彼は成仏したようです
幽霊船の上に見える人影は、勿論私達を見下ろしていました。その人影を見上げて一目見た感想は、「なんともまあ個性的な髪型をなさっていますね」。あと目が恐ろしい。
この間のイアンのとは異なったピアスを付けています。ナイトの駒は馬を型どった物でしょうし、ルークは一度見てますしこの間のポーン兵よりも魔力が高いのでポーンと言うことも無いでしょう、クイーンやキングがこんな所にいたらお笑いですから消去法で多分ビショップ級の方でしょうね。


11


「なんでえ二人かァ?しかもガキに女じゃん。なんだてめー等は?」

A ギンタ君とミツキとバッボとトムさんです(トムさんは姿隠してますが)。覚えなくていいですよ。

「オレはチェスの兵隊のギロムだ!ブッ殺される覚悟はキメてんだろうな?」

「二人ではないわ!!よく見ろ、無礼者!!ワシだっておるぞ!!!」

「バッボ…そうかてめえが…!ペタの言ってた人間…ファントムのARMを使っている人間か!
百年早えんだよ、クソガキャーっ!!!
てめえみてえなカスが使いこなすにはよマヌケーっ!!!」

たったこれだけの会話で随分とご乱心のギロム氏。最近の若者はキレやすいとは聞きますがここまでとは、おぉ、怖い怖い。
あと実は全部で4人いるんですよ人の気配を正確に読む事の出来ないギロムさん。

「こっちまで来いよ、てめえ。女は後回しだ。ファントムにいいみやげができそうだぜ!」

どうしてタイマン前提で話を進めているのでしょう?随分と都合のいい頭を持っているようですねこの人。私達の目的はチェスの兵隊討伐なんですから普通に考えて2対1ですよ、当然リンチです。

それともこの人、でかい口とは裏腹に「ヤベー一般人相手に暴れていたら強そうな奴来ちまった」とか考えて内心恐怖でガクブルなんでしょうか?私達には知ったこっちゃありませんけど。

「ギロムとかいったな。ヴェストリを壊したのお前か?」

「壊したのはもっぱらオルコって奴だ。オレは殺し専門。特に女を狙って殺したぜ!ホントはもう少し殺したかったんだけどよ、地底湖にあるARMを探しにきた。だけどこの船の中にもそれらしいモンねーんだよなァ…
てめえどっかでARM拾ったか?てめえは男だし、それをよこすなら半殺しで許してやるぜぇ。」

なら女の自分は全殺しですか、そうかそうかつまりキミはそういう奴ですか。
ギンタ君は魔力を練り始め、戦闘態勢に移行。

「あいつ…ぶっ倒すぞバッボ。ミツキはトムと一緒にいてくれ」

イアン戦でわかっていた事ですがあなたもタイマン脳ですか。まあ勝てる見込みがあるなら構いません。そう言えば修練の門以降のギンタ君の戦闘を見るのは初めてですね、お手並み拝見。

「トムさんの護衛は任せて下さい。ただ危険だと感じましたら勝手に手を出しますからね?」

「了解!」

「気にいらねーっその態度!!このARMでてめーも死刑だ!!」

ギロムが先手を取ってARMを発動させる
戦闘開始です





一歩下がり、トムさんを隣にバトル観戦。周囲の警戒は忘れずに。
ギンタ君はマジックストーンの力でバッボを変形させて戦っています。腕と一体化してるようです。これがロコちゃんの言っていた『変形』なんですね?

対するギロムは『アイスドアース』とか言う氷の礫で相手を攻撃するタイプのネイチャーARMを使っています。
ギンタ君は修練の門でスノウ姫と修行していた為、氷使い相手は慣れてると思うのでまあ大丈夫でしょう。
ギロムの『アイスドアース』を軽快に避けつつ水上に点々と存在する岩場を足場に前進し、ギンタ君はそのまま船に乗り上げギロムと交戦。

乗り上げた船は遥か頭上。完全に二人の世界に入っています。
障害物でイマイチ視界が悪く、お互いの武器がぶつかり合う音や魔力が感知出来る程度にしか状況が把握出来ません。
暇なのでギロムにヤジでも飛ばそうと思いましたが止めました。状況の把握がさっぱり出来ていないであろうトムさんが心配そうに話しかけてきたので。

「ギンタ勝てるかな?」

「魔力は五分五分っぽいのでなんとかなると思いますよ。それにギンタ君、結構しぶといので互角レベルなら体力差で大抵は勝てるでしょう。厳しそうでしたら乱入すればいいだけの話です、あの程度なら二対一で勝てない相手ではないです。」

「そっか、なら大丈夫だね。」

トムさんは心配しているわりには心なしかつまらなさそうでした、はぁ、とかため息が聞こえそうな位です、何なんでしょうねこの人。

「ああそうです。確証を得るために聞きますけどあの人、ビショップ級だと思うんですよね。チェスの兵隊の階級制度知ってたりしませんか?私その辺りまだまだ疎いので。」

「うん、知ってるよ。前の大戦の時はずっと観戦していたから。上から順にキング、クイーン、ナイト、ビショップ、ルーク、ポーンの順番だったかな?」

ルークよりビショップの方が階級は上なんですね、まあギロムはイアンよりも魔力高いので予想はついてましたが。

「ミツキはさ、ボクの事、まだ疑ってる?」

ギンタ君が命懸けで戦っている前で唐突に何を言い出すんでしょうこの人は。あ、暇なのか。
ええ、疑ってますよ、超疑ってます。

「可能性は低いですが実はもう1つ幽霊とは別に疑ってる事があるんです、聞きますか?」

不愉快になると思いますが、とつけ加えるとトムさんは続けろと言わんばかりに笑っていました。なら、口にしてませんがお言葉に甘えて不快にさせてあげましょう

「私は貴方をチェスの兵隊の一員だと疑っている」

ギンタ君が死闘を繰り広げている中、只でさえ洞窟内で涼しい空気が私達の周りだけさらに温度が下がった気がしました。
……「気がしました論」でいい加減洞窟内も氷点下まで下がってそう。

トムさんは動揺しているようには見えません、目から表情が伺えないからかもしれません、感情なんか読めません。
顔を合わせず横目で確認しているだけなので視線合わせ云々のあれは平気です。
間を開けて渇いた笑みを浮かべながら、トムさんが口を開きました。

「…ホント、面白い事ばかり次から次へと言い出すね、キミ。でもボクがチェスの兵隊だったらさ、今はギンタも傍にいないし、いくらでも隙を見つけてキミの事少し前に殺してると思うよ?」

「…そうですね。まあ、これはあくまで幽霊疑惑よりも可能性は低いと見てますから、忘れて下さい。それにもしあなたが本当にチェスの兵隊で、こんな話をしたが為に救援を呼ばれても困りますしね。」

こう、話題を終わらせる方向に会話を誘導すると少ししてトムさんは

「ふふ…そうだね」

とだけ言いました。
善良な人間そのものの表情でした。

今のやり取りで少し引っ掛かるのは、故郷を壊され村人を何人も殺され絶望の崖っぷちにいる筈の善良な村民の"殺す"発言
辛い目にあっているならそんな発言普通は出来ないと思いますけどね

余計な突っ込みを入れて本当に何かあったら嫌なのでもう何も言いませんけど

さて、そうこうしている内にギンタ君の魔力の波長が変わりました
ここからでもわかる程の特大のアイスドアースでギロムがギンタ君を攻撃(多分)
ぶつかる(多分)、そんな直前にそれは出てきました

「バージョンB…出てこい、ガーゴイル!!」





ガーゴイル。恐らくガーディアン、は、特大アイスドアースを一撃で粉々に粉砕しました、終わらせるつもりでアイスドアースに魔力を込めていたギロムは内心穏やかじゃないでしょうね。

そして正直驚きました、ギンタ君がこんな隠し玉を持っているなんて、と。

ただ、ガーディアンを持っていない自分が言うのはどうかと思いますが今のギンタ君がまともに扱える代物では無いように思えます。
MPの最大値が低い低レベルの状態から高度な魔法を使うようなものに思えます。
魔力は精神力に依存しているとドロシーさんに教えて貰ったので高レベルのARMの使いすぎは禁物です、加減を間違えたら精神崩壊してあっさりとあの世行きです。

「仇を取ってやりたい。助けてやりたい。倒したい!!
今は使っていい時だよな。スノウ!」

ガーゴイルに恐怖したギロムは仲間を呼んでいるのか、オルコだとか此方に来いだとか叫んでいました、トムさんにも聞こえるであろうレベルで洞窟内に響いていました、小物臭半端無いです。

結局オルコとやらに通信が取れず援軍も望めない状況に陥った今、やけくそになったギロムはガーゴイルにアイスドアースを打ち込んだのでしょう。時間差でパキパキと氷が砕ける音がしました。あっさり防がれたようです、そんな絶望的な状況から捻り出した言葉が「もう殺しなんてしないから助けてくれ」
面白いなぁ、この流れ。漫画でも読んでる気分です。

「同じ事言ったヴェストリの人達に…お前はどうした?
ぶっ飛んで反省しやがれ!!!」

ガーゴイルの一撃でギロムは船から吹っ飛び、飛び石のように水上を何度か跳ねた後水の底に沈みました。このまま二度と上がってこなきゃいいんですけどね、晴れて亡霊の仲間入りを果たせますよやったー

「わかったわかった!今度はお前達の番な!」

ギロムを倒して一件落着、と思いきや何かギンタ君が一人で喋ってます、魔力の消費のしすぎで幻覚を見ているのか隙をつかれて亡霊に取り憑かれたのか…何それ怖い

あ、なんかこの辺りの亡霊共がざわめき始め救済を求めてます
ギンタ君は霊と会話してたんですね、すごいぞー


「助けて……穴を開けて…私達を外へ……」


「いけ!!ガーゴイル!!」

ガーゴイルが亡霊の要望通り壁に穴を空けようとギロムを吹っ飛ばした時と同じ要領で殴打しました。
しかし、あの壁は相当分厚いようで、只の殴打じゃどうしようも無さそうでした。ガーディアンでも無理ってどれだけ堅いんですかあの壁。

そこでさらに隠し玉の登場です、ガーゴイルの咥えていたリングが辺り一体を光で包み込み、エネルギー凝縮したであろう光線を放出し、見事穴を開けました、外の世界から日の光と海に反射した光が洞窟内に流れ込みます、新年を迎える気分になりますね。ところで今の衝撃で洞窟崩壊したりしませんよね?

「もういいや。バッボ!」

バッボをもとに戻すと同時にその場にギンタ君はへたりこみました、任務完了、お疲れ様です。バッボも心配しています

あれだけの魔力を消費したので文句を付けるバッボをあしらうくらいの元気も無さそうです
そんな時、今までは形を成していなかった亡霊とは別に人の形をした幽霊が現れました、青い髪のキレイな女性の方です


「ありがとう……これでここに閉じ込められていた者達も…海へ……そして天にのぼる事ができます。」


「わほほっいいって事よ!よか……」

ギンタ君はそのまま倒れ気を失いました、そんな様子を見てバッボが声をあげています

ギンタ君が倒れた後、幽霊の女の人は力になるように、とARMを落として、消えてしまいました。そしてずっとここにいたであろう幽霊船が外の光を浴びて、長い月日を経て出港しようとしていました。

「……いやー、いいもの見れましたねトムさ…あれ?」

ガーゴイル発動前はあんなに存在感のあったトムさんはいつのまにか姿を消していました

彼は本当に幽霊で、あの幽霊船のもとへと私達を導いて、それで目的を果たしたので成仏してしまったのでしょうか?

真実が発覚するのは、また別の話





「私がここに来たのはギンタ君を運ぶためだったんですか、そうですか」

「まあまあミツキちゃんそう言わずに」

疲れですっかり動かなくなったギンタ君を背負い、来た道を戻ります、人って力が抜けたとたんに重く感じるんですよね、ところで道筋はこれで合ってますよね?入口にたどり着く程には歩いた気がしますが。

「まあいいんですけどね、何もしてませんから。そう言えば二手に別れた筈のナナドロ組はどこにいるんでしょうね」

「ここにおるで!」

道筋を曲がった先、待ち伏せしていたかのように、ナナシが壁に寄りかかりながら手をこちらにヒラヒラと降っていました。デートの待ち合わせでもしてるんですかあなたは。
どうやら最初に別れたところまで戻ってこれたようです。
ナナシとは反対側の壁にドロシーさんが腰を下ろしていました、こちらを見て嬉しそうに表情を緩め、すぐに私に背負われたギンタ君を見て血相を変え、急いで駆け寄ってきます。

「ギンタン!どうしたのギンタン!」

「ギンタ君は魔力の使いすぎでバテました、ここは辛気臭いですしとりあえず入り口まで戻りましょう」

「ミツキちゃん、交代するで?」

折角なのでここは遠慮ぜずご好意に甘えましょう
断る理由なんてありませんからね





「いや〜ワイの勇姿、ミツキちゃんにも見せたかったわ〜」

「そりゃ格好いいですね。ドロシーさん、どうですか?」

「うーん、ダメね。何も反応しない」

「二人とも、人の話聞いとる?」

入口付近、怪我人で混沌としている村にこのまま入るのもどうかと思い、ギンタ君を下ろし目覚めるのをただ待ちます。その間にチェスを倒したナナシの勇姿とやらを語られたり(相手は多分ギロムの言っていたオルコとやらでしょう)それを聞き流してドロシーさんに幽霊が落としていったARMを調べてもらったり。

「聞いてますよ、相手をこんがり焼いて骨の髄までしゃぶったんですよね」

「んな事するかい!!何が楽しくて男の骨なんぞしゃぶらなあかんのや!!」

「女の子ならやるんですね」

「やらんわっ!」

「ちょっと!、ギンタンが起きちゃうじゃない!」

洞窟でぎゃあぎゃあ騒いでいると、ドロシーさんから抗議の声が。
いや、私達ギンタ君の目覚めを待ってるんですよね?

「起きてもらわないと困るんですが」

「んー、だってギンタン寝顔も可愛いし」

「膝枕しちゃおうかな〜」と、ニヤニヤ顔を緩ませながらギンタ君の頬を突つき一人楽しむドロシーさんを私はただ眺めている事しか出来ませんでした。
まあ、180日振りに出会ってゆっくり会話もせずに出発しましたしね。

「なんやろ、急に眠気が…」

ドロシーさんのベタ甘な態度を見て唐突な眠気に襲われるナナシ。あからさますぎて変な笑いが込み上げてきます。
見なかった事にしてそろそろ戻りたいのでギンタ君早く起きろと適当な念を送ると偶然にも意識が回復したようでした。

「あ、起きた!!!」

「よしゃ!!どうやら君達もチェスの一人倒したみたいやのギンタ!」

切り替え早いですね
"君達"といいますが倒したのはギンタ君単機だったんですけどね。そう言えばこっちの戦況報告は詳細には語ってませんでしたっけ。

目覚めたばかりのギンタ君にドロシーさんが人工呼吸をしようかと迫りますもやんわりと拒否されます。

そんな中一人のバカが頭に手を当て、唐突にいかにも僕具合悪いんですアピール。少しふらつく事も忘れずに。

「やや、急に目まいが……人工呼吸が必要やね。あ、ミツキちゃんでもかまへんで」

「ターコ。」

「一人でやっててください。」

「ここ…どこだ?」

一人ボケをスルーし状況確認をするギンタ君にナナシが入り口のまん中だと答えます。私とナナシが運んだことを付け加えて

「そっかー、ありがとなナナシ、ミツキ…ん?マジックストーンと…カギ?」

「あの幽霊達がおとしていったわい!」

「くれるとかいってました」

「ドロシーっ。このカギ何か、わかるか?」

「ARMと思う…けどわかんない。さっきも少しさわってみたんだけど…能力発動もしないのさ。多分特別な……ありゃ」

ドロシーさんが最後まで言う前に、ギンタ君は再び眠りに落ちた

結局、このままヴェストリに戻りました。そう言えば災いなんてありませんでしたね。強いて言えばあの亡霊達がそうだったのでしょうが。
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