春は恋の季節です。

「万事屋、……その、無理を承知で頼みたいんだが」

渋い顔をした土方が噛み締めるように銀時に話した依頼内容は、

「ええぇェェェェ!?」

おおよそこの男には似つかわしくない、色に例えるなら桜色の依頼だった。


春は恋の季節です。



「えーと……つまり? 組の罰ゲームでキスが必要だから、俺にやれと??」

どうやら花見の余興で負けて、野郎とキスする事が必須らしい。キッスしないと帰れまテン。どんなゲームだよ、タイトルもパクりじゃねぇかと突っ込みたいが、詳細を聞くのは生々しさがあるから嫌だ。
銀時が経緯を要約すると、ソファで背筋を正した土方は卓越しに「そういう事だ」と頷いた。

「…いやでもさぁ、自分らでやれば良くね? ゴリラとかドSとかジミーとかハゲとか選り取りみどりだろ」
「……近藤さんには志村姉がいるし。原田は所帯持ちだろ。山崎は地味だし、総悟は何をされるか分かったモンじゃねぇ」

そもそもゲームマスターの総悟は俺に嫌がらせがしたいだけだから、アイツにキスしろとか言う事自体が以下略。
流暢に理由を並べられるところから察するに、万事屋に来る迄に色々考え、土方なりに葛藤したんだろう。

「平隊士は?」

それでも野郎の唇に自分のそれを重ね合わせるなど出来る気がしない。尚も言い募る銀時に対し、土方は眉間に益々の皺を寄せた。

「アイツらにとばっちりさせたくねえ。とっつぁんとか隊長格の奴らが悪ノリしたんだ…クソ」
「……あー」

変なとこ良心的な。
銀時は極めて平静を装って土方を見た。前から思っていたけど、やたら整った顔だ。

「女じゃ……ダメだな。つーかそんな余興に付き合わせられるようなアテもねぇんだろ?」
「……解ってんじゃねェか」
「えっと……とりあえず、俺はキスすりゃいいわけ?」
「いや、キスまでしなくて良いんだ」
「……は?」
「いやあのな、感想を言えばいいだけなんだよ。……俺にキスしろとは言わねェよ。触るだけでも誤魔化せるだろ。触った感想を…その、総悟の前で」
「……マジで?」
「ッだから、頼む、後で何でも一つ言う事聞いてやるから」
「…ああ、そう?」

誤魔化す方法には頭が回るくせして、『何でも』とか軽々しく言っちゃって。そんなんだから沖田くんもドSゴコロを擽られるんだ。
まあ、でも、それは悪くない。後で美味しいモン食わせてくれるなら引き受けてやってもいいかなの方へ心の天秤が傾いた。
別に触った感想くらい、減るもんじゃない。なんなら目を瞑っても出来るが、どうせなら目の前の男の反応を見る方が楽しいだろう。
そも、土方は断られるのを分かった上で来てるみたいだった。
だが、ココで自分が本当に断ったら土方はどうするんだろう。誰か他の奴を見繕って、他の奴とキスするのか。キスしなかったとしても、そいつに触られるのか。
そこに考えが至った瞬間、無性に腹立たしくなってきた。土方は潔癖の気があるし、遊び慣れしているわけでもない。触られたらきっとビクッとなって、目とか恥ずかしくって開けてられなくなると思う。そんな楽しい役目をアッサリ明け渡すなんて許し難い。
興味と好奇心が勝った銀時が「良いぜ」と笑えば、土方の方が驚いたらしく、「ええぇェェェェ!?」と素っ頓狂な声を上げた。



────とは言っても、やはり抵抗感がゼロかといえばそうでもないわけで。


「………」
「………ッ」

いつまでも向き合って座っていては意味がないからと、ソファに隣り合って腰かけた。隣り合ったはいいが、かれこれ10分はこのままの体勢なわけで、ハタから見たら異質だ。
銀時は勿論、土方もその事を頭では理解している。
……けれど、横目でも分かるくらいに真っ直ぐな視線が、自分を射貫くように見ていて居た堪れないのだ。柄にもなく緊張して、多分変な顔になっていると思う。依頼したのは自分のくせに、顔から火が出るくらいに恥ずかしくて堪らない。
野郎の赤面なんざ見れたもんじゃねぇだろ。テメェだって気色悪いだろうが。早くしろ。
そんな事を沸騰しかけてる頭でぼんやり考えるものの、今の土方に自らの表情を確認する術はないし、言えるような思い切りもなかった。


「じゃあ……触るぞ? 武士に二言はねえよな」
「…ああ」

狼狽する土方とは対照的に、銀時はいつも通りの──やる気があるのか無いのか読めない──声音で言った。
それは当たり前の反応だ。
この罰ゲームを告げられた時、チャンスだとばかりに駄目元で持ちかけたのも自分だし、この銀髪の男に惹かれているのも自分だけなのだから。
自分が抱えているだけの想いだから、吐露して壊すつもりは毛頭ない。
言うまでもなく、銀時にとって自分は只の依頼相手でしかない。
ツキンと少し胸が痛んだが、気にしないようにしよう。
銀時の片手がゆっくりと唇に伸ばされて。見ていられなくて目を閉じた。


「……あのさ、土方くん」
「あァ!?」
「……喧嘩売ってんのお前?」
「ちが、」
「分ァってる。…なんかプルプルしてるぜ、瞼の辺り」
「見っ、んなよ、そんなの」
「見るなっつか、目に入るんだよ。もっと普通にしててくんない? こっちまで意識しちまうだろうが」
「わ、悪ィ」

覚えず上昇する緊張度数に、自分でも辟易する。
しかし背を向けて深呼吸を一つすると、なんだか落ち着いてきた。

「…いい?」
「…ああ、……っ!」

振り向きざまだった。
反射的にまた目を瞑ると、花弁のように薄いそこに、ツツ、と指を滑らせる感触が走る。

「………へぇ」
「……い、ひなりやえろよ」
「黙れって。……な、なんかヤワいんじゃね? 野郎の唇なんて固いだけだと思ってたけどよ……」
「……う」
「柔らかいし、あったかい…な、うん……」
「……っ」

色、形、感触、その全てを確かめるように、男の器用な指先が土方の唇を辿る。ツンツン、とつつかれると緊張が走るが、宥めるように優しく擦られると、力が抜けていく。少し擽ったくて、堪えるように睫毛が震えた。

「大丈夫か? ……つっても、やめてやらねーけど」
「…ん……?」

何事かを呟いたのは聞こえたが、自分の事で手一杯で聞き取るに至れない。
しかし、目の前の空気感が、ほんの少しばかり変わっているような気がした。
土方が問うようないらえを返すと、言っとくけどパフェの為だから、とよく解らない返答をしてくる。

「あー……うん、意外と荒れてねえな。ちょっと乾燥してる? みたいな……感触はフニっとしてて、」
「もっ、も、いい……ッ!」

途端に羅列されたセリフが恥ずかしくて我慢出来なかった。心臓が破裂しそうなくらい早まりだして、銀時に触れられている箇所が、じわっと発熱したよういに熱い。呼吸が苦しい。

「…はいはい、これでいいんだろ?」

唇に当てられていた指先があっさりと離れる。
さっきまで沸騰しそうなくらい熱くて恥ずかしがっていたくせに、いざ離れてしまうと少しだけ残念に思う自分は、なんて現金な奴だろうと考えた。


「…じゃ、屯所に行くか」
「手、洗え」
「はぁ? なんで? マヨなんか付いてないぜ」
「いいから洗えよ!」
「…お前の感触忘れたくねえから嫌だ」
「な、っ」
「プハハッ、なんつーカオしてんだよ」

体よく揶揄われたらしい。気づいた時にはとっくに玄関から出ていて、腹立ち紛れに蹴ってやった。腹は立ったが、それを皮切りにして動揺している方が馬鹿だと理解できたから、屯所への道中は平生通りの自分でいられた。そこに関してだけは救われたかもしれない。


***


「総一郎くん、何してんの」
「総悟です。昼寝前にひと呪いしとこうと思いやして」
「日課みてェに言うな!」
「似たようなモンでさァ。…んで、ご感想は?」
「あー、分かっちゃった?」
「そりゃあもう。ジャンケンに負けたアンタの顔は見物でしたからねェ」
「るせ、黙れっ」
「えーっとぉ、土方くんとのチューは柔らかくてあったかくてフニフニしてましたぁ」
「…はぁ、成程。オエエ…想像したら気分悪ィや」
「…総悟テメェ、終いにゃ斬るぞコラ」
「で?」
「あ?」
「土方さんのご感想は?」

あ、因みに旦那が言ったワードは使えないんで。

「え……?」

藁人形を片手にした部下がニッコリと笑って告げた言葉に、ビシリと固まる。風の涼しい春先だというのに額を嫌な汗が伝った。


「あー、そう来たか」

銀時は特に驚いた様子もなく、それどころかニヤリと笑ってみせる。
なんでコイツらはこんな楽しそうなんだ。ドSの思考は理解出来ない。

「土方くん」
「な、ええっ!?」

問いかける間もなく、唇に触れるものがあった。視界一杯にちらつく銀糸と、石榴のような色味で煌めく瞳。

(こ、こ、これ、コイツ、指じゃない、し)

「〜〜〜〜〜〜!!?」
「……ほら、どう?」

パニックになっている土方をよそに、銀時は唇を軽く触れ合わせた後でしゃあしゃあと言う。──羞恥は言うまでもなく致死量にせり上がった。心臓に悪い。もう勘弁してほしい。
どうしたら良いのか分からなくなった土方が視線をさ迷わせて俯くと、至近距離でコクリと小さく息を飲み込む音が聞こえた。


「…おっかしいなァ。気色悪いと思ってたんだよ。確かに」
「…な、なに言って」
「多串くん」

土方だ。反射的に開きかけた唇が、ぱくりと挟み込まれた。
唇の弾力を楽しむように柔らかく食まれて、やがて離れる。

「…どう?」
「あ……、…んか、ぞくぞくした…?」
「……うあああー、ッもうダメだコレ! もうダメだわ、何コイツ可愛いすぎんだろ……!」

──悶える銀時も、口づけにとろけてしまった土方も、一度目のキスから退場した少年の事など目に入っていないのだから呆れたものだ。これだからバカップルはいけない。
論を待つ迄もなく、罰ゲームはエイプリルフールの悪戯でしたなんて真相を告げる者は誰一人として居なくなってしまったわけである。



end.



・オマケ・


「んで、報酬は何でも言う事聞いてくれるんだって?」
「……ああ」

そういえば勢いに任せてそんな事を口走った。でも拒もうとか、そんな気は起らなかった。瞳の奥に何らかの思惑を宿している男と、一度ならず、二度も三度もあんな形で触れ合いが出来た。その事だけで、充分すぎるくらいの価値があると思えたからだ。

「…なんだっていいぞ。春限定のナントカぱふぇでも、美味い地酒でも、好きなモン奢ってやる」
「……え。奢り以外は駄目なの?」
「…他になんかあるか?」

万事屋稼業の男は何かとソツなくこなせるかもしれないが、自分は器用な質ではないし、男にしてやれる事など少ないだろう。純粋にそう聞き返すと、銀時は、うーだとかあーだとか唸った後で、土方をまっすぐに見た。普段のふざけたユルさはどこへ置いて来たのか、その眼差しは真摯の色に塗り替えられていて、「どうした」と声を発するのも忘れた。

「…良かったらさ、次の非番の日教えてくんねえ? ……桜アイスもイチゴたっぷりパフェも、なんならビールの一杯だって、お前と一緒なら何だって美味いから」
「……なっ」

こんなセリフ言われた事もなければ、言った事だってない。途方もなく驚き、やがてはち切れそうな歓喜が奮迅の勢いで迫り寄せてきた。



end!


Thank you for reading!
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -