私の師匠は謎センス前
裏麗にはヤバい人間がたくさんいる。
チョコレートで中毒症状出てる奴、死に場所探してる自殺志願者、ショタコン拗らせてるオカマ野郎、ナルシスト、多重人格発生しかけてる年齢不詳、その他色々。

そんな中でも葵さんは特にヤバい。彼女はいつもニコニコ笑っていて一見まともそうに見えるのだが深海の奥底のような色をした濁りに濁った目が笑っている所だけは見たことが無い、無理矢理歪ませてると言うのが正しいだろう。

煉華さんと仲が悪いようで、随分前に会話をしている所を偶然見た時は驚愕だった。何を喋っていたのかは知らないが満足げな顔をした煉華さんが去った後、怒り任せに壁を殴ったと言うか拳をコンクリートの壁に叩きつけていたのだ葵さんは。壁は控えめにクレーターを作っていたし葵さんの拳は真っ青に腫れ上がって血が噴き出していてその下に剥がれた爪が落ちていた。絶対骨折してるよアレ。

それ以上に何がヤバいってすれ違いざまに人の精神を平気で破壊してくる。彼女は神慮思考と言う他人の精神と思考に干渉する事の出来る魔導具を持っていて、ついでに言うと裏麗のトップである森光蘭の事を一人森様と呼んで崇拝している。どうしてなのかはわからないし、森さんが葵さんの事を特別視しているかと言うとそうでもない。
ニコニコ笑ってる葵さんの直ぐ側で森さんの悪口を言い過ぎなくらい言ってた裏麗の人間が次の日廃人と化して使い物にならなくなっていた、余程酷い精神的苦痛を与えられたらしい。
死にかけの状態だったとは言えあの紅麗さん相手にもここぞとばかりにイキリ散らした木蓮と命が二人抱き合ってバカップル震えをする程だ。あいつら拷問好きのスプラッタ趣味の癖に訳わかんねえな。

そんな厄介な連中が殆どな裏麗の中にもまともな人間はいる。私の師匠がそれだ、名前は蛭湖さん。
何故師匠なのかと言うと理由は単純だ。自分のような親の借金の肩代わりに裏麗に売られた一般人は幻獣朗の肉体改造を受けて人間をやめさせられるか慰み者にされるのが普通なのだが、その時あいつは他の実験で手が回らない状態だった。そこで白羽の矢が立ったのが普段から与えられた任務は何でもこなすプロフェッショナルを自称している師匠だったと言うわけ。だから森さんはここぞとばかりに押し付けたんですね。

誰が命名したのか知らないが師匠は四死天と言う厨二病全開な役職についているだけあってとても強い。
さっきヤバいと説明したリーダーの葵さんと仲が良くて、頻繁に彼女の話の聞き役に徹している。
そんな人格者な師匠には致命的な弱点がある。ファッションセンスが変なのだ。
麗の人間もそうなのだが、時代錯誤と言えるような謎のファッションセンスをしている奴がこの組織には何故か多い。四死天の一人の門都さんは特にすごい。アマゾンの奥地にいる狂戦士のような格好でまさに野生児、ここ日本だぞ。つーかアマゾンにも今時あんなのいないだろ。ちなみに暴れ出すと手がつけられないので葵さんとは別ベクトルでヤバい。多分単純な殴り合いなら裏麗で一番強い。

師匠は時代錯誤をしている訳でも日本で着るには厳しい民族衣装を身に付けている訳でもない。
師匠はガチガチに鍛えた筋肉が浮き出る程タイトな黒インナーとスパッツにコートとブーツを合わせるとか言う、よく見ると変な格好がデフォなのだ。
顔はいいのに絶妙に終わってるセンスのせいで何か見る度に残念な気持ちになる。

「と、言うわけで買い物に行きましょう師匠。」

「どうしてお前はそう突拍子も無い事を言い出すんだ。」

そこまで乗り気じゃなかった師匠をどうにか説得すると、今回は有給を使っての私用なので私達は公共交通機関を利用して都会に降りてきた。あんな変な格好で来られたら職質案件待った無しなのでC-COM財団指定のスーツを着てもらった。真夏だと言うのに上半身にジャケットを着用しネクタイを緩めずYシャツの第一ボタンまでクソ真面目に止めて汗一つかかずにいる師匠はやはり何処か只者じゃ無い。

「蛭湖その格好暑くない?」

「普段あんな服着ているお前にだけは言われたくない。」

「えー、ボク今は普通の格好じゃん。それにSODOMは冷房ガンガン効いてるし。」

何故か着いてくる事になった葵さんも一緒だ。
と、言うか師匠と言い合っていた所にこの人が偶然仕事の打ち合わせにやってきて説得してくれた。
今度火影の巣窟と化している名古霧高校に転校生として入り込む事になったので彼女も買い物に出たかったらしい。
「ほら、涼しいよ?」と言いながら葵さんがいつもより短めのスカートを両手でつまみ上げてひらひら揺らすと師匠は「気色悪いからやめろ」と随分と酷い事を言っていた。
特に葵さんが傷付いた様子は無いのであれ位のやり取りは日常茶飯事なのだろう。
そんな葵さんは私同様10代くらいの少女だ。化粧とか服装とかで誤魔化せば見た目を実年齢以上に見せる事は可能だろう。加えて所持魔導具がアレなので情報収集の為諜報活動をよく任されているらしい。(師匠も任されない訳では無いが、その時は大体スーツとサングラスの紅麗さんファッションでこなしている。)
その為、服自体は色々持っているようで、今日はいつも着用しているテレビ画面の向こう側に住んでいる歌って踊れる芸能人のような格好では無く、季節に合わせた今時の若者が着ているようなシンプルだけどセンスのある涼しげな格好をしていた。

「せっかくの師弟デートなのにごめんね?」

「いえっ、デートじゃないんで大丈夫です。あと私が勝手に師匠って呼んでるだけなので!」

あんな姿を見てしまった葵さんに苦手意識が無いと言えば嘘になるが、師匠がいるから大丈夫だろう、うっかり地雷を踏まないよう発言には気を付けないと。森さんと煉華さんの話題は極力避ける、今日の目標。
既に帰りたがっている師匠の背中を押し、私達は改札を抜けて纏わりつく暑さが手を招く駅の外へと歩き出した。





買い物が一段落したので、休憩がてら葵さんが行ってみたいと言っていたカフェに入った。私と葵さんが新作メニューはどうかと師匠相手にはしゃいでいると、師匠はつまらない事にコーヒーだけ選んで螺閃さんから着信が入ったと言って席を外して店の外に行ってしまった。それ本当に螺閃さん…?鬼凜さんじゃ無くて…?

仕方ないのでメニューと睨み合いを始める。

先程までは師匠が緩衝役となっていたのでそれなりに会話は弾んでいたが目上の人間の葵さんと二人きりとなると、それは中々難しい。

私達は所詮、同じ組織の人間とは言え師匠の人脈で繋がっているだけの殆ど交流の無い赤の他人同士なのだ。

「ホタルちゃんどれ食べたい?」

「えぇ、っと。悩み所ですね…候補は三つ決まってるんですが…新作の奴。どれも美味しそうで…」

今はメニューを長考して誤魔化せているが、決まってしまったらどうにもこうにもままならない。師匠早く戻ってきて。

「じゃあそれ全部頼もうか。ボクも気になってた奴だし。味見して気に入ったの選んで余った奴は蛭湖にあげよう。」

「えぇ、いいんですか?師匠コーヒーだけって言ってましたよ?」

「いいよ、蛭湖がこれ食べてる所絶対面白いから。大体お昼も食べずに買い物してたのにコーヒー1杯でお腹が膨れる訳無いじゃん。」

それもそうなのだが、勝手に決めていいのだろうか。有無を言わさず呼びだしボタンを押して、葵さんは悩むことなく3人分のメニューを店員に伝える。
注文を受けた店員が奥へと戻る背中を見て、新作パフェのアイスコーヒーセットを三つも頼んでしまった事で師匠に怒られるかもしれない事に不安を抱きながらこれからどうするかを考える。とり敢えず手でも拭くか…?

「ホタルちゃんさ、蛭湖の事どう思ってる?」

「えっ!?師匠ですか!?」

話題に困っていると、肘を付いて手の甲に顎を乗っけながら、葵さんが話を切り出してくれた。
緊張からのリアクションに、「そんなかしこまらなくていいよ。取って食うとかしないからさ」と言ってくれる。いや、かしこまりますよ。無理無理。
それにしても師匠の事を急に聞かれるとなると、どう答えればいいのか結構悩む。

「えーと、人格者で…強くて…スパルタで…」

「うん」

「多分命の恩人で…」

「幻獣朗に回されなかったから?」

「そうだと思います、生きて帰ることのが難しいって聞きますし…あっ、でも師匠に回してくれたのは森さんなのであの人が命の恩人になるのでしょうか…?」

やばっ、森さんの名前出しちゃった。
葵さんは相変わらずニコニコ笑ってこっちを見ている。決して悪口を言った訳では無いので機嫌を損ねたと言う事は無いだろうが、やっぱり怖い物は怖い。
店内は快適空間だと言うのに変な汗が流れそうだ、話題を切り替えないと。

「あ、あと葵さんの事結構喋ってくれます。」

「ボクの事?」

「はい、師匠葵さんの事結構心配しているみたいで。葵さんの話を聞いてきたとか、仕事で一緒だったとかそんな具体性のない話でプライベートに突っ込んだ事は言わないんですけど、なんとなく声色でわかると言うか。他の人の事はあまり喋らないから。」

「ふぅん、そうなんだ。」

「失礼します」の声で一足先に3つのアイスコーヒーが運ばれてきた。ミルクとガムシロップ付き。店員が再び奥へ戻る。
葵さんは一口だけストローで吸い上げると、「やっぱりまだ色々入っていた方が好きかな?」と独り言のように呟いて、ミルクとシロップを全部入れて混ぜだした。思ったより子供舌なのかもしれない。

私も全部入れて混ぜた。十代の私達にはまだまだ毒に近い苦いだけの飲み物。いい香りはするけれどこれの良さを知るのにあと何年かかるだろう。師匠は毎朝この苦い物を何も入れずに飲んでいる、目が覚めるからだそうだ。凄い、大人だ。

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