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諦めてドMの道に目覚めなさい4/4


 それから二駅進んで、サスケ君の降りる駅。当然サスケ君はこの駅で降り、その後ろに私も引き連れられる。階段を上がり、改札の前。乗り越し精算をしなきゃならないんだけど、私は普段から財布を持ってきていない。それを言えばサスケ君は「財布ぐらい持ってきてろよ……」と愚痴りながらお金を出してくれた。そうして改札を抜け、またサスケ君に引かれて行く。

 どこに行くんだろうか。また何か、変なところ? それとも真っ直ぐ、サスケ君の家だろうか。サスケ君の足取りは迷いなく、どんどん進んで行く。一応知ってはいるけど馴染みのない風景にやや気後れしながらも、早足で付いていく。

「……」
「……」

 電車に乗っている間に、すっかり夕焼けの時間になっていた。赤っぽく染められたサスケ君のブレザーを見つめていると、不意にちらっとサスケ君がこっちを窺うように見た。帰宅し始めてから一度もこちらに振り向いたことはなかったから、少しだけ驚いてしまった。ちょっとだけ照れて俯いてしまう。

 そうしてしばらく歩いていくと、サスケ君は大きな一軒家の前で止まった。もしかしてここが、サスケ君の家なんだろうか。塀があって、庭もあるし、かなり大きい。外観は和の家屋の様相だけど、中はどうなんだろう。中も畳の間が多いんだろうか、それともフローリングだろうか。

 さすがにここまで来るともう手を離して、サスケ君は慣れた手付きで門を開け、玄関まで行く。門は開けっ放しにしてあるから、付いて来いということなんだろう。恐る恐る、サスケ君を窺いながら門を通り、振り返って閉める。三歩歩くと玄関が、これまた入れと言わんばかりに開け放してある。

「……お邪魔、します」

 緊張して俯き気味になりながら、そう言って玄関に入る。後ろ手に引き戸を閉めて、先に靴を脱いだサスケ君を見る。すぐ前にある階段をすでに上り始めていて、内心かなり慌ててしまう。

「あ、あの、上がっても……」

 そう声を掛ければ、サスケ君は階段の途中で足を止めて振り返った。呆れた顔で、溜息混じりに「ここまでお膳立てしてやってんのに一々聞くか」と言われる。それに畏縮して小さくなりながら「ごめんなさい……」と謝ると、サスケ君はそのまま上がって行ってしまう。その後に続くため、急いで靴を脱ぎ、一応揃えて、サスケ君に習って階段を上がる。
 いくつかあるドアの内、一番階段から近いものが少し開いている。そろりと覗くとサスケ君が居て、鞄を置いて上着を脱いでいる所だった。格好が楽になったからか肩を回しながら、早く入れ、と面倒くさそうに言われてしまう。あせあせとして、しかし二の足を踏み、また睨むような視線を面倒そうに向けられ、そうしてなんとか足を踏み入れる。

「……お前うざいな……」
「ご、ごめんなさい……」
「……もういいから、遠慮するな。面倒くさい」
「う、ん……ありがとう」

 理由はともかく、遠慮しなくて良いと言われたのは嬉しい。少し見回して、邪魔にならなさそうな場所に鞄を置き、サスケ君を窺いながらその傍に腰を下ろす。サスケ君はどすりとベッドに座り、どこかを見ている。

 困惑したままここまで来たけど、私たちって喧嘩紛いの状態じゃなかったっけ。そう改めて思い返すと、途端に緊張してきてしまう。割と酷い目に合わされてきたのに、ほいほいと付いて来てしまって良かったんだろうか。とはいえ腕を掴まれていたから逃げれなかったのはそうなんだけど……気持ちはそうじゃなかったと言うか……。これで良いんだろうか。

「……」
「……」
「…………」
「…………えっと……」

 会話が無いから、余計に緊張する。もじもじとスカートを弄り、ごそごそと足を動かす。すると鬱陶しそうにちらりと見られたから、中途半端だけどそこでぴたりと動くのを止めた。俯き、サスケ君がどう出るのか、待って、待って、待った。

「…………」
「……あー……」
「、……?」

 サスケ君が、どう切り出そうか、と言うような声を出す。それに少し顔を上げて、サスケ君の膝のあたりまで視線を上げる。膝の上で、右手の指が、とんとんとん、と跳ねている。考えている、ような感じ。

「……」
「……この前のこと、」
「っ、……」
「……なんだが……」

 切り出されて、やっぱりその話か、と思うと少し息が詰まる。膝のスカートを無意識に握ってしまい、皺が寄る。また俯いてしまって、カーペットの敷かれた床に視線を揺らしながら、続きを待つ。

「……俺のことはまだ、…………もう、嫌いか」

 サスケ君の口から、思ってもみなかった言葉が出てきた。いつもの圧のある物言いではなく、やや自信なく、ぽつりと落とされた言葉。首を持ち上げて、サスケ君の顔を見ると、サスケ君は柄にもなくやや俯いて、苦い顔をしていた。

「……もう解ってるとは思うが、……俺はそういう嗜好を持ってる」
「……」
「バラせば大概の女は逃げたし、残ってもしばらくすれば別れた」
「……」
「今まではなんとも思わなかった。次の女が勝手に寄ってくるからな。……だが、」

 そこで言葉が切れた。なかなか次の言葉が出ないのか、喋ろうとしては、溜息を吐いて、言いにくそうにしている。その表情が、あの時一瞬だけ見た、悲しそうな顔に少しだけ被って、やっぱりあれは見間違いじゃなかったんだ、と思った。

「…………お前のことは手放したくない」
「!」
「嫌われていても自分のものにしておきたい。……そう思う」
「……、」
「……嫌いって言われると無茶苦茶ムカつくけどな」

 不機嫌そうに言って、眉間の皺を濃くする。きまりが悪いのか、単に思い出して立腹しているのかは判断がつかないけど、どちらにせよ私にとって、嬉しいことを言われた。はずだ。

「やっぱお前、俺の好みなんだよ」
「!」
「反応が。だから気に入ってるし、もっと楽しみたい。手放したくない理由はそれだな」
「……」

 やっぱりあんまり嬉しくないかも!
 一人納得したように、うんと頷くサスケ君。電車でほんの少し期待したような結論ではなく、私は結局泣くことになりそうだ。いよいよ逃がしてくれそうにない、けれど、全く嬉しくない訳ではないのは、私がサスケ君を、『こんな』でも好きだからなんだろうなぁ。なんでだ私。

「……嫌そうだな?」
「え、あ、えっと……」

 実際ちょっと嫌なので否定できずに居ると、サスケ君がすっと立ち上がった。びくりと肩を震わせて見上げる私に、サスケ君が詰め寄る。元々壁際に座っていた私は自分で逃げ道を減らしてしまっていたことに気付いたが、もうサスケ君に前を塞がれ、片腕で横も塞がれ、反対側も狭くて通れず、すでに遅かった。しゃがんで顔を寄せたサスケ君の、表情がいつもの不敵でぞくりとする笑みになっていて、あ、もう反省タイムは終わりなんですね、と思った。つまり、いつも通り私は虐められる訳ですか。

「そんなに嫌なら、いっそお前もマゾに目覚めたらどうだ?」
「っ!」
「俺が直々に、調教してやるよ」

 にぃっ、と笑みを濃くして、片手で顎を上げられ、奪うような不躾なキスをされる。強張る私の唇を抉じ開けて侵入した舌は、逃げ損ねた私の舌をいとも簡単に捕える。壁に押し付けるようにしてキスを深めるサスケ君に、両手は空いているのに反抗できない私はどうかしている。もしやもうすでに、サスケ君の言う『調教』が効き始めているんだろうか。付き合い始めてから、と考えればそれなりに長い時間あったのだし。と、酸欠気味で働かない頭でうすらぼんやりと考える。ああだめだ、今度こそ逃げられない気がする。ここはサスケ君の家でサスケ君の部屋。私はお金を持たず、二駅先の地元にも帰れない。考えるほど絶望的な状況だ。だけどいっそこんな状況に追い込まれることによって、照れや恥やその他色々なものを克服、いや諦めることができるのかもしれないと思えば、むしろ良かったのかなぁと思ったり思わなかったりした。

「痛いのも苦しいのも、キモチイイと思うようにしてやるよ、紫静」




(20110302)


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