価値観それぞれ
修行日数を越えたので、強制的に修練の門から外に追い出されます。60日振りのレギンレイヴ城は夕日で赤く染まっていて、あれだけの時間を過ごしたと言うのに、こちらではたった1日しか過ぎていないのだと思うと微妙な気持ちになります。体感時間がおかしくなりそうです。チームメルと久々に顔を合わせ、最初に言葉を発したのはギンタ君でした。
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「ただいまっ!!」
「シャドーマン60日はキツかったっス……死ぬかと思った。」
「皆さんお久しぶりです。それとジャック君に同意です、私の影、容赦なく急所を狙って殺しにかかって来るので対処するのが色々と難儀でした。わかりやすくもあったのですが。」
「影も本人に似るモンやなあ…」
「それならナナシさんの影は女に弱いのでしょうね。」
出てきて早々突っ込みを入れられたので突っ込み返しをします。ナナシさんは「カワイコちゃんいなくて良かったわー…」と、本気で安堵していました。
今回はガイラさんの修練の門だったのでおっさんの趣味丸出しのメイドさんいませんでしたしね。
私とドロシーさんとジャック君の時は熊耳メイドのブモルさん(推定40前後?)でしたが、ギンタ君とスノウ姫の時は猫耳巨乳メイドのメリロさん(推定20?)だったらしいですし、彼女が存在したら修行にならなかったかもしれません。
ちなみにメリロさんの情報はイアンとギドの帰還後、ギンタ君とジャック君がお互いの修行内容を暴露している時に耳にしました。
「キャーっ!!ギンタン久しぶりーっ!!」
「ぬ!!自分にもだっこしてくれドロシーちゃん!!」
「アホは変わってないみたいだなナナシ。」
ギンタ君がドロシーさんに抱きつかれバッボが文句を言いナナシさんがそれを羨ましがりジャック君が嫉妬の炎を燃やし私がたまに突っ込みを入れおっさんが傍観。
久々にお決まりのやり取りが目の前で繰り広げられます。変わった事はアルヴィス君の冷静な突っ込みとベルちゃんの呆れる声が加わり、傍観者にガイラさんが増え、スノウ姫が後から修練の門に入ったのでいない事くらい。
3rdバトルの後なので一部の方に微妙に距離を置かれると思っていましたが修練の門のおかげでそれも時間が解決してくれたようです。
たかがそれだけの事なのに何故自分は胸を下ろし安堵をしているのでしょうか。
こんな事、本当はどうだっていい筈なのに。
⇔「なあ、ミツキ。ちょっといいか?」
夜の事です、体感で60日ぶりのまともな食事を終え、スノウ姫の為の修練の門を発動しているおっさんとそれに付き合っているガイラさんと話をする為、外に向かおうとすると微妙に深刻な顔をしたギンタ君に声をかけられました。バッボも珍しくいません。
「かまいませんよ。場所、移しましょうか?」
ギンタ君は無言で了承しました。
⇔なんとなく、彼が何を言いたいのかは予想がついていたのでさっさと終わらせようと前にアルヴィス君と会話をした1階のバルコニーまで足を進めました。
到着早々壁にもたれ腕を組み、何を言われても構わないように準備を整えます。さあどうぞ、とバルコニーに手をかけ地面を見据えるギンタ君を促し本題に入りました。
「……俺さ、修練の門で必死に考えたんだ。チェスがこの世界に対してやっている事、オヤジが死んでいる事を考えると、あいつらの事許せねえし、全滅させてやろうって思ってた。」
「私はギンタ君の考える『全滅』の意味が理解出来ません。私の中では全滅=チェスの兵隊に属する者全員の死、もしくはそれに準ずる物、なので。
キツい事言いますがあなたは最初から人を殺すつもりなんて毛頭無いでしょう?イアンの時はあちらに有利すぎる条件を飲んで相手を逃がした。ギロムの時はヴェストリやルベリアの惨状を見て激怒していたにも関わらず殺すつもりでガーゴイルを発動した訳では無かった、それを考えるとガロンの時だってパノに止められなくても殺そうとだなんて思っていなかった筈。」
カノッチの時は言わずもがな、ですね。
なんか説教じみた事を言ってしまいましたのでフォローをしますが、正直殺意なんて簡単に生まれます。そんな溢れでた殺意を抑えることは人にとって非常に困難な事で、それを簡単にやってのけるギンタ君は根が優しいのでしょう、戦争に向かないタイプです。
フォローと言いましたが、これはある意味キャプテンであり、そして今のギンタ君に追い討ちをかけるような物なのであえて言葉には出しません。
「……ミツキが今言った通り、全滅って普通そう言う意味で使う物だと思う。…『トム』が死んだ次の日のバトルだって、チェスの兵隊相手に殺意が湧いていた筈なのに、結局は只の喧嘩扱いで挑んでいた。」
オレは口だけの人間なのかもしれねぇ、とギンタ君が俯いたまま小声で溢す。
少しして、顔を上げギンタ君が次の言葉を発した。
「でもさミツキ、ロドキンファミリーやカノッチの事思い出すと、チェスだからって全員が全員本当に悪い奴じゃ無いってオレ思うんだ。」
まあ、脅されて〜とか、仕方無く〜とか、殺しは嫌だけど考え方にひかれて〜など事情は様々でしょうね。ギロムみたいなのがいるのも確かですが。けれど、チェスにだって多種多様な思考が混ざり合っている事なんて、とっくの昔に既に意識しているんです。
「だからって訳じゃ無いしこれは甘い考えだと思うけどさ、たとえ相手がチェスでもやっぱり人を殺す事はやっちゃいけない事なんだよ、ミツキ。」
「それが正当防衛でも…ですか?」
「ミツキはそう言うけどさ、3rdバトルのあれや…ヘーゼルが言っていた事が本当なら、予選の事はやり過ぎだと俺は思う。」
「おっさんやドロシーさんだって人殺しはしていますよ?だなんて他人を盾に反論する意地の悪い疑問を返したらあなたはどう返答します?」
「おっさんやドロシーが人を殺すのもショックだけどさ、それは生まれた世界の価値観の違いから来るものだってまだ納得出来るんだ。ジャックやスノウだってミツキがあいつを殺した時、すげーショック受けてたけど、それは戦争だからって無理にでも納得して受け入れてた。ジャックもオレと同じで戦争で父ちゃん亡くしているから、スノウは一度人が死ぬのを見ているからってのもあるんだろうけど。」
「価値観…ですか」
「でも…ミツキは俺と同じ世界から来たんだろ?確かにミツキの事は冷たい奴とか言ったりはした、けど普段はバカやってる俺達に付き合ってくれたり、たまに訳わかんねぇ事言ったり、危ない時や倒れた時は手を貸してくれたり、本質は他の奴と大して変わらない普通のいい奴なんだなって思ってる。今でもそう思いたい。
それだからあんな当たり前のように人を殺した事がショックで…俺だってカノッチを殺したから人の事言える立場じゃ無いけど…」
「あれは事故のようなものです。第一おっさんも言っていましたがカノッチだって他の方法も存在したのにあえてあの行動を取りました。最悪の事態が起こっても構わない、と覚悟した結果の行動でしょう。」
「オッサン達は気にするなって言うけどさ、それでも修練の門に入って数日、すっげー引きずった。泣いたし、眠れなかった。眠れた時は3rdバトルで俺がボディキャンドルを受けてからカノッチが死ぬまでを何度も夢に見た。死ぬってわかっているのに俺は何度もアリスを発動するんだ…自分が死ぬのが怖いから、カノッチの結末をわかっていながら何度もアリスを発動している。
そのせいで眠るのすら苦痛になった、食べ物もろくに喉を通らなかった。」
バッボがいなかったら死んでいたかもしれなかった。
と、ギンタ君は付け加え、会話の中で初めて…いや、3rdバトル以来初めてまともに顔を合わせる。
「…ミツキだって、そうだよな?あんな何とも思ってません、だなんて表情してたけど、本当は罪悪感で押し潰されそうに…なったよな?そうだよな?」
「……罪悪感で押し潰されそう…ですか。」
それがあったら、どれだけよかったか。
ギンタ君の言葉に、過去の忘れてしまいたい嫌な記憶だけが頼んでもいないのに勝手にフラッシュバックする。
……お互い顔を合わせてどれくらい経ったでしょうか?1時間以上経ったかもしれませんし、5分も経っていないかもしれません。こうして私の二番目に嫌いだった「視線合わせ」をしていられるのも私がギンタ君の事を少しは特別な存在だと認識しているからなのかもしれませんね。
沈黙に負けたからではありませんが、先に口を開いたのは私でした。
「…ギンタ君知っていますか?人が遡れる記憶の限界は、人によって前後はするでしょうが大体4歳までだそうです。」
今までの流れから唐突に路線の外れた会話に、ギンタ君は頭に疑問符を浮かべる。
「『オレ、ミツキが何を言いたいのかわからねぇ』って顔してますね。」
「………だってほんとにわかんねぇし。」
予想通りのギンタ君の言葉に、はあ、とため息をつきます。
呆れの物では無く、これからの話に進むための深呼吸のようなものです。そう、嫌な話の。
「…そうですね、まずは私が生まれた話からしましょうか。」
「ミツキの?なんで?」
「『私がこうなった理由』、と言う名の言い訳ですね。」
こうでもしないとギンタ君は納得してくれそうにも無いでしょうし。
聞きますか?と続け、私は何も言わないギンタ君の反応を待った。