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新月に染まる 1/2


 里に住居と住所を得て、久しぶりに放浪中のサスケくんと合流することになった。
 ああ、長かった。たった半年、されど半年。別れた時にはまだまだ冬だったのが、今はもう夏真っ盛り。二つの季節を挟んで、もうすぐ158日ぶりに再会できる。
 薬を作ったり任務をしたり仕事をしている間は、それに集中するのでなんてことはなかったのだけど、一人で食事をしていたり眠る前のぼんやりとするだけの時間は、とかく寂しかった。サスケくんは何をしているだろうか、ちゃんとした食事をとっているだろうか、怪我はしていないだろうか、辛いことはないだろうか。私なんかが心配できるほどサスケくんは未熟じゃないけれど、それでも想わずにはいられなかった。つまりはその心配を理由にして会いたい、というだけの話だ。

 合流予定の町までやってきて、薬売りをしながらサスケくんを待つ。
 木ノ葉マークに『薬』と書かれた旗を、背中に負った薬箱に差して歩くと、町人のほうから声を掛けてくれる。旗無しでしていた頃には見られなかった反応で、やっぱり『木ノ葉』というものの影響は大きいなぁと思う。ブランド力による安心感って大事だ。
 私の作った薬の瓶や箱にも、それが私作のものであると見分けがつくように小さな印を付けている。自分の家紋やマークというものを持たないので、僭越ながらうちはの家紋を青いペンで描いたものを使わせてもらっている。サスケくんもそうだけど、お兄さんのイタチさんや、マダラやオビトなど、うちは一族の『大罪の象徴』というイメージが少しでも払拭されるといいな、という願いも籠めて。

「助かったよ」
「いえ。お大事に」

 いくつかの薬を売って、日が傾いてきたのを見上げる。そろそろ宿を取っておかないといけない。袖で汗を拭きつつ、拡げていた薬を片付けて、旗も仕舞って薬箱を背負う。二人分の宿代くらいは稼げた。ここはそれなりに豊かな、いい町ってことだ。観光地だとこれの十倍は簡単に稼げるけど。
 サスケくんは秘境を歩くことも多い。そんな時は役割分担で、私はお金を稼ぎに人里へ、サスケくんは自分の目的のために、数日別れることもある。サスケくんが何のためにどこへ何を探しに行っているのかは、口をつぐまれてしまったのだけど、理由は分からずともそれを阻害するつもりは毛頭ない。人を見て、人と関わり、人を助け、人と話すサスケくんの、贖罪の気持ちは本物だと解っているから。何も疑うことはないし、咎める気もない。

 はたご屋で二人部屋を取り、部屋へ通してもらう。八畳間の小綺麗な和室だ。遊びで来たならやや狭く感じるかもしれない広さだけど、布団で眠れるだけ万々歳、寝返りだって自由にできる、お風呂や食事まであるなんて、至れり尽くせり。旅の間は野宿ばかりしていたから、屋根の有り難みというものを痛いほど感じるようになった。

「ふぅ……」

 荷物を置いて一息つくと、急にそわそわしてきた。
 ああ、待ち遠しい。サスケくんはいつやって来るだろうか。
 気をまぎらわせるために、障子窓を開け、町並みを眺める。夕陽に赤々と照らされた道を、各々の家へと帰る人々。間もなく日が暮れて、夜が来る。一日の終わり。昔はこの時間帯があまり好きではなかったけれど、今は心穏やかに眺めていられる。私は一人ではないから。

 しばらくそうして外を見ていると、遠くの空から鷹が飛んで来るのが目に入る。サスケくんの鷹だ。合流地に連絡を寄越してくるということは。
 くるくると上空で旋回しているのに向かって、ポケットから赤いハンカチを出して振って見せる。すると鷹はこちらへ真っ直ぐ下りてきて、窓の縁に着地した。

「キィ」
「ご苦労様」

 自分のフクロウ用の餌をポーチから取り出して与えると、嬉しそうに啄んだ。
 脚につけられた筒に、丸めた紙が差されている。それを抜き取って広げれば、短い文。

 予定より遅れる

 それだけが書かれた紙。サスケくんらしい、余計な情報や感情を排した手紙。

「……そっかぁ」

 想像通りの内容に、それだけ呟く。合流場所を変えるとか、手伝うようにという指示がないところを見ると、私はここで待機するしかないようだ。
 逆口寄せとかできないかな? と鷹を見つめてみるけれど、かわいらしく小首を傾げるだけ。そもそも所用ができてしまったのであれば、呼び出したりすると迷惑がかかる。何もしないのが最適解。

「…………」

 黙って手紙を見下ろしていると、襖の向こうから「失礼します」と声が掛かった。目を向けると、襖をそっと開けられ、女中さんが現れる。

「お食事のご用意ができますが、すぐにお持ちいたしましょうか」
「あ……」

 サスケくんがまだ来てない。ああ、いや、今日はたぶん、もう来ないだろう。
 少しだけ躊躇った後に、「一人分だけお願いします」と伝えれば、女中さんは恭しく頭を下げたあと襖を閉めた。
 しばらくぼんやりと閉じた襖を見つめる。窓から入る湿った空気は、夏の蒸し暑さを思い出させるだけで、少しも気持ちよくなかった。




 この町に来てから五日目の、新月の晩。眠りたくなくて、夜更かししていた。
 未だに現れないところを見ると、なにやら厄介事に巻き込まれたか、はたまた任務を言い渡されたか。どちらにせよあれから連絡は無く、私はただただ待ちぼうけ。クチコミによって少しお客さんが増えたくらいで、別段変わったこともなく、ただ寂しさを募らせている。
 手遊びに煎じ薬でも作ろうかとも思ったけれど、気分が乗らない。座椅子に掛けてぼーっと窓の外を見上げるけれど、月明かりもない真っ暗な空には薄い雲が広がるだけで、暇潰しにもならない。

「…………」

 もうすぐ会えるはず、と思えば思うほどに、今会えていないのは何故だろうと胸が重くなる。これもまた仕方のないこと、と割り切ろうにも、大人に成りきれない我儘な自分が、なんでどうしてと駄々を捏ねた。
 今日で161日。三桁も頑張ったんだから、あと数日くらいなんとかなるよ。なんて誤魔化しをかけてみるけれど、私の中の幼子が、わあわあと泣いている。

「……誕生日おめでと、サスケくん……」

 居ない月に向かって呟いた。ちゃんとサスケくんに言ってあげたかったな。だけど、仕方ない、仕方ない……。
 両目から一粒ずつ降った雨を、袖で拭って隠した。




 明かりの消える気配に、ふと目が覚めた。座椅子で居眠りしてしまっていたらしい。昨日もこれで、女中さんがそっと電気を消してくれたのに起きて、敷いてくれていた布団へもぐったのだった。

「……すみませ、……?」

 寝ぼけ眼で部屋を見回すと、黒い人影。すらりと背の高いその人はゆっくりとこちらへ歩み寄り、私を見下ろした。

「起こしたか」
「……さ、…………」

 色々な、感情と感情と感情が、渋滞を起こして、喉がつっかえた。言葉も、あれもこれもと出たがって、出口が塞がる。唯一涙しか出るもののない目から、許可も無いのにぽろぽろとそれがあふれ出て、喉は余計に塞がった。

「ぅ、うう〜……っ」
「、……お、おい」

 サスケくんが困ったような声を掛ける。私だってこんなもの、流したくないんだよ。サスケくんとちゃんと話せなくなるし、サスケくんがよく見えなくなる。
 ぐしぐしと目を擦りながら立ち上がり、側に立つサスケくんに抱き付く。外套も装備も外されていたから抱きつきやすい。

「……遅くなった」
「ううん、いいの……」

 涙まじりで濁った声が出る。こんな声でこんなことを言ったって、説得力なんて有りはしない。
 サスケくんは優しく背を撫でてくれる。遅れてしまうような用事が挟まったのだから、疲れているはずのサスケくんに、気を遣わせてしまっている。愚か者、愚か者! 私のほうこそがサスケくんを、優しく迎えて、休ませてあげるべきなのに。なのに現実は、私は情けなくサスケくんにすがり付いて、おかえりも久しぶりも言えないでいる。

「ごめんねぇ、ごめん、……あたし……っ」

 半年会えなかったくらいで、こんな醜態をさらしてしまうなんて、情けないにもほどがある。情けない、情けない。ああ、でも、嬉しいよお。嬉しい。サスケくん。サスケくんだ。
 サスケくんの胸に頬をすり付けて、そうだ、早く言わなきゃと、嗚咽を押し込める。

「たんじょうび、おめでとう」
「! …………ああ」

 サスケくんは苦笑いをして、私の頭を撫でる。あ、順序が違った。おかえりが先だった。ううん、いいや、もう、どうだって。





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