32






****


昨日のザーザー降りの天気はどこへやら、本日はまさに真夏、と言って良い様なカンカン照りであった。夏の日差しは容赦なく俺達に降りかかってくるが、テンションに身を任せた高校生共はそんな事などお構いなしに浜辺ではしゃぐわ騒ぐわ遊び倒している。
そんな姿をパラソルの作り出す日影にて見守る俺。海に飛びこんでいる篠山達は非常に生き生きしているが、生憎俺にはそんなバイタリティはない。運動嫌いでは決して無いが、あの塩水の塊に身を投じたいとは思わねぇ。
一応海パンを穿きつつもパーカーを羽織り、まるで海に入る気ゼロな俺の横では、宮村が爆睡していた。…体の上に南と立花がめっちゃ砂かけてるけどな…おいそれ、固めると本当に動けなくなるぞ。気にせず眠り続ける宮村は一体全体どんな神経をしているんだ。…まあ、立花が念願の南と友達になるという夢を叶えた様なので良しとしよう。
そんな事を考えながら楽しさの欠片も無さそうな本気のビーチバレーを翼と風間が行っている方に視線をやりつつ、俺はズコーと音をたてジュースを飲み干した。
と、その時聞こえた低めの声。


「海に入らないのか、御堂島。中々気持ち良かったが」
「…あ?だから俺は海で遊ぶのは嫌いだっつー……、……!?」


篠山と双子の誘いを断る為に幾度となく言った言葉を再び口にしつつ、声の聞こえた方に顔を向けた――瞬間。俺は思わず、固まった。
今まさに海から上がってきたのだろう相手――黒井はポタポタと滴を垂らし、邪魔なのか前髪は掻き上げてオールバックの様な髪型のままこちらに近づいてきた。…おい、アイデンティティの眼鏡はどうした。そりゃ海に入るんだから外すだろうが、何だそのワイルド系は。なんか腹立つ。

「…、?どうした」
「……いや……何でもねぇ。お前はこういう風に海で遊んだりとか、興味ねぇと思ったけどな」
「そうだな…普段はあまり行かないが、嫌いでは無い。偶には良いものだな」

何か飲むものをくれ、と言う奴にクーラーボックスに入っていたお茶を放り投げる。と、突然紫雲の笑い声が聞こえそちら側に顔を向けて見れば、どうやら向こう側で風間に負けたらしい翼が物凄く落ち込んでいるのが目に映った。…可哀想な奴め。紫雲、笑ってやるな。
嘆きながらこちらに向かってくる翼に、お疲れさんとこれまた黒井に投げた物と同じお茶を渡す。ありがとうございます、とボソボソとした声で礼を言ったものの、頭は先ほどの試合の事でいっぱいの様だ。

「うう…あんな奴に負けるなんて悔しいっス…畜生…!」
「風間は運動神経は良いからな。伊達に鬼嶋の拳を相手に逃げ回っている訳ではないと言う事だ」
「俺だって運動神経悪くないですよ!ねえ会長!」
「あ?あーそうだな…だってのにあんなヘラヘラ笑ってる奴に負けてんじゃねぇよ、馬鹿」

黒井の言葉に涙目でこちらに同意を求めてくる翼に適当に頷きつつ最後はコツンと頭を小突いてやれば、「だってアイツ色々卑怯なんですもん!」と泣き言が返ってくる。…まぁ、俺も風間には昨日のババ抜きでこてんぱんにされたからな…恨みはある。
と、その時焼きそばを口にほうばったままノソノソ近づいてきた鬼嶋が目に留まり――俺はしばらく考えた後、良い事を思いついたと口の端を上げた。





「……ちょっと……何なんですかァ、この状況。どういう事です、会長――黒井センパイ」


物凄く嫌そうな顔をした風間が、こちらを恨めしげに見てくる。それだけで既に気分が良い俺。何なんですかもどういう事ですも、見たまんまの話だ。

ご丁寧に張られたビーチバレー用のネットの向こう側には、風間と鬼嶋の姿。鬼嶋は最後まで食べていない焼きそばの事が気にかかっている様で上の空だ。お前、後でまた他のもん食わしてやっから今は我慢しろ。
そして、こちら側には宝城学園のトップに立つ生徒会長である俺、御堂島恭夜と、風紀委員長の黒井が金剛力士よろしく奴らの前に立ち塞がっていた。

「さっき言っただろ?俺と黒井がチーム、お前と鬼嶋がチームでビーチバレーだ。翼の仇は俺が討つ」
「俺はどうでもいいんだがな」
「黙れ黒井、協力しろ」
「…生徒会長と風紀委員長のタッグとかずるくねェっスか…つーか何で俺、遥ちゃんと一緒」
「名前で呼ぶんじゃねぇ」

今まで興味なさげだったのに名を呼ばれた瞬間ギンッ、と風間を睨みつける鬼嶋に苦笑い。前よりは幾分かマシだがまだその態度なのか…まだまだ奴らの溝を埋めるには時間がかかるらしい。
俺は文句を垂れ流す奴を無視し、南に審判を頼んで無理やりゲームを始めさせた。あの二人が協力プレーをし出したら面白い事になるだろうが、それよりまずは俺の名誉復活である。


「う…らッ!!」
「っ、」


バンッ、という小気味の良い音と共に初めに打ったサービスは、風間の真横にあっという間に落ちた。自慢じゃねぇが球技は得意分野に入る。
いつの間にか見学組になっていた篠山と双子の「会長すご〜」という声を聞きつつ風間を見て鼻で笑ってみせれば、さしもの奴もカチンとキたようだった。

「ほい、1点まず先輩チームー」
「会長がんばっス!その調子!」

翼の声援を受けながら、再び俺のサービス。トンッ、と今度は軽めに前の方に打つと、風間がひらり動いてレシーブをした。チ、流石に余裕か。
宙に舞ったボールはいずこへ、と思う暇なく――とすん、と落ちてきたボールを、鬼嶋がキャッチした。…いや、キャッチってお前。

「先輩チーム2点めー」
「っダァアァ何でそこでキャッチすんだァ!?今のとこはトスだろ、それか打っちまえよビーチバレーもした事ねェんか!!」
「…あぁ…?うっせぇ…耳元で騒ぐな。……このボールどうすんだよ」
「アタックしてこっちのコートに入れるんだ。とりあえず落とさなければ良い。触れるのは3回までだがな」

黒井の冷静な説明に鬼嶋はしばらく考えた後、フーンと徹して興味の無さそうな声で納得したんだかしてないんだか分からない様な返事をした。…これは、先が長そうだな。
が、やはりあそこまで苛々している風間を見るのは何だか物珍しく面白い。鬼嶋と一緒ならば普段のペースが崩されて奴を負かす事が出来るんじゃねぇかと考えた俺の思惑は当ったようだ。卑怯だと、違うこれは作戦だ。

この分なら黒井がいなくとも俺一人でも勝てるんじゃないかと、そう楽観的に考えていた俺だったが――そうは問屋が、おろさなかった。


「ッ、これ、は、反則だろ…!!」


鬼嶋の馬鹿野郎めが。と、俺は心の中で盛大に奴を罵った。

アタックしてコート上に入れれば良い、という基本的なルールが分かった所で、鬼嶋のクソ力が爆発しだした。
風間が取り、そのボールをトスもなくそのままダイレクトにこちらにボールを叩きこんでくる奴の後ろに阿修羅が見える。こんなもの取れる訳がねぇだろう!
倒したい本当の相手である風間は鬼嶋を使った方が勝率が上がると踏んで完全裏役に徹している。分が悪くなった俺達を見ながら鼻歌でも歌いだしそうな勢いだ。てめぇ、こんな時にまで冷静に判断してんじゃねぇよ畜生!言っとくがお前のアタックは殆ど俺がとってんだからな!
鬼嶋がボールをアタックする以外に何もやる気がない為にこちらのアタックも多少は入るが、如何せん奴の打ったボールは絶対入る。100%の確立だ。
俺が弱いから?違う!鬼嶋のアタックが強すぎるから?それもあるがそれだけじゃねぇ。
問題は、俺の横で何だかフラフラした動きをしている――黒井に、あった。

「てめぇ黒井お前まともにボールとれてねぇじゃねぇか!?実は運動音痴か俺の期待返せこの阿呆!!」
「失礼なことを言うな、運動音痴ではない。ただ御堂島、問題だ」
「なんだよ!後輩に18対14で負けてる今の状態が問題なんだよ!!」

しかもその14点は全部俺が入れた点数だ。
何か申し開きがあるならば聞いてやろうと、噛みつかんばかりの勢いで黒井の言葉に返事をすれば――奴は至極真面目な顔で、口を開いた。


「眼鏡が無いから余り良く見えん」
「………」


一瞬の静寂の後――だったら眼鏡をかけろと、盛大な罵声が響き渡り砂浜が揺れた。



…結局、激闘の末最終的に眼鏡をかけた黒井の正確なブロックにより、俺の名誉回復は果たされることに…果たされたと言えるのかは知らねぇが、とりあえず風間に少々悔しそうな顔をさせることが出来、また最後に風間と鬼嶋のレシーブトスアタックというまさかの協力プレイシーンが見られたので、まあビーチバレー対決はめでたしめでたしという形で終わらせられたという事で良いだろう。
その後黒井に思いっきりボールを当てた事について(事故だ事故)ネチネチと文句を言われたが、無視だ無視。
流石っス!と俺を尊敬の眼差しで見てくる翼しか今は見えねぇ事にする。とか思っていたら、流石に疲れた様子の風間が傍にドッカリと腰を下ろした。

「ハーくっそ疲れたァ…ほんと、大人げないっスよね会長…最後の最後まで本気だしさァ」
「あ?当たり前だろ。勝負事は何時でも全力だ、お前にゃ恨みもあるしな」
「何スかそれ、全く身に覚えが無いんですけどォ。良いですよ、そんなん言うなら教えてあげようと思ってた情報教えませーん」

口を尖らせて言う相手に少々首を傾げる。何だ、情報ってのは。
そんなものいらねぇと一蹴することは出来るが、こいつの言う事に対して適当に流すと後で痛い目をみそうだ。
どうしますー?とニヤニヤした笑みを復活させながら言う風間にしばらくぐう、と考えた後――俺はゆっくり溜息をついて、口を開いた。


「…分かった、後でアイスでも奢ってやる。で?何だ、その情報ってのは」
「アイスですかァ、ダッツが良いんですけど」
「……種類は後だ後!で、何だって?」
「へーへー。…ま、アレっスよ。楽しい楽しい夏休みもそろそろ終わり、ってー事ですよォ」
「は?」


奴の言葉に訳が分からない、という顔を全面的に押しだして奴の顔を見れば、風間はにんまりと笑い、それはそれは楽しそうに、言葉を紡いだ。






「今学校、相当ヤベーみたいですよォ?」






…新しい波乱が、すぐそこまで―――近づいてきていた。

- 123 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -