暇を持て余した電波ジャック
思春期の胃袋とヤケ食いで膨れ上がった会計をおっさん名義でまとめて済ませ、庵でドロシーさんと合流した私達は再びカルデア調査隊のキャンプにやって来た。

「…このARMは本当にカルデアの民の仕業なのでしょうか?このようなカルデアに対する反逆行為に正直ハラが立ちます…」

言葉通り腹を立てている見張りの愚痴に耳を傾けながら数時間前に確認したばかりの『アースジャグラー』を見上げていると、強力な魔力の波長が空気を伝って私達の肌へとまとわりつく。

状況確認にメンバー総出で声と魔力を頼りに次第に騒がしくなる現場を探し出すと、人だかりが固唾を飲んで魔法陣のような幾何学模様をぐるりと取り囲んでいた。

「向こうの島と連絡がついたんだよ!」

一体何事だと騒いでいると、到着した際にドロシーさんと会話を交わした調査隊の魔女が、私達を見つけるなり丸められた、おそらく地図を抱えて嬉しそうに寄って来る。
ギンタ君が真っ先に島についての疑問を投げると調査隊の魔女は地図を広げ、魔法で宙に浮かべるとカルデアの地理について語り出した。

「そうだよ、カルデアは3つの島からなるの。」


63


内容はこうだ。
私達が今いるのは、3つある島の内1番大きい『カルデア』本土。そして海を挟み東にある島が『アウント』。
『アースジャグラー』発見の為、島に遠征していた調査隊からたった今連絡が到着。
同時に、空間と空間を繋げるガーディアンARM『ワームホール』でアウントからこちらへ繋ぐ実験を行っている最中だと言う。
好きな場所に好き勝手移動できるアンダータが普及したため、特定の場所のみ移動が可能なそのARMは最近では使われずに埃を被っていたとか。

「今となってはありがてぇってことだな。」

状況説明が落ち着きおっさんが話を締めくくる。
すると絶好のタイミングで魔法陣で縁取られた紫色の石…『ワームホール』が輝き出し、光の中から調査隊の1人と思われる魔法使いが辺りを確認しながら現れた。

「…と…うん、大丈夫そうだな…あ、ドロシー様!」

「アウントの様子は?」

「は、はい!調査隊は現在、アウントの南西の『クレイドンの森』近くにいます。アウントの街付近に、魔力の込められた『砂嵐』が発生しています。街、およびカルデア神殿には近づけません。」

「砂嵐…」

気難しそうなドロシーさんの呟きを返事と受け取り、一息着くと、調査隊の魔法使いはアウントにもカルデアと同じ魔物の発生が確認されたと言う報告を続けた。
成程、アウントにも『アースジャグラー』があるって事ですね、話が早くて助かります。

「よし!それなら、早速行ってみようぜ!ウィートとかって奴の仲間を捕まえられるかもしれないぞ!」

「そっすね!森なら、オイラの出番っすよ!」

意見が速攻纏まり、私達はアウントの『クレイドンの森』に向かう事になった。
ジャック君、頼りにしてますよ。

「なんにせよ、みんなご苦労さま!あとは、私達に任せておいて!」

労いの言葉をかけるドロシーさんの後に続き、背後でジャック君とバッボのサル絡みのやり取りを聞きながらワームホールへと足を踏み入れた。





身体がバラバラになるなんて事故もなく『ワームホール』での移動を成功させた私達は、アンダータで移動する時同様、新しい土地の風を肌で受けた。砂嵐の多い土地と言う前情報がある為、うっすらと土埃にまみれた気分になる。

調査隊以外の怪しい人間が森の中で目撃されていると言う非常に簡潔でわかりやすい情報をアウントの調査隊員から手に入れ、さっそくキャンプを後にした。

「よし!じゃ、行ってみるっスよ!コケツに入らずんば、えーっと…」

「…やむを得ず!って奴だ!」

「そうそう!虎穴に入らずんば、やむをえず!」

魔物を潰しながらギンタ君とジャック君が間違ったことわざで盛り上がっている隣で、スノウ姫が「それ、何か違うよ…」と呆れながら氷の剣を魔物に叩きつけた。接触した箇所から伝染するよう敵が凍る。

普段通りのやり取りの中、次第に小さくなるキャンプをたまに確認しながら進んでいると、傾く影で日暮れが近い事に気が付いた。
夜を迎える前に森の調査を終える事が出来るだろうか。そして、いつもなら長引いても日暮れ前には勝敗の着いたウォーゲームはどうなったのだろう。

そんな事を考えていると、おっさんが顔をしかめて唐突に歩みを止めた。
すぐ後を付いていたスノウ姫が背中にぶつかり、「わっ、どうしたのアラン?」と様子を尋ねながら打った顔を抑えている。
スノウ姫に目もくれず黙ったまま怪訝な顔で立ち尽すおっさんのらしくない行動に、アルヴィス君が眉をひそめた。

「…アランさん?」

「通信が入った…」

ノイズを発するだけのアクセサリーと化していた通信用ピアスがここに来て復旧する。
待望の状況変化に全員の視線がおっさんに集まった。
アウントはカルデア本土程、支配が及んでいない為通信する余地が生まれたとかそんな感じでしょうか。

「…驚くなよ」

ガイラさん以外に思い当たる相手がいないと言うのに、おっさんの表情は何処か強張っていた。
外されたピアスを取り囲み、嫌な予感を各々抱きながら通信相手の返事を待つ。
通信ARMから聞こえて来た声は、おっさんの前振りが期待通りである事を示す物で、けれどそんな期待は裏切られた方が平和だったと言わんばかりの物。

「やぁギンタ…きこえるかい??」

ノイズ混じりでもはっきりわかる、No.1ナイトの薄気味悪い声。アルヴィス君が例のタトゥーで走る鋭痛を堪える。辺り一帯の空気が張り詰めるのが嫌でもわかった。

…何で?
え、いや、何で???
不本意ながらウォーゲームすっぽかしたのは事実ですが、連絡の取り方おかしくないですか…?

「…てめぇ!!ファントムか!!」

「ははは、そう息を荒立てないでよ!!所でそっちは、随分楽しそうな事になっているようだね?」

神経を逆撫でするファントムの台詞に一瞬で湯沸かし状態になったギンタ君の怒声が真っ先に交わされる。
傍らで今の内にと声を押し殺してアルヴィス君の名前を呼ぶと、通信ARMの謎について尋ねた。苦痛と戦っている所すみません。

「……アルヴィス君、あのピアスって誰とでも通信可能なんですか???」

「……本来ならクロスガード同士のみ可能な筈だが…」

ですよねえ?
この世界の通信機器と言うかARMについてはまるで知識がありませんが、組織で連絡を取り合う為だけの物だと解釈していたので第三者が首を突っ込んで来た事実に驚きを隠せないのですが。
え?何ですかピアスの向こうでふざけた笑いを披露してるあの暇人、どんな方法を使ったのか知りませんが電波ジャックかまして来たんですか…?

「…まさか!!今回の事もてめぇの仕業か!!?」

「それはどうか分からないけれど…ねぇ?ペタ?」

何気なく発せられた2文字の名前に、こう言う時は落ち着いているナナシさんから殺気にまみれた魔力が微かに溢れる。チームを引っ掻き回すのはご遠慮下さい、天災か何かですか?あの側近の反応が一切無いのが救いでした。

「ミツキ、カルデア旅行は楽しそうでいいね。でも体調管理には気をつけなきゃ。」

あの、唐突に話振るのやめて貰えませんか???
確かに内心観光を楽しんでいましたよ???でもあなたのせいで全部ぶち壊しなんですが???
大体人が体調崩した事何で知ってるんですか?ずっと盗聴していたって事ですか?おっさんのピアス越しに?えぇ…

「…随分とタチの悪いイタ電ですね?チェスの兵隊は諜報活動なんて行わなくても勝てるといつだかそっちの残念ナイトが答えていたのですが。まさか崇拝先の司令塔自らが行うなんてとんだサプライズですね。」

「キミが考えている事を答えてあげる。6thバトルに姿を見せないキミ達の情報を探っていたら、ドロシーを除くメンバーが揃って何処かへ移動したと言う話を耳にした。直ぐにカルデアの事だとわかったよ、だからボクはとある方法で接触を試みた。発信には大分時間がかかってしまったけどね、楽しませて貰ったよ。」

とある方法とか言っていますが、クイーンの正体を知った以上、彼女が何か知識を持ち合わせていた事は容易に想像出来ます。

「……ああ、あとイタ電とか向こうの言葉は使わないようにした方がいいよ。」

「ふざけるな!!オレ達をここに閉じ込めておいて、ウォーゲームに参加させねぇつもりだろ!!」

ここまで黙って話を聞いていたおっさんが怒気を含んだ声色で口を挟む。あんな口調で話を進めた挙げ句、罠に嵌められた可能性と、盗聴された事実を知ったらそりゃ気分が悪いのも当然です。

「本当に知らないんだけれどな……よし、じゃあこうしたら信じてくれるかな。」

「…どうするってんだ!!」

「『ウォーゲーム』を、一時中止にする」

「…なんだ…と!?」

痛みを堪え黙っていたアルヴィス君が苦しそうに、至極まっとうに掠れ声を上げた。

「君達が戻ってくるまで、待っててあげる。どうだい?これでボクが無関係だって信じてもらえるだろう。」

「願ったり叶ったりですが自作自演では無いと言う証拠は?あなた得意ですからね?」

「ははは!そう噛みつかないでくれよ…随分と根に持っているんだねミツキ?嬉しいよ。」

何時もの癖で応答した事に激しく後悔しました。
何が「嬉しいよ」ですか。何が嬉しいんですか?鳥肌がすっごい。

「そうだ!今回もっと楽しんで貰うために面白いイベントを思いついたよ」

「…イベント?」

「ボクも、カルデアに行こうと思っているんだ…お忍びでね!」

やめて下さい。そんなマイナスサプライズは遠慮しておきます。今ここに来たら例外無くあなたも戻れないんですよ理解していますよね?側にいるペタも真顔のまま困惑して「またファントムの発作が始まった…」とか対策考え始めてますよ。

「ヒントは…高いところ…そう、すっごく高いところ。周りは…う〜〜ん何もないねぇ…海が見えるだけだ」

何一人で盛り上がっているんですか。
先程の口調だとまだレスターヴァから出ていませんよねあの喋る死体?エア観光おっぱじめてるって事ですよね…?
頼みますからカルデアの人達にも大迷惑ですしそのまま不要不急の外出は控えてレスターヴァの中でじっとしていて下さい。

「ふざけるな!今ここに来い!!そして勝負しろ!!」

召喚の儀式やめて下さいギンタ君。落ち着いて、スノウ姫に氷貰って冷静になって下さい。襲撃事件から5日も経っていませんし絶対勝てませんよ?

「ははは、ダメだよ!御馳走は最後にとって置く物だよ!ギンタ、楽しみに見させてもらうよ…。あの『ゴッチ』っていうARMとの対決……じゃあね…」

頭痛を悪化させる話を一方的に押し付けると通信特有のノイズが途絶えた。
ギンタ君が何度か呼びかけ、応答が無いとわかるや「ふざけやがって!」と怒鳴り散らす。
まともだった時ありましたっけ?

「今回の件、やっぱり『チェスの兵隊』が関係しているんじゃ?」

「何とも言えないわねぇ…」

「今回の事、チェスの兵隊のメリットになるようなことって…無い気がするけど…」

通信が切れた事で黙っていたジャック君を始め、ドロシーさん、スノウ姫が議論を交わす。
あくまでウォーゲームと言う手段で私達が敗北するさまを全世界に見せしめるのが1つの目的でしょうからね。と、スノウ姫の意見に賛同するよう口を挟んだ。

「ま、これで『ウォーゲームに出られなくて失格』なんてことには、ならんですんだって事やな」

「…それはそうかもしれないが…」

痛みの収まったアルヴィス君が不穏な事を言い出す。
辛気臭い雰囲気に不釣り合いな風が草木を揺らしている。
鬱陶しいほど湧いていたと言うのに、通信中魔物は一切接触して来ませんでした。奴らもこんな所は御免だと考えていたのでしょうか?
ファントムって魔物よけパウダーの効果もあるんですね。

「ああ!もういい!とっとと片付けるこった!!」

「うむ…そうじゃな。待つ、といっても限度があるじゃろうしな」

痺れを切らしたおっさんが声を荒げ、バッボがそれに同意した。
まあウォーゲーム問題も不本意ながら解決したのでカルデアの異常事態に集中出来ますしね。
暇を持て余して遊びに行くとか抜かしてる怖い屍が本気でこっちに来る前にさっさと進んでちゃっちゃと片付けちゃいましょう。
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