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通り雨


 ぽつぽつと、やがてザアザアと強くなり始めた雨に、追い立てられるようにして走る。長旅をしていて一番困るのが雨だ。防風防塵撥水性の高いマントを着用しているとはいえ、荷物は濡れるし足元も悪くなり座って休むこともできなくなる。私はフードがあるマントだけれどサスケくんのには無いし、濡れると体力も消耗するのでやはり雨に当たるのはできるだけ避けたい。
 走り着いたのは、ほら穴と呼ぶには浅すぎる岩壁の窪み。得意とは言いがたい土遁の印を結んで壁に手を突き、せめてもう少し雨を凌げるようにと屋根になる突起を伸ばす。それでなんとか二人分のスペースを得て、長く走った足を休める。

「ええと、拭くもの……」

 ぶるぶると頭を振って滴を飛ばしているサスケくんの隣で、フードを外すより先にごそごそとマントの内側で荷物を手探りする。タオルを探り当て、髪を掻き上げているサスケくんを見上げるようにしてそれを手渡す。

「はい、タオルどうぞ」
「ああ」
「このあたりの土地は通り雨が多いね」
「そのようだな」

 サスケくんが顔を拭く間に、マントを外してバサバサと大雑把に水滴を払う。濡れないように内側に背負っていた荷箱を、かろうじて雨が染みていない地面に降ろし、水が滴り落ちない程度には濡れがマシになったマントを羽織り直して、その上に腰を下ろした。どろどろに汚れた足を見下ろして、お風呂に入りたいなぁとうっすら思う。
 離れた草むらに、雨宿りする野うさぎを見つける。普段なら食料用もしくは毛皮などを売る金策用に狩るところだけど、この雨ではたき火もできず、調理も処理も面倒だ。なのでただ眺めるだけにとどめる。もふもふでかわいい。

「雨足が弱まったら、また移動するぞ」
「うん。こんなところじゃまともに休めないもんね」

 土遁で伸ばした屋根の先端から雨水が滴る。荷箱に座ったまま一つ引き出しを開け、竹筒に濾紙を張った濾過装置を取り出す。それをだらだらと落ちる雨水へ差し出して受け止め、飲み水を確保する。できれば煮沸して白湯にしてから飲みたいところだけれど、贅沢は言うまい。水筒用の竹筒をベルトから取り、濾過装置の下部にある注ぎ口の栓を外して、今しがた濾過した雨水をそちらへ移し替える。

「俺の分も頼む」
「はーい」

 渡された空の水筒と、今飲み水を足したばかりの水筒を差し替えて、それをサスケくんへ返す。それから改めて自分の飲み水を汲み直して、元サスケくんの水筒へ注ぎ、自分のポーチのベルトへ提げた。
 あまりにもスムーズに水筒を交換したことに、何か言いたそうに二秒ほど視線が刺さるのを感じたけれど、結局何も言わないまま一口飲むのを視界の端で見る。サスケくんはたまにツッコミを放棄するからうかつにボケられない。(今のは別にボケではないけど)

「夜までに止むかな」
「……さあな」
「明るいうちに移動したいよね」
「そうだな」

 狭い雨宿りスペースは、座るにも心許ない。現にサスケくんは立ちっぱなしで雨雲を見上げている。少しの風ですぐに浸食してくる雨に、荷箱ごとズリズリと間を詰めた。

「やっぱり、傘は持っておくべきだったかなぁ」
「邪魔になる」
「そうなんだけどね」

 傘というものは、骨組みをどうにかしてもっとコンパクトにできないものだろうか。たとえば水筒ほどの大きさにまで小型化ができれば、この旅にも携帯したいのだけれど。
 国家間の文化交流や商品の流通が盛んになり始め、目に見えて技術の進歩が早まった。私の携帯傘のアイデアも、すでに誰かが形にし始めているやもしれない。新しい道具がどんどん増えるのに比べて、新しい武器はあまり増えず、「これが平和か」と染々感じたものだ。

「……私ももっと色んな研究したいな」
「?」

 会話としての繋がりが全くない呟きに、サスケくんは何も言わず。思考経路を説明しても良かったけど、別段その必要も感じられなかったのでしないままでおいた。
 サスケくんと一緒に旅をしていると、どうしても移動時間の割合が大きく、落ち着いて薬品調合などをする時間が取りにくい。歩きながら思い付いたことをメモしたりはしているのだけど、実験までこぎ着けているものは少ない。でもだからと言って完全別行動、つまり私だけ里へ戻って一人で研究漬け生活をするのも、今はまだそれだけの動機ではしたくない。
 手持ちぶさたに空を見ているサスケくん。三秒くらいその横顔を見つめてから、荷箱から立ち上がる。私が動いたことには気付いていながらも、いちいち確認はしないサスケくんの前まで行き、また下から見上げる。するとようやくこちらを見下ろして、不思議そうに視線をくれる。

「サスケくん」
「なんだ」
「さっき渡したタオルは?」
「? ……それならここだ」

 マントを、内側から右腕で割るようにして開く。黒色のシャツの上から巻いているベルトに、額当てと並ぶように挟んで垂らしているタオルが見えた。それはそれとして、開かれたマントの中へ両腕を伸ばす。

「……抱き付きたいならそう言えば良いだろう」
「なんか、無警戒に開いてくれたのが嬉しくて」

 身長差がありすぎて、サスケくんのみぞおちに私の額が当たる。私の濡れたマントが服に当たらないように気にしている気配を尻目に、もう一歩詰め寄る。上のほうからため息のように息を吐く音がして、それから撫でるように頭に手を乗せられた。

「…………宿を探すか」
「うん」

 何日ぶりかの提案に、快く返事をする。弱まる様子もなく降り続いている雨の音を聞きながら、私はサスケくんのシャツのにおいを嗅いでいた。



(180807)


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