オカマとマジョ
「いった〜〜〜〜い…」

宙を舞う割れる氷塊、『アイスアンドウォーター』が壁の鉱石を破壊したり、その散乱した鉱石を電気が伝って私達まで感電しかけたり…
色々ありましたが、水と氷のARMを得意とするガーニッシュはナナシさんとの死闘の末、『エレクトリック・アイ』が直撃し程ほどに焦げた状態でついに膝を地に着ける。誰がどう見ても勝敗が明らかなその姿に追い打ちを掛けるようドロシーさんは彼女に近付くと、ゼピュロスを片手に空を切ってそのままガーニッシュの腰に打ち付けた。相変わらず乾いたいい音が洞窟内で反響する。

「なにが『いった〜〜い』だこのヘンタイ!!」

「あた!!し、失礼ね!!だれがヘンタイなのよ!こんなナイスバディを捕まえて!!」

見下ろすドロシーさんに負けじとガンを飛ばし返すガーニッシュは腰を摩りながらその場からよろよろと立ち上がった。ドロシーさんに掴みかかって第二ラウンドでも始まりそうな険悪さに押され、先ほどまで真面目にケジメ戦を行っていたナナシさんが「ふ、二人とも落ち着いてぇな…」と間を取り持とうとしていました。慣れているんでしょうね…
けれどもおっかねえ魔女二人の交差する視線の端に彼の姿はおそらく映っていません。

「なにが、ナイスバディよ!あんたガルネッソでしょ!」

「げ!!!」

先程聞いた知らない名前が再びドロシーさんの口から出ると、お上品とは言えないお約束な叫び声を上げて「バレてるのか…」とでも言いたげな表情でガーニッシュは硬直。化粧が剥がれ落ちそうな程の冷や汗がダラダラと顔面を伝い服に吸い込まれていく。
汗1つかかずに涼しい顔で変な悲鳴を上げながらナナシさんと戦闘をしていた彼女は何処に行ったのでしょう。
思い返せば行動の大半が奇行だった気がしますしこの人ひょっとして只の面白い人なのでは…

「ドロシー、ガルネッソってだれだ!?」

ギンタ君の尋ねる声に、一瞬緊張の糸が緩んだドロシーさんとナナシさんの隙を付いてガーニッシュはそそくさと向こう岸へ通じる狭い通路へと後ずさった。

「やっば!じゃあドロシー、まったね〜〜!」

「わ!こ、こいつ!!待ちなさいコラ!!!」

「ネイチャーARM『アイススパイク』!」

狭い通路に生まれた無数の氷の刺が、私達の行く手を阻もうと伸びてゆく。
氷越しに、ウインクを決めながらいらない投げキッスを飛ばす魔女の姿が一瞬見えた。
氷柱を破壊する為ドロシーさんが箒を構え直す。

「ゼピュロ…」

「少し下がってろ、こっちのが早え。」

いつの間にか前に出ていたおっさんがドロシーさんの動きを止め、スノウ姫救出の際に使ったであろう炎のARMを懐から取り出し発動すると氷は瞬く間に音を立てて蒸発した。距離のある私達にも熱気が降りかかる。
開けた視界の先にはもうガーニッシュ…ガルネッソ?の姿は何処にも無く、案の定彼女の逃走を止める事も出来ず私達はまんまと逃げられたのでした。


62


「なぁドロシーちゃん、そ、その、ガルネッソって、だれ?」

「え?ああ、ガルネッソ、ね。」

全員が狭い通路を渡り切る頃、悪態を付くドロシーさん相手にナナシさんが恐る恐る尋ねる。いい加減明かしたい正体をいよいよ知る時が来た。

「むかーしから知ってる、いやーな男よ!」

全員の足音がピタリと止まり、イズネの鈴の音だけを微かに残し静まり返る。
あまり間を空けずに揺れる鎖をジャラ…と鳴らし、震えるバッボが声を上げた。

「お、男???」

「そうそう!そうよ!!オカマよ、オ・カ・マ!!」

衝撃の事実です。15年と少しの間を経て、ついに本物のオカマに出会ってしまいました。驚きのあまり全員がギャグ顔を晒しています。
そうですか、オカマだったんですか…そうですか…

「出口こっちだから。番人に話も付けたいし先に言ってるわ。」

そう言うと苛立ちを隠さず、足早にドロシーさんは外に出て行ってしまった。
過去に何があったのか知りませんが態度からよっぽど嫌いな相手だったのが目に見えてわかります。当のガルネッソはやけに親し気だった辺りドロシーさんに一方的な友情を感じていそうだったのが何ですが…

「オ・カ・マ!!」

カメラ映りを意識したポーズで微動だにしなかったナナシさんが事態を受け入れ、ついにその場に倒れ込みました。ロコちゃん戦の時のようにもうばったりと。
きっと硬直の最中、『ガルネッソとの美しく無い思い出』がフラッシュバックして脳を駆け巡っていたのでしょう。ある意味脳姦と表現しても良い物じゃ無いでしょうか?実物はモザイク案件なR18G的なアレですが。

「てめぇたしか、あの野郎とチュッチュやってなかったか??おえ!きもちわり〜〜〜!〜〜〜!うわーーよるな!よるな!」

とてもクロスガードのトップとは思えない小学生レベルの幼稚な台詞を吐き捨てて、おっさんはドロシーさんに続いて外に姿を消した。さっきの頼りになる年長者の貫禄は一体何処に行ってしまったのでしょう。ナナシさんの情けない「おっさん、そんな殺生な!!」と言う叫びが虚しく背を追いかけていました。

まとめ役の年長者がさっさと逃げ出したせいで再び静まり返る洞窟内。気不味い空気をどうにかせんと、ギンタ君とジャック君が口を開いた。

「ナ…ナナシ!!元気だせよ!!」

「そ、そっスよ!!人間、生きていると色々あるっス!」

溢れんばかりの同情の色を顔に浮かばせる男子二人の慰めの声にナナシさんはジャック君にだけは言われたく無いと嗚咽交じりの声で返す。
確かに14歳にしてはマゾ向けのハードなプレイが色々あった気がしますがジャック君を一体何だと思っているのでしょうかこの人は。

「われわれも行くとするか!」

バッボはバッボで『ガルネッソとの美しくない思い出』を無かった事にして先に進む事を決めたようです。まあ1度切りの過ちですし、ある意味向こうが勝手にやった事ですし、傷は浅いでしょうし。
何より人生前向きが大事ですよね。

「ナナシさん!!ファ、ファイトだよ!!」

ギンタ君達3人が気まずそうにこの場を後にすると、どう声掛けをすればいいのか散々悩んだ結果絞り出したであろう言葉をスノウ姫はナナシさんに困惑しながら掛けた。イズネが同意するようウモウモと鳴いている。
彼女も私達同様終始ナナシさんの事を冷ややかな目で眺めていた1人でしたがこんな結末を目の当たりにして追い打ちを掛けるような声を掛けない辺り、ギンタ君達含め14歳組はやはり根っからの良い子なんでしょうね。
イズネを引き連れ先に進むスノウ姫と必死に追いかけるエドワードの姿を目に入れながら、ナナシさんは「何とファイトや」と突っ込みを入れていました。
そんな深く考える物じゃ無いと思いますが…

「……あ、アルちゃん!」

何も言わずにこの場を立ち去ろうとするアルヴィス君は、ナナシさんに助けを求めるように呼び止められると同情の色も何も見せずに無言で振り返る。相変わらずクールですね。慰めが期待出来ない相手を何故呼び止めたのでしょうか。

「アルちゃんなら、わかってくれるよなぁ!?」

「オレなら、と言うのはどういう意味だ!!」

どうもナナシさんにもアルヴィス君は線の細い男に言い寄られているイメージがあるみたいです。変な男と言うか危ねえ雰囲気と言うか。
どう考えても地雷原に発動したサウザンドニードルはベルちゃんにまで飛び火し「最低」の称号となって爆発。わかり切った結果でした。

「ミツキちゃん…?」

で、残った私はと言うと先程から頭を悩ませています。
最後に残ってしまった以上、声を掛けるなら他の方達と内容が被らないようにするべきだと考えているのですが。

「困った事に何を言えばいいのか思いつきません…」

「いや、普通に慰めてくれへん…?」

「…そうだ!1度目はとっくの昔に終わらせてる可能性がありますし今更傷つく必要なんて無いかもしれませんよ?」

「え!?いや、何が???」

あれは確かいつだかの宴の夜でした。
酔った勢いでスタンリー相手にナナシさんがうざ絡みしているのを目にした事があります。一瞬女性と勘違いされてもおかしく無い振る舞いを普段から取っているスタンリーですが、あれはいくらなんでもあんまりです。あの様子じゃ上限定で知らない間に男と関係を持った事だってあるかもしれません。酒と事故は切っても切り離せない関係なんです。

それに傷心状態の時は1人、そっとしておくのが良いと聞きます。
きっと他の人達もそう考えたに違いありません、私もこの場を去りましょう。
決して面倒になったとかじゃありません。魔物もいませんしナナシさん本体は再起不能レベルで死にかけている訳でも無いですしドロシーさんが上の人と話を付けて尚戻って来ない時には普通に皆で迎えに戻るでしょう。よし。

「それじゃあ勝手に納得したので先行きます。」

「いやいや自己完結せずに自分にも説明してーな????」

普段の彼なら直ぐにでも察せるであろう内容ですが、混乱している現状まともに思考回路が働かないのも仕方ありません。ですが落ち着いた辺りで察して突っ込みを入れてくれるでしょう。
困惑するナナシさんを置き去りに足を進め、上へと続く階段に足を掛けた時、

「自分なんか悪いことしたーーー!?」

可哀想な盗賊の声が、カルデア中に聞こえるくらい悲し気にこだましていました。





その薄暗い建物は、『アースジャグラー』で何かを企むカルデアの魔法使い達の巣窟だった。
入り口から伸びる通路の左右には長椅子が等間隔に並び連なり、突き当りには手入れの行き届いたパイプオルガンが置かれ神聖で特別な物と言わんばかりの空気を放っている。

「ああ…まいった!!ひどい目にあったわ!!ああシンドイ!!」

逃げ帰ったガーニッシュを出迎えたのは、前方の長椅子に足を投げ出し暇そうに座るウィートとゴッチ、そしてパイプオルガンの前で佇んでいる金髪の女だった。
女が帰還したガーニッシュを視界に入れるなり愉快そうに呟く。

「まったく、いいざまねぇ」

「はぁぁ…だって!!あいつらメチャ強よぉ〜〜」

「まぁ…たしかに弱くは無いと思うけれどねぇ…」

何処から監視をしていたのか、品定めをするようにバッボを持つ異界の少年達の評価を下す。ガーニッシュの失態に嘲笑しながら赤毛の少女が口を挟んだ。

「あれだけARMを選び放題であのザマかよ!!」

「うっさいわね!!このチビ!!」

「な!!…チビだとぅ!?この××××ヤロウ!!!!」

「んっま!!××××!!ですって!!!
!!!き〜〜〜〜〜!!」

「や め な い か!!二人とも!!!」

加速する下品な口論に嫌気の差した女の𠮟責が飛ぶ。
この女が一番の実力者である事を知っている二人は渋々中断。いつもの事だった。

「ちぇ!!!それより、どーする??この派手なねーちゃんが弱いおかげで、予定が狂っちまったぜ!!」

「ガーニッシュ、次の奴らの動向は??」

「う〜〜〜ん…多分アウントに向かうんじゃあないかしらぁ?『クレイドンの森』にクサビARMが刺さっていたでしょ??調査隊がもう見付けているみたいだから…」

「そう…じゃあ、シュバイツァに連絡しないといけないね…それまで少し時間が必要だ…ウィート、行ってくれるか?」

時間稼ぎを命じられたウィートは目を輝かせると、長椅子から立ち上がった。

「おう!!ゴッチ、行くぜ!!!!ゴハンだ、ゴハン!!」

「了解しました、ウィート…食事とはありがたい…しばらくまともなものを口にしていませんからな優雅に頂くとしましょう!」

「へへへ!たっぷり食って、バッボを今度こそぶっ壊すぜ!!」





傷心状態のナナシさんを引きずりマティア鉱山を後にした私達はイフィーさんと話のあるドロシーさんと一旦別れ、カルデアの街で遅い昼食を取っていた。

ナナシさんはヤケ食いをしながらナンパをしていますしギンタ君は案の定騒ぎジャック君はカルデアの作物に興奮。
騒がしい店内に頭を抱えるアルヴィス君におっさんが「気にすんな」と声をかけています。普通に気にして下さい。
ドロシーさんの紹介とは言えこんな私達を嫌な顔せず受け入れてくれる店の人に頭が上がらないまま、せめて金だけでも多めに払う為魔法の呼び鈴を鳴らして追加でメニューを頼む。

ところですっかり午後になり、とっくの昔に開始時刻を過ぎた6thバトルはどうなったのでしょうか。ガイラさんだけが胃を痛めポズンと交渉をしているかもしれない状況に申し訳無い気持ちになりながら、SNS映えしそうな綺麗で美味しい食事を感想と共に腹の中に収めた。
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