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送り狼、送られ兎


 街中をナンパしながら歩いていたら、見知った顔がすれ違った。咄嗟に声を掛けて引き止めれば、両手両肩に大量の荷物を持ったまま振り返った。

「碧じゃないか。どうしたんだ、そんなに大荷物で」
「あ、サスケくん! 女の人が群がってたからそうじゃないかと思ってたんだよね」

 でも別のこと考えてたら忘れてたー、と朗らかに笑って言う。数歩歩く内に存在を忘れられる程度の好感度なのか!? とややショックだったが、気を取り直して続ける。

「手伝ってやろうか? 家までは遠いだろう」
「えっ、いいの? わー助かるや」

 周りの子猫ちゃんたちに別れを告げて、投げキッスをして手を振り見送る。髪を掻き上げながら碧に向き直れば、何故だかにこにことこちらを見上げていた。

「どうした?」
「ううん、サスケくんは優しいなって思っただけ」

 女の子たちに気遣いやサービスもできて、イケメンで背が高くてオシャレで声もかっこよくて、しいて悪いところを上げるとしたら友達が少ないことかな、などと感想を語られる。そこはお前には言われたくない……というか、女にモテていれば男なんかどうでもいいだろう。

「でもあの子達には悪いことしたなー」
「なに、気にすることはないさ。また今度……ああいや、なんでもない」
「うん、今度仲良くしてあげてね」
「……」

 碧は以前からこういうスタンスだが、好きな男が他の女と親しくしていることはどうも思わないのだろうか。それともこの、俺に向けられる笑顔は単に男友達としてのものなのか。いやいやいや、俺以外の男への態度は明らかに淡白だろう? だから特別には思われているはずなんだ。

「(そのはずだ……!)」
「流石にちょっと買いすぎちゃったなー」
「と、そうだった。重いのから順に貸しな」
「んっと、これかな」

 言いながら、右肩に掛けていた袋を一旦降ろす。地面についたときにドスンと重たい音がして、解すように肩を回している。そりゃこんなものを掛けていたら血流も滞るだろう。

「なにを買ったんだ?」
「主には薬の材料だよ」
「“主には”?」
「えへへ……目移りしちゃって」

 拾いがてら袋の中を軽く覗けば、シャンプーや食器用洗剤の詰め替えだの薬学の本だの野菜だの、たしかに薬の材料とは言いがたいものがごちゃごちゃと詰まっていた。言葉通り、店であれもこれもと目移りして買い漁ってしまったらしい。相変わらず物事への集中力の足りない奴だ。

「画材とかもたくさんあってね、ホントになんでも置いてるんだねデパートって」
「ああ、最近できた商業施設か」
「もう楽しくって、全部の階を見て回っちゃった。サスケくんも行ってみるといいよ、忍具屋さんもあったし、アクセサリーとかのお店もあったから、あそうだそろそろ春物の服とかも」
「そうか今度行こうな」

 話し始めて止まらなくなったので、制止しながら次の荷物を預かる。いつまでも立ち話をするのは紳士的じゃない。話すなら、家に送り届けてからゆっくりな。そしてあわよくば、だ。

「ありがとサスケくん」
「このくらい、大した重さじゃない。それよりもういいのか? 全部持ったっていいんだぜ(正直キツイが)」
「流石にそこまでさせられないよー。自分のものだもん、半分こしてくれるだけでも有り難いよ」

 にへら、とゆるんだ笑顔を向けられる。それがかわいかったので、すっと一輪の薔薇を差し出して告げる。

「フッ、お前のかわいい笑顔が見られるんだ、お安いご用だぜ、子猫ちゃん」
「ヒュー! カッコイー!」

 楽しそうに手を叩いて喜んでいるが、俺の希望の反応とは少し違う。そこは照れたりしてくれないか。
 受け取って貰えなかった花を仕舞いながら歩き出す。碧の喜び方は、好きな男に言い寄られて、ではなく、「よっ、待ってました!」というような、芸者の持ちネタを披露されたファンのようなもので、なんだか複雑な気持ちだ。やり方を少し変えてみるべきか……。

「(しかし、変えると言ったってな……)」

 俺としては至極真面目に口説いているつもりなのだが、何故だか上手くクリティカルヒットしていないようなのだ。『硬派が良い』と言われてしまうと、それはもう、どうしようもない。俺にあんな堅苦しい真似はできない。それよりも、この後彼女の家に押し掛けて、どうなし崩しにするかのほうが重要か。

「そうだ、今日はお義父さん居ないんだよね」
「そうなのか(なんという僥幸!)」
「荷物持ちのお礼に、お夕飯ご馳走したいんだけど……いいかな?」
「ああ、お言葉に甘えさせてもらおうか」

 よし、向こうから誘ってきたぞ。しかも二人きりときた。これはつまり、そういうことだな? 気のないフリではないが、俺に落ちている風ではないくせに、よくもこんな大胆なことを。内心でほくそ笑む。

 碧が機嫌よく話すのを聞きながら帰路を歩く。碧の家は中心街からはかなり遠く、重い荷物を持った手が少し痺れてきた。碧一人ではこの荷物を持って帰れていなかったのではないか。無計画がすぎるのも問題だな。
 玄関扉の鍵を開け、雪崩れ込むようにして荷物を置く。それに続いて俺も入り、そっと扉を閉じながら、無防備に背を向ける碧を見る。

「ただいま〜……つかれた」
「(焦るな……こういうものは順序が大事だ。少しずつ雰囲気を盛り上げていけ)」

 抱き寄せたい衝動をぐっと抑えて、送り狼に猫を被せる。硬派ならここで、食事の誘いも断って帰るのだろうが、俺はそんな据え膳を食わないような真似はしない。できない。

 碧が「どうぞ上がって」と言うのを待ってから、荷物を運び込む。しかし重かったな。薬の材料と言っていたが、どんな薬を作るのやら。料理は独創的ではあるものの不味くはなかったと思うので、薬もまあ下手ではないと思うが。

「その袋にも食材入ってたっけ?」
「ん、そうだな。持ってくぜ」
「ありがとー」

 食卓と台所が程近い間取りの部屋へ、荷物を運び込む。碧が棚に置かれたポットのようなもののスイッチを押して、そこから何かがシュッと噴霧された。ほんのり甘い花のような香りが広がる。芳香剤だろうか。

「いい匂いだな。なんの香りだ?」
「えっとね、」

 碧が答えるのを待つ前に、ぐらりと目眩がした。右手の荷物に引きずられるようにして体勢が崩れるのを、左手を咄嗟にテーブルに掛けることでこらえる。体に力が入らない。

「(なんだ!? どうして……!)」
「んふふ」
「?」

 ずるずるとテーブル沿いにへたりこむ。その手から荷物を取りながら、こちらを見下ろして微笑む碧。まさかこの、香りのせいか?

「男の人にしか効かない薬で、作るの結構大変だったんだ」
「なに……!?」
「大丈夫、ちょっと動けなくなるだけだから。意識もはっきりしたままだし、後遺症も出ないよ」

 今日はサスケくんに会えてラッキーだったなぁ。探す手間も省けたし、大荷物のせいで家に帰るだけで日が暮れて明日になるところだった。今日は一晩中一緒に居られるね。
 嬉しそうにつらつらと喋りながら、食材を冷蔵庫に片付けていく。なんとか首を動かして碧のほうを見れば、その冷蔵庫に小さな瓶が並んでいるのが見えた。その内の一つを手に取り、扉を閉めながら振り返る。

「そうそう。この薬、使ってみてほしかったんだよね」
「!」
「いわゆる惚れ薬ってやつなんだけど、ちゃんと効果あるかなぁ?」

 パタパタとスリッパを鳴らして近付いて、俺に小瓶を見せる。雑な手書きで『ほれぐすり』と書いてある瓶の中には、やや緑がかったドロリと濃そうな液体が入っていた。
 しかし釈然としない。何故俺の動きを封じてまで帰らせず、惚れ薬などを使う必要があるのか。俺はお前を好きで、むしろ俺に落ちていないのはそちらの方なのではなかったのか。

「どうして……」

 その疑問を言葉にすれば、碧はかわいらしく首を傾げながら答えた。

「ん? だってサスケくん、あたしのこと『好き』じゃないでしょ?」
「……?」
「『好き』だったら、他の女の子にまで優しくしたり口説いたり、しないはずだもんね?」

 にっこりと、笑みを浮かべながらしゃがんで、瓶の蓋を回して開けた。
 みんなに優しいサスケくんは素敵だね、と笑って言いながら、腹の中にはこんな独占欲を隠し持っていたのか。女の嘘は見抜き難いと言うが、まさか碧もそうとは思わなかった。
 鼻先に小瓶を近付けられる。するとツンとキツいにおいがして、ゲホゲホと噎せた。何かの死骸のような、糞尿のような、とにかく地獄のようなにおいだ。

「ゲホッゲホ、おえ、や、やめろ……!」
「ふふ、死ぬほど不味いから覚悟してね」
「……っ!」

 顔に手を添え、顎を無理矢理下げて口を開けさせられる。においだけですでに涙目になるほどキツいものを、口に、流し込まれ、た

 送り狼のつもりであった俺と、それを罠に掛けた碧。獲物は俺の方だった。
 俺の、声にならない悲鳴は誰にも届かず、ただ碧だけは嬉しそうに笑っていた。



(あ、気絶しちゃった)



(180123)
しらどりさんのリクエスト


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