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最後のデート?


 受験生というプレッシャーに追われてじたばたしている間に、もう年末が迫っていた。最後の模擬試験での志望校合格判定は『C』。全くもって心もとない結果に、明日のクリスマスイブも勉強漬けの予定にするくらい焦りを覚えている。ちなみにサスケくんは私より偏差値の高い大学にA判定をもらっている。ひえぇさすがです。
 たった二週間ぽっちの『冬の“長期”休暇』に突入し、年明けには全国共通テストが控え、現在最後の追い込みのため積み上げられた過去問集を相手に奮闘しています。

「(サスケくんと海に行ったのなんか昨日じゃん……いやそれはさすがに誇張しすぎだけど)」

 早すぎる時の流れに、そんな愚痴も浮かんで消える。夏休み前半の楽しくもほろ苦い思い出に浸る暇もなく、暖房控えめの自室で冷えた指先に温かい息を吐きかけ、紙束にペンを走らせる。偉大なる我らがサスケ先生のスパルタ暗記術によって脳に刻みつけられた世界史の知識でもって、かなりの解答欄を埋めていける。あっこれサスケゼミでやったとこだ!
 毎週恒例の金曜お宅訪問も、この圧倒的な実績によって親に訝しがられない。それどころか、何らかの理由で訪問しない時には「今日は行かないの? サボっちゃダメよ」なんて言われる始末。年頃の娘が彼氏の家に毎週泊まりに行くのが親公認って状況、異様だと思ってるのは私だけなんだろうか。
 そんなだから、サスケ先生による“いけないご指導”の実態や自分の下心は、ますますバレることがあってはならない。サスケくんの積み上げた信頼を私が崩したとなればそれはもう、あれよ。あれですよ。ね。

 問題文を前に、脳にあるはずの記憶をうんうん探す。サスケゼミでやったはずのところなので絶対に知っているはずなんだ。お昼を食べてからしばらく経っていて、時間的にも脳のエネルギー的にもそろそろおやつが欲しいかも。
 そんな時、枕元で充電中の携帯電話が歌い出した。サスケくんからの電話専用の音楽に、イントロ一音目で肩を震わせてペンを放り出す。キャスター付き椅子を蹴って飛びつくように電子板を取り上げ、緑に光る通話ボタンを押した。

「も、もしもし!」

 声が上ずったのは、驚きと喜びと緊張と数時間ぶりの発声のせい。冬休みに入ってからの数日間、顔を合わせていないしメッセージのやり取りもしていなかったので、突然の連絡に舞い上がっている。これが去年の出来事だったらこんなに嬉しくなかったかもしれない。一年前は『サスケくんからの電話』なんて悪いことしか起きなかったもん。

『声でか』
「あ、ごめんなさい……」
『勉強してるか?』
「直前までやってたよー」
『ほう、えらいじゃねえか』

 褒められて素直に嬉しい。えへへ。受験生ですからねこれでもね。
 会話の導入に軽い雑談を経て、何かご用事でもあったかと聞いてみる。そうでなければ電話なんて掛けてこないはずだもの。サスケくんこそ勉強をしているものと思ったけど、私と違って余裕があるのかな。
 なんて呑気に答えを待っていると、しれっととんでもないことを言われる。

『明日、24日。出掛けるだろ』
「ん?」
『クリスマスイブだよ』
「……ん? ん、ん? ん!?」

 んー?!?!?
 いやあの受験のひとつめの山場である全国共通テストがたった2週間後に迫っているこのタイミングでクリスマスイブデートに赴く受験生とかあっていいんですか!? え!?そんなこと……あっていいんですか!?
 動揺してその場でぐるぐるそわそわ足踏みをしながら、「あの、あの、」と思っていることを上手く口に出せないままもたもたどもる。私のそんな様子を無視してサスケくんは話を続ける。

『これが最後になるかもしれないだろ』
「?」
『で。どうせならクリスマスのほうがいいかと思ってな』
「う? うん」

 ひとつ前の言葉の意味がよくわからず、わかってないのに直近の言葉にとりあえず肯定の返事をしてしまった。
 “最後”。何に対する最後だろう。

『集合はお前の最寄り駅でいい。時間や行き先は後で送るから見ておけ』
「う、ん。わかった」
『じゃあな』
「あ、うん、またね」

 随分あっさりと通話は終わってしまって、“最後”という言葉の意味を確認することができなかった。
 ほんの数分の間に起こったことの情報量が多くて、正直頭が追いついていない。サスケくんの中で『私は当然クリスマスイブにデートをしたいと思っている』ことになっていて、私はサスケくんからデートに誘ってもらえている事実に驚いて嬉しくて、でも私たちは受験生でそんなことをしている暇は本来ないはずで、だけど“最後になるかもしれない”からどうせならクリスマスデートをしてくれる……?
 最後。もしかして、卒業したらそのままお別れ、ということだろうか。
 たしかに志望校は別の大学で、仮にそれぞれ合格したとすれば、顔を合わせる回数は確実に今より減るだろう。去年卒業した先輩方の場合は自然消滅してしまったとか、それを機にきっぱりお別れしたとか、噂程度にはその結末を耳にしている。

「…………」

 最後。お別れ。
 他人の交際の行く末の噂を聞くたび、うっすらと感じていた不安。だけど同時に、私には遠いことだとどこかで思っていた事象。それが突然、現実味を帯びて目の前に現れた。
 おわり。
 うわっ、と不安が背中に、肩に、首に、頭にのし掛かって、その重さに立っていられず、床に膝を突いてベッドに突っ伏した。
 終わっちゃう。

 サスケくんと、終わっちゃう。

 サスケくんからメッセージが届いたと、短いジングルが鳴った。のろのろと携帯電話に顔を向けると、明日の予定が届いていた。最後のデートの。
 サスケくんは、終わってもいいと思っているんだろうか。ああでも、あんなにあっさり“最後かも”と言ってのけられるんだから、大して気に留めていないのかも。
 それなりに気に入られていたと思っていたけど、やっぱり私の思い違いだったのか。サスケくんに好かれてるとか大事に思われてるなんて、都合のいい思い込みに過ぎなかったんだな。
 なみなみと溢れ出る涙が布団のシーツに染みていく。ひっく、ひっくと嗚咽が出始めて、うーうー唸って、わんわんと声を上げて泣いた。いつの間にか寝落ちしてしまうまで、涙が枯れることはなかった。




 翌日夕方。これからクリスマスイブデートに行くのだとはとても思えない顔をして、玄関に立っていた。
 泣いて半端な時間に寝てしまったことで夜はろくに眠れず、眠れない間にずっと“最後”について考えては泣いてしまい、まぶたはずっしり重みを感じるほどに腫れ、隈はどす黒く私の気分を描いた。
 予定の時間まで勉強していようと思ったものの、当然集中できるわけもなく、ぺらぺらと問題集のページをめくるばかりで全くと言っていいほど捗らなかった。仕方がないのでまぶたを冷やしながらベッドに横になって、腫れを引かせるのと寝不足解消を試みたけれど、残念ながら『寝ながら泣く』という芸当でもって症状を悪化させてしまった。
 お母さんには、デートが楽しみで眠れなくてつい泣ける映画を観て夜更かししてしまった、なんてつまらない嘘をついてしまった。だけどこれが嘘であることなんてお母さんはほとんどお見通しだったろうな。私が嘘をつき通せたことなんて一度もないもんな。
 お母さんは深くは聞かずに、ファンデーションで少し隈を隠してくれた。ギリギリ外を歩ける顔になったとは思うけど、泣いたことは一目で判るだろうし、無理に笑うのだって下手だから元気がないこともバレるだろうし、だからといってせっかくサスケくんが誘ってくれたクリスマスイブデートをキャンセルなんて絶対に絶対にしたくない。むしろこれで最後なんだったら、ちゃんと、楽しみたいよ。
 またぼろっと涙が出てきてしまったから、ポケットからタオルハンカチを取り出して目に当てた。せっかくお母さんがしてくれた隈隠しが、駅に着く前に全部取れてしまいそうだ。



 約束の時間よりだいぶ早く、集合場所である駅に着いた。改札を抜け、ホームのベンチに座ってサスケくんを待つ。
 前にここで待ち合わせをしたのは、花火大会のデートに行くためだったな。私がサスケくんの地元駅に行って待とうと思っていたのに、サスケくんのほうが先にこの駅で私を待っていてくれた。だから今日はサスケくんを待たせないために、あの時よりもっと早く来た。
 サスケくんの浴衣姿ステキだったな。また見たいけど、もうそんな機会はないんだな。
 些細なきっかけで涙が出てしまう。駅に入る前に高級ティッシュでも買っておくんだった。もう目元も鼻も拭きすぎてひりひりしている。

 ため息を吐けば、もんわりと白いもやになる。去年のクリスマスはサスケくんの家でサンタの格好をさせられたっけ。今思い出しても恥ずかしいけど、それはともかく、初めてプレゼントを貰ったのもその時だ。今は上着で首元が隠れているけど、ちゃんと着けてきている。
 涙型のチャームがかわいい、黒紫のチョーカー。つまり首輪。サスケくんの所有物である印みたいなものだと理解している。
 サスケくん、自分の持ち物は結構大事に使う方なんだよね。私が去年のクリスマスプレゼントにあげたちょっといいペンとか、バレンタインに(甘いものが嫌いだからチョコの代わりに)あげたちょっといいハンカチとか、誕生日にあげたちょっといいペンpart2とか、ちゃんと使ってくれていることを知っている。私自身も『サスケくんの持ち物』のうちのひとつで、そこそこ大事に扱われていると、思ってたんだけど。なぁ。
 私の涙袋、過労死しないか心配だな。乾燥しているからと水分をたくさん飲んできたから、水源がいくらでもあるせいで止めどない。せめてサスケくんが来るときには止めておかないと……なんだけど、うーん、顔見たら絶対泣くよなぁこれ。どうしよ。鼻をすする。

 クリスマスに会えると思っていなかったのでプレゼントの用意ができていないことに気を向けて、なんとかこれ以上目が腫れないようにする。これも結構な問題で、有ると思っていたプレゼントが無かった場合、サスケくんにどんなお仕置きをされてしまうだろうか。エッチなことをされるのは前提として、今までにされたあんなことやそんなことを思い出しては赤くなったり青くなったりする。寒いから外でされるのは本当に困るしそれだけは回避したい。

「おい」
「!」
「何ぼーっと座ってんだ」

 突然上から声が降ってきてびっくりした。すぐに顔を上げるとそこには暗い紺色のコートに身を包んだサスケくん。柔らかくてあったかそうな鈍色のマフラーに口まで埋めて、布間から白い息をもくもくと立ち上らせながら、電車が来ていることに全然気が付かなかった私を訝しむように見下ろしている。
 あ、と声をこぼしながら慌ててベンチから立ち上がり、サスケくん越しに電車を見る。もう扉は閉まってしまったから、次のを待つしかなくなった。ああこれは怒られる。

「あ? ……なんだその顔。泣いてたのか?」

 私が身構えていると、サスケくんは私の顔を見るなりそう言った。そっちに気づかれるのも不味い。
 手袋をはめた両手で顔を挟まれ、よく見ようと上に持ち上げられる。逃げも隠れもできなくなってしまい、私は目を泳がせるしかできない。ていうか顔が良すぎるサスケくんに間近でじっと見られたら、そうでなくても動揺して目が泳ぐよ。

「まぶた腫れすぎ。泣き映画でも見てきたのかよ」

 あまりにいつも通りのサスケくんの様子にほっとしていいのやら、最後だと思っているくせにいつも通りすぎることに悲しむべきなのやら、混乱してしまう。
 “最後”。
 きっと元々、卒業したら別れるつもりだったんだ。予定に狂いがないからこんなに自然な態度なんだ。
 そう直感して、また涙があふれてしまう。

「! な、なんで今泣く?」

 サスケくんは驚いた様子で、ぼろぼろ涙を流す私に向かって言った。
 それがあんまり戸惑っているように見えたから、なんとか理由を伝えようと口をひらくけど、泣いて声が詰まってみっともない話し方になってしまう。

「だ、だって、“最後かも”って、っ……最後って、言ってたから……」
「なんだって?」
「昨日、電話で言ってたもん、“最後かもしれない”って」
「…………あー」

 それを聞いてサスケくんは、なんともいえない微妙な反応を返した。自分が言ったことを覚えていなかったんだろうか。

「……アホが」
「? なにか違うの……?」

 サスケくんは険しい顔をして、考えるように視線を斜め下へ逸らす。数秒そうしていたかと思ったら深々とため息をついて、ぐっとサスケくんの顔が近付いた。
 ドキッ。もしやと過ぎったけど目を閉じる暇もない勢いで、だけど身構えたのとは違う衝撃が頭に、、降ってきた。

「あいたぁ!?」
「中止だ」
「はえっ?」

 サスケくんからの突然の頭突きに怯んでよろめく間に聞こえた言葉。耳を疑って間抜けな声が出る。

「デートは中止。帰るぞ」
「え、な、なんで!」

 いきなりのデート中止宣言に、痛むおでこに手を添えつつ慌てて意義を申し立てる。“なんで”もなにも、理由は自分でも大体わかっていた。

「そんな顔で街なかを歩き回るつもりか」
「でも、でも、」
「それにどうせ、泣いて勉強にも手がつかなかっただろ。過去問は進んだのか」
「う、それは……イイエ」

 痛いところを突かれて、ごにょごにょと言い淀む。
 私が小さく俯く間にサスケくんは踵を返して、本来の目的地とは逆方面の電車が来るホームへ体を向けた。つまりサスケくんの地元駅方面。帰るということ。

「だったらデートは受験が終わった後だ。いいな」

 強めにぴしゃりと言い放たれてしまう。だけど簡単に諦めることなんてできなくて、引き止めるように反論する。

「で、でもクリスマスは今日だけで……」
「チッ、そこは食い下がるのかよ」

 面倒くさそうに言われてしまい、心に引っ掻き傷ができる。それで私がたじろんでいる間に、こちらに振り向いてサスケくんは続ける。

「クリスマスかそうでないかの違いなんて、電飾の有無と飯の豪華さくらいだろうが。それともこの卑しんぼの腹はそうまでしてクリスマス飯が食いたいか」

 上着越しにお腹をぽよぽよ揺らされて、恥ずかしいやらスキンシップが嬉しいやらで少し顔が熱くなる。ええーん違いますぅ。

「それもあるけど違いますぅ……」
「あるのかよ」

 あるけど、一番大事なのはそこじゃない。それを伝えるために、みっともなくて格好がつかなくても、なんとか気持ちを言葉に変えていく。

「だって、だってサスケくんから誘ってくれた、クリスマスデートだもん……」
「…………」
「だから、中止はヤダ……」

 サスケくんの言った“最後になるかもしれない”は私の思っている意味とは違うようだけど、いずれにせよデートの中止は悲しい。
 だってサスケくんから誘ってくれたんだよ? 私から誘うデートの九割九分断るサスケくんがだよ。隙あらばエッチしたいと思ってるサスケくんが、確定で数時間エッチに挑めないデメリットを抱えているはずの、ご飯を食べたり街を散策したりすることがメインの『デート』を、しようと誘ってくれたんだよ。それってものすごいことなんだよ。本当に。
 せっかくサスケくんから誘ってくれて、デートプランまで立ててくれた、“最後になるかもしれない”クリスマスデート。ここで逃したら二度と『クリスマスデート』をできない可能性もあるんだ。(私の想像した“最後”かどうかに関わらず、今後サスケくんとお付き合いを続けたとしてもその可能性が否定できないという意味で)(悲しい)

 深々と吐かれるため息の音がして、サスケくんのマフラーの奥から白いもやが放たれる。その後ろを通過の電車がガタンゴトンと走り去る。騒音がおさまるのを待ってから、サスケくんはゆっくりと片手を私の頬へ添えた。
 ドキッ。今度こそキスをされるのか、と一瞬緊張する。

「……従順なのかワガママなのかどっちかにしろ」
「い、いひゃい、いひゃいれふぅぅぅ!」

 が、期待虚しく頬をつねられ、伸ばせるだけ伸ばされた。働き者の涙袋からしょっぱい液体が押し出されて、サスケくんの手袋に染みていく。
 じんじん痛むほっぺを撫でていると、サスケくんはくるりと背中を向けて言った。

「フン。精々クソ眩しいだけの電飾眺めて喜んでろ」
「え!」

 電飾、つまりイルミネーションを見に、連れて行ってくれるってことは。

「それって、デートしてくれるってこと?」
「…………」

 嬉しくなって大きめの声で問い返したら、サスケくんは返事もしないで歩きだしてしまった。あ、え待って歩くの速い!
 一瞬不安になったものの、サスケくんの向かう先は改札とは反対方向。ガラスに囲われた待合室へ向かっているのだと気付いて、すぐに小走りで追いかけた。ちゃんとデートしてくれるっぽいやったー!


 結局あの“最後になるかもしれない”というのは、『高校在学中のデートは』という主語が抜けていただけらしかった。うわああんもうびっくりしたよぉおおおん。
 これを教訓として、疑問に思ったことはちゃんと確認してすり合わせを行って良い、ということになった。つまり、私がちょっと問い返しただけで謎の地雷で急に怒るのを我慢してくれる、ということ。
 賢くて大体のことを一発理解できるサスケくん様にはお手数をおかけいたしますが、愚かな私の無駄な勘違いに対処していただけることを深く感謝いたします。

 ……イルミネーションツリーの前で言われた言葉、実は聞き取れなかったんだけど、今更聞き返しても怒られないかな?



(230210)


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