「……ンな事ぁ、言われなくとも知ってる」

 コイツは甘党だが、その口から甘ったるい言葉が出ることはまずあり得ない。少なくとも、万事屋稼業のこの男が女性にそんな科白で言い寄るのを土方は見たこともなければ聞いたこともなかった。
いけ好かない野郎相手なら尚更だと思うし、それは解っている。
 それでも何となく腑に落ちないのは、神社の境内で聞いた

「……沖田君のそういうとこが好きだよ」
「喜んで頂けて光栄でさァ」

そんな遣り取りが、らしくもなく引っ掛かっているから。
 最近見たばかりの光景──おしるこ缶を沖田が奢り、坂田がニコリと笑って告げるその回想は、土方の脳内で嫌と言うほどヘビーローテーションされていた。
 自分はあの日、坂田に会いこそすれ、碌な余裕もなかったから、年が明けてからマトモに面と向かったのは今日が初めてになる。


○ ○ ○ ○


 年明けから一週間も経って、年始の挨拶に新鮮味が少しだけ薄れてきた頃合いのかぶき町を、男は平生通り歩いていた。そして此方を見るや否や、おめでとさん、の挨拶もそこそこに、「昼飯まだなんだよね、一緒に来てくんね?」と来た。他の人間ならいざ知れず、マダオの言うそれは「奢ってくんね?」と同義語であるが、土方は浮足立つ気分を否定出来なかった。
 神社の境内で出くわした時の坂田は、こんな風に笑いかけてはくれなかった。それどころか土方とは一言も言葉を交わさなかったし、沖田が抜け目ない速さでお汁粉缶を渡したのが余程嬉しかったのだろう。土方の方をチラリと見ただけで、沖田に笑いかけていた、ように見えて。

「……沖田君のそういうとこが好きだよ」
「喜んで頂けて光栄でさァ」

 すぐに瞳を伏せたのは正解だった。坂田が、年下の少年にどんな顔をしてそれを言ったのかはあまり知りたくない。
 ──それでも、胸の奥がチリリと焦げ付いた。


○ ○ ○ ○


 そんな出来事があって数日過ぎた今、坂田は何の気まぐれか、緊張したような面持ちで土方の顔を覗き込んでいる。土方が「仕方ねえな」と答えると、それこそ抜け目のない速さで正月の季節感などあまり感じられないファミレスに引っ張り込まれた。

 妙な偶然だが、これでドS嗜好を持つ者に引っ張られるのは二回目だな、と土方は思い至った。
 一度目は沖田が巡回帰りに、神社の参拝をしよう、箸焼きが食いたいみくじが引きたいと言いだし、袖を引かれた。……何故か、自分が付き合うことを勝手に決定されている。
 そこで坂田と会ってしまったのは不運だったけれど、沖田がおみくじを引くついでに自分も一緒に引いてみたり、結果を見せ合ってああだこうだ話したり、それは嫌ではなかった。
バズーカを打たれて呪いをかけられるのは御免被るが、年相応の興味を見せられると、やはり弟のような存在の沖田を疎ましく思う事は出来ないのだ。

 一方で坂田も(まだ本人から口にされたことはないが)自分同様、沖田に思うところがあるのだと思う。
 時たま沖田が居ない屯所に来ては土方の部屋に入り浸るのは、沖田が戻ってくるのを待っているように思えるし、幾ら外で待て出て行け邪魔をするなと言っても、それらを適当に流して坂田は副長室に居る。
 何事かを騒ぎ立て土方の集中を切らそうとしたり、勝手に重要書類を盗み見ようとしたりはしないけれど、やたらに抱きついてきたりするのは心臓に悪い。自覚してしまった忍ぶ想いの所為で、心の柔らかな部分が痺れたように疼くから。
 でもきっと張本人である坂田は、土方がそんな想いを煩っているなんて知る由もない。あれは、図らずも沖田の兄貴分である自分を懐柔する手段でしかないのだろう。
 巡回に着いて来ようとして、隊服が臭うと言われて、それには少なからずショックを受けた。
 「わざわざ気に入られようとしなくていい」と言ったこともある。我ながら直接的すぎる物言いだと思ったけれど、あの時の坂田は何を言っているのか皆目見当がつかないという顔をしていた。そこが自分の推理に沿わないのだが、元から掴みどころのない男だ。そもそも全て推し量るのは至難の技である。
 土方は纏まらない思考を振り切るつもりでコーヒーに口をつけ、

「大好きなんだけど」
「……?!」

思わずコーヒーを噴き出しそうになった。
いま、目の前の白いモフモフは何を喋ったのだろう。
 コイツ──坂田銀時は甘党であるが、甘い言葉を口にすることはあり得ない。少なくとも、万事屋稼業のこの男が女性にそんな科白で言い寄るのを土方は見たこともなければ聞いたこともなかった、筈だった。

「聞いてんですかコノヤロー」

 土方はといえば、唐突に聞こえた『そんな科白』に理解が追い付かない。
 返事がないのをどう思ったのかは知らないが、坂田は淀みなく言葉を続ける。

「ホントにさぁ、大好きなんだよ。いちごパフェもチョコバナナパフェもフルーツパフェもプリンアラモードも抹茶あんみつパフェも。好きで好きで堪んねえよ」
「……そうかよ。ンな事ぁ、言われなくとも知ってる」

──なんだ、パフェの話か。
 考えてみれば当然だ。そもそも犬猿の仲である自分に、銀時が『大好き』などと言う訳がない。それでも不意打ちで耳にしてしまった瞬間ことこと跳ねる胸の鼓動はどうしようもなくて。
 銀時には、口にしないだけで、想う相手が別に居る。ならばせめて動揺を悟られないようにしなくてはと、土方は坂田が入る時に何も言わずとも指定してくれた喫煙席で、ソフトケースから引き抜いた煙草に火をつけると、紫煙を吐いた。

「……あーあ、ちくしょー。綺麗だし可愛いしホント最高。俺のモンになんねえかなマジで」
「……そんなに好きなら、好きなだけ頼めよ」
「へ…? あ……え、良いの?」

 じゃあフルーツパフェからかなー、と坂田が上機嫌に呼び出しボタンを押すのを眺めながら、俺もコイツに大概甘いなと今更思った。
しかし運ばれてきたフルーツパフェに子供のように目を輝かせる坂田を見ていると、まあいいか、と思えてしまうのだから、惚れた弱味とは正にこのことなのかもしれない。

「あ」

 ベリーソースのかかったミルクソフトを堪能していた目の前の銀髪が、ふと何かを閃いたような顔をした。

「土方くんに一口やるよ。ほら、アーン」
「んな……ッ」

 つやつやしたキウイフルーツのカットを掬い上げた坂田にスプーンで文字通り『あーん』されそうになって土方の心臓がバクンと弾む。

「い、いらねえよっ。コーヒーあるしテメェの糖分だろうが」
「大丈夫だって。一口くらい気にしねぇから」

 そういう問題じゃない。坂田にアーンなんかされたらとても冷静でいられる自信がない。
 でも坂田は頑として譲らなかった。

「土方」
「や、……っ」

 ついと手を伸ばされたかと思えば、咥えていた煙草を抜き取られて。グシャリと、まだ長さのあるそれが敢え無く灰皿で押し潰れる。
 だが怒る余裕など失せている。煙草を亡き物にした坂田の不測な指が土方の顔に伸ばされた。ゆるり、と。……頬のラインを柔らかくなぞられ、土方は言葉を失った。
 口を金魚のようにパクパクさせる土方に、坂田は馬鹿にするでもなくフッと笑みを零した。何も反抗の言葉すら言えないくらいに……格好良く、見えてしまう。惚れた弱みとは、このことか。

「なあ、食ってくんね? ちょっとパクってすりゃいいからさ。俺が食べさせてやるから」
「っ、っ」
「なんだよ、もしかしてビビってんの?」

 意地悪な笑みに塗り替えられた唇がゆるりと弧を描く。
土方はフルフルと首を振った。誰がビビってんだテメェ斬るぞ、とは言い返せない。
それどころか「クソ天パ」の一言すら出てくれない。
意地悪な笑い方をしているくせに坂田はそれ以上罵らずに、

「ほら、アーン」
「これはこれは。随分楽しそうな事してんじゃねェですかィ。土方の野郎に嫌がらせすんなら俺も混ぜて下せェよ」
「! そ、そそそ総悟……ッ」

 どうしてここに居るんだとか、お前非番だっただろとか、もう何でも良かった。
自分達以外に客もいない奥まった場所にある喫煙席とはいえ、こんな、頬っぺたを優しく指でなぞられるなんて、沖田の言う通り『嫌がらせ』なのだろうけど、普段坂田とする口喧嘩と種類が違いすぎてとても堪えられない。

「あ、よろ、ぉ、おれ、帰る……ッ!」

 キャパシティーオーバーで、視界までくしゃりと滲んできた。顔が熱い。あれだけ好きだと口にしていたパフェはほったらかしになって半分くらい溶けてしまっているし、訳が分からない。
 わたわたと財布から万札を一枚取り出すとテーブルに置き、土方は脱兎の如く店から逃げ出した。
──後に残されたのはドS二人。無論どちらも煙草なんて吸わない。
喫煙席の恩恵を目一杯受ける筈だった彼は、目に涙を溜めたまま帰ってしまった。

「……あのさぁ、沖田くん。この間譲ってやったじゃん。お汁粉缶一個で我慢したじゃん? ……俺だって土方とおみくじ引いてリンゴ飴食いたかったよ! でも譲ってやったじゃん! ……なんで邪魔してくんの?」
「さあねィ。土方いじめんなら俺も呼んでくれなきゃ困りまさァ」
「いじめてねーよ。ちょっと触っただけだろ」
「泣きそうなツラさせといてよく言いまさァ」
「アアン?! 顔真っ赤にもなってましたぁ。もうホント何なのアレ。ほっぺたスベスベだったし!」
「勝手に手ェ出さねェで下せェ。誰も聞いてねェよ」
「俺だってお前に教えてやるつもりなんかなかったわ」
「………」
「………」

 冷戦状態の関係は、穏便に収まらない。それをお互い解っている。
 だがこればかりは穏便に解決出来る特効薬が未だ見つからない。サディスティックな気があるし、馴染みの茶屋も同じで、友人としては嗜好も通じるところがあると思うが、そこが仇になっていることも腹が立つほど解っている。

「……まあいいけどよォ。沖田くんが居るの分かっててやった俺が悪かったし」
「気づいてたんですかィ。イイ趣味してやすね」
「だって店まで入って来るとは思わなかったからよォ 」
「へ、甘いですぜ旦那ァ」
「……何か飲む? 副長さんの奢りだけど」
「クリームメロンソーダで」
「俺はチョコバナナパフェかな」

 注文ボタンを押すと、先に運ばれて来たのはクリームメロンソーダ。すっかり土方の席に陣取っている沖田が、坂田の方にコーヒーカップとソーサーを押しやった。
 ──自分が好まないものを押しつけてくる辺りが何ともガキっぽいというか何というか。
 それを何の気なしに口に含むと、温もりと共に痺れるような苦さが舌の上を強襲した。
 坂田は思わず顔を顰め、そこで気づく。

(あ、これ土方と間接チューじゃね?)

これはもう無下には出来ない。自称糖分王といえど、全く飲めないくらいの苦味ではない。ミルクと砂糖を入れてしまえば飲みやすくはなるだろうが、この甘美な世界が壊される事は必至だ。

(でも土方が口つけてたのってどの辺りだっけ。ココか、いやこっちかも)

坂田がもう一口、もう一口とする内に、元より半分程だったブラックコーヒーだから、すっかりと空になってしまった。
 やがてパフェが運ばれてきて、待ってましたとばかりにスプーンでチョコレートアイスを掬う。
ひんやりした冷たさと甘さが普段以上に美味しく感じられて、これも土方くんのお陰だなと幸せな頭で結論づける。
 次に会えるのはいつだろうか。
少しづつ意識してくれている(ように見える)土方に、比例するように必死な手前自身が何とも言えず擽ったいけれど、叶うなら今すぐにでも追いかけてやりたい。
 だがこの状況がそれを許さない事も理解しているから、坂田は早々にチョコバナナパフェを平らげると、プリンアラモードを注文した。

「旦那ァ……同じようなモンばっかり食ってて飽きやせんか」
「飽きねえよ」
「……同じようなコトばっかりやって、飽きてくれねェかなァ」
「無理無理」

好きで好きで堪んねぇから。



end.
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