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お前のためじゃない


「あうう……傘、無い…………」

 天気予報をチェックし損ねるほど慌ただしい登校となってしまった朝。夕方から降り始めた雨に阻まれ、帰宅できずに教室の窓から外を眺める。そんなことをしてもザアザアと降る雨が弱まることはないけれども。
 傘を持って次々帰っていく友達をやや怨めしく思いながら、しかし自業自得、目覚ましを5回も止めて遅刻しそうになった自分が悪いことは分かっていた。
 暑い季節だからもちろん薄着で、この雨の中を走って帰ろうものなら、ブラウスが濡れて透けて痴女さながらになってしまうことは火を見るよりも明らか。せめて濃い色の肌着を着ていればあるいは……いや、ううん、それでもびしょ濡れで電車に乗るのはちょっとなぁ。周りの人に申し訳ない。

「お金も無いし…………うーん……」

 財布は学校には持ってきてない。何故なら、元々そんなにたくさんお金を持っていないし、そのくせすぐに無駄遣いをしてしまうので、予防のためでもある。だけどこういう時に融通が利かないのもなかなか不便だなぁと思うので、五百円玉一枚だけでも鞄のどこかに入れておこうか。安い傘ならそれできっと買えるはずだ!(※税込みでオーバーして泣きを見る)

「おい」
「!」

 呼び掛けるような声がして驚く。サスケ君の声だ。だけど今日はいつも一緒に帰ると決まっている金曜日ではないし、お昼休みに雨が降りそうな空模様だと話した時には「は? 傘忘れたのかよ」「貸さねえぞ」と言っていたからもう、全く、少しも、全然、一緒に帰ってくれる可能性なんて無いと思っていた。だから動揺してどもった。

「どっ、どうしたの?」
「…………仕方ねえから俺の傘に入れて帰ってやる」
「! えっ、な、なんで!? お昼には……」
「うるせえな。行くぞ」

 言葉通りかなり仕方なさそうに、渋々来てやったという顔。私のクラスのほうがホームルーム時間が長いので、サスケ君は私のために待っていてくれたことになる。あまり食い下がって機嫌を損ねると、撤回して一人で帰ってしまうかもしれない。だから質問はそこまでにして、急いで鞄を持って、サスケ君を追いかけて教室を出た。



 サスケ君の濃い紺色の傘。それを差した隣へ行き、傘下に入らせてもらう。嫌々、という態度を崩す気は無いようで、溜息を吐きながら眉をひそめて、私に傘の柄を渡した。

「えっ」
「めんどくさいからお前が持て」
「サスケ君のほうが背が高いのに」
「貸してやってんだからそれくらいやれ」
「はい……」

 もっともな言い分だ。突然殴られなかっただけましと言うか、サスケ君機嫌良くないなぁ。
 距離が近いのが嫌だとか言われるとそれはもう恋人として色々と悲しいのだけど、サスケ君に限ってはあり得るからなお悲しい。でも私からお願いしたわけでもないのにこうして傘へ入れてくれているのだから、流石に今回はそれは無いと思う。たぶん。

「……」
「…………」

 それなりに強い雨の中を、ひとつの傘の下で一緒に歩く。だけど、恋人的だ! と喜ぶ暇もない。サスケ君に雨が掛からないように上手く調節しながら傘を持ち、且つ腕や肩がぶつからないように距離感に気を付けて、且つサスケ君の歩幅に合わせてせかせかと歩いているからだ。

(こ、これ、結構大変……!)

 確かにサスケ君が数歩で面倒くさくなるのも頷けるほどに気を遣う。私のペースよりだいぶ速いサスケ君に合わせて歩くだけでもなかなか大変なのに、傘を持つ腕をやや高く上げたままで、付かず離れずの距離を保って、というのが難易度を跳ね上げている。

「…………」
「ぅ、ごめん……」
「………………はぁ」

 角を曲がる時に腕が軽くぶつかってしまい、小さく謝る。すると、このくらいのことでヒイヒイしているのがバレたようで、サスケ君は面倒くさそうに溜息を吐いた。

「チッ」
「ぅぅ、……」
「返せ。俺が持つ」
「……ごめんなさい」

 私が謝ると、何故だか余計にイラつかせたようで、再度盛大に舌打ちをされる。な、なんでなんで。
 奪い返すようにやや乱雑に傘を取り返され、しゅんとする。がんばったけど不出来でしたでしょうか。
 傘というものは一人用なので、二人で入るにはどうしても小さい。私は自分の半身が少し濡れてしまうのも厭わずに持ち主優先で差していたのだけれど、それでもサスケ君を濡らしてしまっただろうか。

 とぼとぼ歩きたいところだけれど、それではサスケ君に置いていかれてしまう。雨の掛かった腕を手で撫で拭きつつ、傘からはみ出しすぎないように早歩きで付いていった。


 駅に着き、傘を閉じつつ先に行くサスケ君を追いながら、鞄を探ってハンカチを取り出す。濡れた腕や鞄を拭きつつ、定期券を改札に通してホームに向かう。
 電車を待ちながら、ようやく一息つく。やっぱりサスケ君の歩く速さに付いていくのって大変だ。だけどお陰で少し脚が鍛えられてきたかもしれない。最初ほど疲れなくなったのは確かだ。

「サスケ君、傘閉じるのに手が濡れたと思うんだけど、ハンカチ使う?」
「ん、ああ……そうだな」

 自分も使ったハンカチを、濡れている面を内側に折り畳みなおして、サスケ君に渡す。傘って、閉じて留める時にどうしても濡れている布部分を触らないといけないから、手がびしょ濡れになるんだよね。
 サスケ君は特に何か突っかかるでもなくハンカチを受け取って、濡れた手を拭いている。少しは機嫌が直ったのだろうか。

「あの、ありがとう。傘に入れてくれて」
「…………」
「お陰であんまり濡れずに助かった……ん、だけど……」

 な、なんで不機嫌そうに睨むの?
 ただお礼を言っただけなのに、どこで地雷を踏んだのだろうか。見当もつかなくて、目を合わせないようにうろうろと顔周りに視線を揺らしながら困惑する。

「そのわりには濡れてたみたいだがな」
「あ、え?」

 返されたハンカチは確かに、サスケ君が手を拭いた以上に、私の腕や鞄を拭いたために湿っている。

「折角傘を貸してやってんのに濡れてんじゃねえよボケ」
「え、や、でもサスケ君が濡れちゃうし……」
「知るか。なんとかしろ」
「えええ」

 無茶苦茶だ。いつものことだけど。そりゃ私だって、突然細くなれるのならなりたい……。
 理不尽なお怒りポイントに困惑が募る。私が濡れないためにサスケ君が濡れたら、それはそれで怒るんじゃないの。たぶん。

「それと、家までは送らないからな。駅から先は一人で帰れ」
「うう……がんばります」

 駅から自宅までは結構距離があるので、やっぱり下着透け透けの痴女化は免れないだろう。これは鞄を抱いて隠しながら帰るしかないか。

 電車が到着して、下車する人を待ってから、順に乗り込む。冷房が強く掛けられていて肌寒いくらいだ。湿度も高くじめじめしているから、暑いよりは助かるけれど、鳥肌立った腕を撫でて冷気から隠す。

「サスケ君が傘に入れてくれてなかったら、凍えてたかも」
「……フン」
「そういえば、どうして……」

 言い掛けて、はっと口をつぐむ。『どうして急に傘に入れてくれる気になったのか』。こういう、ちょっと考えれば分かるような疑問を掛けて、酷い目に遭わなかった試しがない。
 そろりとサスケ君の顔を窺えば、また眉間の皺を深くして、じとりと私を見下ろしていた。これはまた「そのくらいのことは察しろ」「いちいち聞いてくんなウザい」と言われるのでは、と身構える。

「……お前のためじゃない」
「え、」

 予想に反して答えてくれたことと、予想に反した答え。
 傘に入れてくれたのが私のためじゃないとすると、一体どういうことなのか。

「濡れてなくてもうっすら見えてんだ。濡れたら丸見えになるだろうが」
「そ、そうデスネ……」
「そんな痴女と付き合ってるなんて思われたくはないからな」

 酷い。

「それにそんなもん、見せられる周りのほうが迷惑だろうが」

 ひん、その言い草はさすがにハートに来るよ……。
 確かにそんなに可愛い下着じゃないし、無駄に大きいから目立つし、スタイルも良くはないけども。だから透けなくてとても助かりましたけども。けども。

「だから仕方なく、俺が手間かけて一緒に帰ってやったんだろうが。それなのに濡れやがって」
「……すみません」
「ああ、反省しろ」
「…………ぐすん」

 助かりましたありがとう、どういたしまして、で終われないのは何故なのか。
 邪魔らしい傘を私に持たせて、吊革を掴むサスケ君。言い草は酷いけど、助けてくれたのは確かだ。捻くれ者のサスケ君のことだから、これは「下着が透けた姿を他人に見せたくなかった」ってことなんだろう。きっと。おそらく。

 私の地元駅に着いて、いよいよ雨の中一人で帰らなければならないのか、と憂鬱な気分で電車を降りると、なんとサスケ君も一緒に降りてきた。なんだかんだと言い訳を連ねてはいたけど、つまり結局、家まで送ってくれるらしい。
 ……素直じゃないなぁ、サスケ君。



(170704)
『確かに恋だった』様より
ツンデレな彼のセリフ「お前のためじゃない」


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