冬が春を促すのなら

 たまたま鉢合わせたから。そんな理由が使い古されるくらいには並んで道を歩く事も多くなっていた。
 例えば飲み屋で会計を済ませる土方を銀時が寒い外で待っていて「ありがとな」と笑いかける時があった。逆に、10分遅れで来店した銀時がカウンターを見ると、土方が杯を傾けるでもなく、マヨまみれのおでんを口に運んでいる時があった。
 あまり通らない道を気まぐれに歩くうちに、そこを歩く事が定例になっていたりもした。その道が近道ではない事は互いに自覚済みだけれど、その事に触れないのもまた定例だった。

「そういや、もうすぐアニメ再開だってな」
「……それはそうだが。そういうのって言っていいのか?」
「いいんじゃね?」
「テキトーすぎだろ」
「いいんだよ、ユルいのが銀さんの魅力だから。…あ、帰り道こっちな」
「おい、引っ張るなアホ…っ」

 自分の手のひらに銀時の手のひらが吸いつくように重ねられる。アルコールの所為か高まっている体温を感じて、どきりと心臓が早まった。
3月にもなると、風は冷たいが昼間は段々と春めいてきたな、そういや……土方はこの場に関係ない事を考えて、鮮明な感触から遠ざかろうと躍起になる。

「んー…たしかこの辺に……あ! ほら、見ろよこれ」
「……あ」

 言わるがまま目をやったのは誰かの家の庭だった。通りに面した一角を荘厳に飾るような白い花梅の木が、一本生えていた。夜のしいんと冷えた情緒は変わらないけれど、辺りには風に乗って仄かに甘い香りが漂っている。

「…どうよ?」
「悪くねぇな」
「昼間気づいたんだ。…まぁ花が綺麗なのは俺の手柄じゃねぇけど、ここの家主に感謝って事で」
「……今日からこの道にするか」
「たり前ェだろ? つーか、お前以外に見せたい奴いねぇし」
「…何言ってんだ、」

 瞬間、困惑する台詞を遮るように、ポケットの携帯電話が着信音を響かせる。無駄に大きい着信音は気を張っている勤務中なら気にならないが、今の無防備な心理状態を動揺させるには十分だった。なんでこんな時に、と舌打ちする。
 案の定、目の前にいる相手は何でもないような顔で「ゴリラか?」なんて言って、先刻の話題を終わらせようとしている。

「知らねぇ。後でかけなおせばいい」
「いやいや、出た方がいいって。副長サマだろ?」
「今は違う」

 優しくて寛大なフリをしているだけで、実際はただのヘタレだ。妙な確信があったのは、似た者同士と称される所以だろうか。
 何度かのコールの後で着信音は鳴り止んで、自分の心音だけが忙しなく高鳴りしている。これからどうするかは決めていなかったけれど、無理やりに作っているようにしか見えない愛想笑いはとりあえず邪魔だと思った。


「……いや、やっぱかけなおすか」
「そーしろそーしろ」
「………」

 液晶に表示された番号を確認する。

「山崎か。……ったく、そんな事かよ? …ああ、分かった。逢い引き中に野暮な事すんなって言っとけ」
「……は?」
「じゃあな」
「ちょっ、待てよ! 勝手に変な事言うのやめてくんない!?」
「…変な事たァ、心外だな」

 通話の終了ボタンを押しながら土方が悠々と告げると、銀時の方はぐっと押し黙った。

「逢い引きじゃ不満か?」
「……………。いやあの、スイマセンでした」

大歓迎です。口に慣れないだろう敬語で呟くものだから、なんだか笑えた。素直になれたのは、多分お互いに酔っているからだろうと思った。そしてお互いに記憶を吹っ飛ばす程の泥酔でない事も同じだ。
 花の香りを孕んだ甘い風が火照った頬を撫でていく。
そういえば、梅の開花を促すのは段々和らいでくる冬の冷たさなのだ、と一昨日くらいのニュースで聞いたような気がする。
考えてみれば遠回りの道も、並んで道を歩く言い訳も、じれったい事ばかりしてないでさっさと答えを出せと促す冬に変わりないのかもしれない。



end.



口説こうと思ったけど結局恥ずかしくなっちゃった銀さんです
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