認して、適当な方向に振りかぶる。少し驚くサスケくんを背中に、そのままブウンと遠くに投げ飛ばした。

「……お前、今の……」
「うん。……もう良いの。聞かないようにしたって意味ないから」
「……寝れなくなるかもしれないぞ」
「そんなんじゃダメなの。……負けないようにならなきゃ」
「……」

 耳栓が飛んで行った林の奥。そこをじっと見て、「頑張る」決意を改めてぎゅっと固め直す。


 今まで、誰にも見付からないことを言い訳にして何もしてこなかった。
 でも今は、サスケくんが見付けてくれた。先生が助けてくれる。いろんな人に、いろんな感情で見られる。
 弱いままではいけない。サスケくんにまで恥を掻かせることになりかねないもの。

 逃げてるだけじゃダメ。隠れてるだけじゃダメ。守られてるだけじゃダメ。
 もっと、むしろ誰かを助けられるように。

 頑張らなきゃ。頑張りたいの。


「……サスケくんにばっかり、辛い思いさせたくないよ」

 ぽつりと呟くと、背後の気配が私をふわりと包んだ。少し驚いて、首を後ろに回す。
 サスケくんは私の肩に額を当てて下を向いているから、顔は見えない。抱き締めるようにお腹の前で組まれた手があたたかい。

「……サスケくん?」
「…………嬉しかったんだ」

 そう言いながら、もう少し強く抱き締めた。
 その気持ちはなんとなく分かった。私もサスケくんに大事に思われたら嬉しいから。

 後ろを見るのをやめて、少し俯く。サスケくんの手にそっと触れて、右手の怪我を労るように、でも傷には触れないように撫でる。

 この手は、今もすごく優しい。
 だからこそ、あまり私のために傷付かないで欲しい。
 それでも傷付くなら、私が治したい。

「……保健室、行こう」
「……ん」

 するりと手を解いて、サスケくんは離れた。やっぱり少し痛むんだろう、右手の怪我を気にしている。

「あたしが手当てするね。先生にさせてもらうよ」
「ホントか?」
「うん。あ、でも下手かもしれない……」
「良い、お前がしてくれ」
「……うん、頑張るねっ」

 サスケくんを安心させるようににこっと笑う。
 どこか不安そうだったサスケくんも、それを見て小さく笑った。


 もっともっと、サスケくんを支えたい。助けたい。守りたい。
 逃げるだけじゃなくて、隠れるだけじゃなくて、守られるだけじゃなくて。
 支え合えたら、助け合えたら、守り合えたら、きっと素敵。
 そんな存在になりたいから、「頑張る」。
 私は、ずっと、サスケくんの傍に居たい。
 だから……尚更そんな存在になりたい。

 頑張らなきゃ。頑張りたいの。



(20080518)


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