私の師匠は謎センス後

「蛭湖もさ、キミの事よく話してくれるよ。」

相変わらず戻ってこない師匠について会話は再開された、本当何時になったら戻って来るのだろう。

「修行の話ですか?」

「うん、いっつも頭抱えてる。洞察力とか観察眼を鍛えたいが為に食材取らせに山に放り込んだのに、街に降りてコンビニで割引シールの貼られた弁当買って戻ってきた時は頭痛かったって。」

「いやまあ何でもいいから取って来いって話でしたし…。」

確か最初の修行の時の話だ。
葵さんの言う通り、師匠的には険しい山林で肉食動物の目を避ける事で実力差を見極め、何でもいいから食べられる物を探す事で観察眼を養いたかったらしい。
当の私は師匠には肉を持っていかないと駄目だと思い、それはどう考えても難しい事だったので「判断力を鍛える為の修行か!」と思い至って師匠の封鎖している道とは反対側を下りて2時間くらいかけて買い物に出たのだ。

次の日には財布を取り上げられた。理不尽だと思った。

「逆に関心もしてたけどね。遭難者も多い山でよく元の場所に戻って来れたなって。」

「いや、それ程でも…。って私そんな誉め言葉知らないんですけど。師匠実は陰で褒めてくれていたりするんですか?」

「んふぅ、どうだろうね?」

何ですかその鳴き声。
師匠のアイスコーヒーに手が伸ばされ、ガムシロップが奪われる。葵さんが封を剥がすとシロップは重力に任せて飲みかけのアイスコーヒーの中に落ちて、溶けていった。
まってくれと言いたげに雫となってポタポタ垂れている残りのガムシロップをニコニコ笑いながら眺めている。
正直どう反応すればいいのかわからない。

「でも葵さん凄いですよね。」

「凄い?ガムシロ二つ目って普通じゃ無い?」

葵さんは可愛らしく頭を傾けながら怪訝そうな顔をした。
ひょっとして試されているのだろうか。

「甘党なんですか?」

「いや別に?甘い物には常に飢えているからこうすれば少しは気が紛れるかなって。…今日はいつもより控えめでも大丈夫みたいだ。」

なるほどさっぱりわからん。
師匠も大概言い回しが独特だし四死天の人って皆こんな感じなのかな。

「どうせならミルクも連れて行ってあげて下さい。」

「ああそうか、独りは可哀想だよね?」

納得したように師匠の物を手に取って立ち上がると、ぼっちの白い液体は私のコーヒーに勝手に注がれた。
わあ美味しそう。もうどうにでもなーれ。

「真面目に答えますよ?」

「どうぞ?」

「…ふらっと何処からともなく現れたと思ったら、私とそう年も変わらなさそうなのに直ぐに幹部クラスにまで上がりましたし。魔導具だって、師匠の奴とか適正者が使用しないとまともに扱えない代物もありますし…。葵さんの、神慮思考?裏麗で今まで使用した人間は闇に触れすぎて逆に廃人になったって噂もありますから、やっぱり凄いなって。」

勝手に追加されたミルク(ちびっ子メイドでは無い)を手癖でぐるぐる混ぜながら上目で様子を伺うと、葵さんは眼を丸くして、酷く驚いていた。氷がカラコロ音をたてている。

「…唐突に現れた新参が幹部になった時面白くないって思わなかった?」

「嫉妬ですか?…うーん、この組織結局実力主義な所がありますし。私は師匠の下でやっていければそれで幸せだろうなあって。」

実際の所出世の話にはあまり興味がない。
私には師匠達の持っているカリスマ性とやらが圧倒的に足りないし、人を動かす立場に立つと言うのはどうにも苦手だ。あと森さんと会話する機会は極力減らしたい。精神ガリガリ削られる。

「キミはまだ正式な裏麗の人間じゃないよね?」

「テストは当然受けようと思っているんですけど、師匠が中々許可を出してくれなくて。師匠の教え方が上手いお陰で子熊相手にはどうにか勝てるようにはなったんですけど…」

「魔導具無しで?それは凄いね。
でもさ、裏麗が相手にするのは人間だよ?」

「殺しは嫌ですけど、私の面倒を見てくれてる師匠に恩は返したいと思っているんです。先延ばしにし過ぎて森さんに目を付けられたら師匠の立場も危うくなると思いますし…。」

本日2度目。
散々森さんの名前はNGと言い聞かせていたのにバカか私は。
会話も途切れた、嫌な汗が掌に滲む。
今度こそやらかしたのでは無いかと恐る恐る葵さんの表情を伺った。

「……そうだね、森様はそう言う人だからね。そしたら、そしたらボクは…」

グラスの水滴が滴り落ちて机を丸底型に濡らす。
葵さんは、俯いて黙ってしまった。
気付かない内に彼女を傷つけていたのかもしれない事と、勝手に恐怖心を抱いていた事に、良心が痛んだ。

本日2度目の「おまたせしました」の声が響くと今日の主役がついに3つ運ばれてきた。
なんだかしんみりとした空気になってしまったので「あ、葵さん最初どれがいいですか!?全部美味しそうですよ!?」と無駄に声を上げて勧める。
勢いのまま立ち上がったので机がガタッと音を鳴らした。
周りからアイツうるせえなと言う視線が突き刺さる。

葵さんは何事も無かったようにいつも通り笑うと、「味見しようか」と言って一番手前のパフェを選んでスプーンを手に取った。

私も目についた手前の物を選んだ。
ある種完成された美しさを持つ食べ物の表面をほどほどに掬い上げ、こぼさないように口に運ぶ。甘ったるさが全身に溶け込むように伝わった。
頭も体も単純人間の私は、ここ数日の疲れがたったこれだけの事で簡単に吹き飛んでしまう。
ああなんて美味しいのだろう。

師匠との修行の日々はとにかく体作りを意識したプロテインだの、高たんぱく低脂質だの、プロテインだのの食事内容だったから、こんな洒落た物久しぶりだ。スナック菓子も気づけばもう1年も食べていない。今の内に噛みしめておかないと。

「随分と幸せそうな顔して食べるね。」

「もうずっと食べていなかった物ですから。」

結局二人とも最初に手を付けた物をそのまま食べる事にした。
葵さんの提案ではあったけど師匠に食べかけ渡すのもそれはそれで失礼だし。
最後の1つは和スイーツと言う奴で、「蛭湖は和食好きみたいだから、ちょうどいいよね」と言う葵さんの話でまとまった。

「ホタルちゃん。学校に行った事はある?」

半分くらい食べ進めた所で、再び話を切り出される。
学校って、普通の学校の事でいいのだろうか。少なくともC-COM財団内に戦闘訓練を行う教育施設があると言う話は聞いたことが無い。

「ボクはね、学校に行った事が無いんだ。」

「義務教育もですか…?」

「うん、ちょっと色々事情があるからね。裏で全部済ました。だから今度、ほんの少しの間だけでも学校に行ける事が楽しみなんだ。」

彼女自身の身の上話を聞くのは初めての事で、気付けば手を止めて話を聞き入っていた。

「今日も楽しかった。普通の人間として生まれていたら、こんな風に遊べたんだろうなって。」

葵さんは心底気分良さそうにパフェを頬張っていて、相変わらず森さんに心酔している理由も煉華さんを嫌っている理由もわからなかったけど、何だか初めて心の底から喜んでいる姿を見れた気がしたので少しだけ苦手意識が薄れた。

「私も、楽しかったです。」



ようやく話が終わった師匠は戻ってくるなり机に置いてあるパフェと満足気な葵さんを見比べた後ため息を付きながら諦めたような顔をして席に着いた。師匠にとってはあの痛々しい魔導具を発動して時間を稼ぐ事よりも目の前の甘ったるい要塞と格闘する方が余程難しい事なのかもしれない。
入れ替わるように葵さんに着信が入った。やっぱ上の人間って大変なんだな。

「何だこれは。」

葵さんが席を外すのを見届けると、師匠はすぐさま眉間に皺を寄せて問い詰めて来る。
思った通りだよ。いや本当すみません。

「私と葵さんが盛り上がりながら注文した新作パフェ…」

「見ればわかる。コーヒーだけでいいと言った筈だが…?」

「師匠が女の子受けのいい物を食べてる姿はきっと面白いって話になりまして…」

「葵…。」

頭を抱えながら気難しい顔で細長いスプーンを手に取ると師匠は観念したようにパフェをつつき始めた。普段たんぱく質と鉄分中心のバランスの良い食事とか言う面白み0の食生活をしてる人間とは思えない絵面だ。
うん、確かに面白い。
葵さんが戻ってきたら、喜んで写真を撮るだろうな。後で送って貰おう。
……いやいやいや、上の人間相手に何友達になった気分でいるんだ私は。後で送って貰おうなんてあまりにも馴れ馴れしすぎる。それにしても

「それにしても師匠葵さんに甘いですよね。」

「甘い?私が?葵に?」

「え、無意識なんですか?だってこれやったのが私だったらあんな反応しないじゃ無いですか。」

「当然の事だ。正式な裏麗の人間ですら無いお前の娯楽費を出すのは一体誰だ?今回は葵が注文したのなら葵が全部払えばいい。」

「その娯楽費と言う名の養育費って森さんから出てる物じゃないですか。それとも師匠が払わないと間に合わないくらいケチっているんですか?あの人?」

「受け取っていない。」

「今なんと。」

「お前が立派な構成員となる日にまとめて支払うよう話を付けている。」

師匠の口ぶりは、まるで自らがそう提案したかのような言いぶりだった。
食費だって一人分増えるだけでバカにならないのにわざわざ後払いにする意味って何だろう。
師匠の考えはよくわからない、これがプロフェッショナルって奴なのだろうか。

「だったらそろそろ試験受けるの許可してくれませんか?私だって師匠の脛かじって生きている事に後ろめたさは感じているんですから。」

「顔に甘味料の残骸を付けながら喋るな。」

「げ、何処についてますか?」

「自分で確認しろ。」

また話をはぐらかされた。重要な話をするといつもこれだ、面白くない。
鏡を取り出して顔に付いている白い物を拭きとりながら、引きつった顔でパフェ相手に四苦八苦している師匠の顔を見る。面白い。

「そう言えば先程の着信本当に螺閃さんだったんですか?」

「ああ、今でも鼓膜が悲鳴を上げている。」

「やっぱ鬼凛さんじゃ無いですか。」

「螺閃の思考を他の人間に繋ぐ橋渡しがアイツの仕事だ。今回の場合は螺閃相手で問題は無い。」

うーん、そう言う物なのか。

「何か裏麗って男女のペアが多いですよね。大体付き合ってますし。
師匠は葵さんと進展無いんですか?」

「人が二人並んでいるだけで恋人認定か?ホタル、お前が随分とロマン思考な事に私は驚いているよ。」

「恋バナは十代の花ですよ?師匠との修行の日々な裏麗じゃ貴重な娯楽話ですし気になるじゃないですか。」

師匠はため息を付くなり、「知らないのなら言うべきか…」と心底うんざりしたように口を開いた。

「…いいか?葵は男だ。」

??????
いや何を言って。

「そして私にそのような趣味は無い。」

衝撃の事実を目の当たりにして、身体が硬直するとはこう言う事なのだろうか。
混乱したままアイスコーヒーでパフェを無理矢理流し込む師匠を眺めていると、「その締まりのない口はみっともないから止めろ」と説教を食らった。

混乱が解けないまま、葵さんが戻って来た。いい知らせでも聞いたのか、頬が緩んでいる。歩く度にスカートがひらひら揺れている。

え、男???え???このスカートを履いてる子が?
師匠は真実を独特な言い回しのオブラートに包んで相手を気遣う事はあっても嘘は付かない人間だ。私葵さん相手に散々女の子扱いの態度で接していたんだけどどうしよう。

「ねえ聞いてよ、学校の制服届いたって連絡だった!」

ところでどっちを着ていくつもりなんだろう。

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