「テメェら、毎度毎度飽きねぇな」

「旦那ァ……!」
「おー、沖田くん。いたの」
「いるも何も、ここが俺の部屋なんで。ねぇ土方さん」
「んなわけあるかァァァ! ここは土方さんの部屋だろうがっ!」

 ……真選組屯所の副長室には、現在進行形で、本来いない筈の人員が勝手に増えている。

「つーかテメェら、毎度毎度飽きねェな」

 溜め息をつかずにはいられない。知り合って幾年か経ったが、この男が屯所に訪ねて来るようになったのは最近の事だった。
 この男、坂田銀時は往来で会おうものならばいがみ合う間柄で。しかし自分の部下に当たる目の前の少年、沖田総悟とは結構馬が合うらしい。『らしい』という表現をしたのは実際に本人の口から肯定を聞いたわけではないからだ。
 聞いたわけではないけれど実際、巡回中に二人で茶をしばいていたりするのを何度も見かける。始めの内は注意していたのだが、此方を見た坂田の視線に、得体の知れない胸のつかえが生まれた。沖田は土方が回収しに来れば大人しく着いて行くのだが、別れ際のその瞬間に坂田から向けられる憤りのような視線が自分と交錯するのが嫌だと思うようになった。
 喧嘩の時とは、種類の違う視線だと分かる。うまく表現出来ないが、絡みついて引き留めるような視線だ。
土方が沖田といる時に必ずといっていいくらいに向けられるそれは、仕事上当然とはいえサボる部下を連れて行くのを辟易とさせる。

「ん、まあな。ここまで通してくれてんのお前だろ?」
「……今はでかい事件もねェしな。あまり門番の奴を困らせんなよ」

 門番が巡回のルートや行き先を聞かれて大層困っていたのは記憶に新しい。
邪魔したら追い出してやると土方が告げれば、銀髪の男はニッと口角を上げて笑ってくれた。

「しねぇよ。あ、マッサージしてやろっか? 銀さん結構得意なんだぜ」
「必要ありやせん」
「……ああ、そう。聞いてねぇけど」
「いらねぇ。市中見回りだ」

 沖田と坂田が情を深く交わすような仲にあるとは思わないが、掠め合うくらいにはあるのではないか────。
これは土方自身が考えた結果導き出した見解だが、あながち間違いではないと思っている。
 男同士だが、互いに奔放で掴めないところがある二人だから、他とは違う恋愛観を持っていても不思議ではないと思う。というのは建前論で、自分もまた、坂田銀時の存在に少しばかり惹かれるところがあるからだ。
……とはいえ、それを白日の元に曝すつもりは毛頭ないのだが。

「巡回すんの?」
「そうだ」
「誰と? ドS皇子?」
「山崎だ」
「……俺も、一緒に行きてェんだけど」
「はぁ? お前、総悟は一番街だぞ」
「だからだろ」

 何を考えての事なのかよく分からないが、坂田は「隊服もちゃんと着るから」と言い張って動かない。
 局長室で事情を話したが、近藤はそりゃあ心強いなぁ、と目尻を下げて笑うだけで、断固却下を期待した土方のアテは外れる事と相成った。

「……オイ」
「んー?」
「それ、嗅ぐのやめろ」
「えっ!? …だって、オメーの匂いがさァ……こう」
「煙草くせェなら脱げよっ」
「はぁ? ヤだよ面倒くせーし」

 そう言わず脱いでほしい。染み付いた匂いなど一朝一夕で取れるものではないから、気まずい事この上ない。しかしそんな土方の思いなど知る由もなく、不毛なやり取りはかれこれ十分ほど前から繰り返されていた。
 事の発端は隊服に丁度いいサイズがないと聞かされた坂田が光の速さで「じゃあ多串くんので我慢してやらァ」と答えた結果だった。坂田がニタリと笑った時、後ろに控えて話を聞いていた沖田が分かりやすく舌打ちしたのが聞こえた。ついでに土方コノヤローとも聞こえた。
 不機嫌の理由を恋人関係に当て嵌めるのであれば、ヤキモチというのかもしれない。
 それにしたって、俺が言い出したわけじゃねェのになんで文句言われなきゃならねーんだ。土方は胸中でふてり気味に呟いた。
そんなこんなで幸先が良くない上に、相方の山崎は出発前から姿を眩ませている。門番曰くウェア姿だったと。大方ミントンかカバディか、いやそれはどちらでもいい。

「……俺に何の用だ」
「用って?」
「誤魔化すな。俺はアイツの兄貴分かもしれねぇがな、わざわざ気に入られようとしなくていい。……アイツも未成年とはいえ、私的交流に関して俺に許可を取る必要はねぇんだからな」
「ちょ、ちょっと土方くん? 何の話?」
「……分からねェならいい。要は、俺に気兼ねはいらねぇって事だからな」
「……あー、よく分かんねェけど。遠慮すんなって、どこまで?」
「知るかボケ。……俺に言わせるな」
「……そ。今から俺がかぶき町行くっつったらさ、引き止めてくれんの?」
「あ? 言葉の整理がなってねえ。……引き止められてぇって聞こえるぞ」
「ならそうなんだろ」
「そうじゃねぇだろ」
「え、そうじゃねぇの?」
「そうじゃねぇよ」
「だったら今度団子屋で会ったらさ、引き止めていいの?」
「…………」
「会ってもすぐ帰っちまうだろ?」

 トッシーの事件以来で目に慣れぬ隊服姿だが、黒地に銀の縁取りがされた隊服に男の銀髪が映える様は見ていて悪くないと思う。それどころかやっぱり男前だとすら、思う。
モヤモヤする違和感の源は、噛み合いきれていない会話だろう。
 最終的に照れ臭そうに苦笑した男に、土方は胸のつかえが痛みに変わるのを感じた。隣にいるのに、その笑顔を望遠鏡から眺めているような錯覚に陥る。そして今更に気づいた。自分はこの男に少しばかりでは足りぬほど惹かれていたのだ。

「………ああ」
「マジで!?」

──なんで気づいちまったんだクソ。
自分自身に向けて悪態をつく。
短いいらえに顔を輝かせた坂田に、現金な奴だなと憎まれ口を叩けたら良かったのだが、その時の土方は喉がひりつくように乾いて声が出てこなかった。


あれから数日後。間の悪いことに遭遇してしまった件のシチュエーションに、土方は否応なく頭を抱えたくなった。

「何ですかィ土方さん、そのシケたツラは」
「……別に何でもねぇ。先に行く」

 沖田を追い越し足早に通り過ぎるのは、順当にいけば彼をその場に引き留めるだろう間延びした声を聞きたくなかったからだ。


「オーイ、どこ行くんだよ」

そうだ、この声だ。

「シカトすんなよ、コノヤロー」
「うぁっ、な……ッ!?」

 これは一体どうしたわけなのか。沖田は先刻の位置から碌すっぽ動いていない。それなのに、土方は坂田に、何故か腰に腕を回されていた。

「っアホ、見間違えてんじゃねーよ!」
「……は? 間違えるって?」
「引き止めんだろうが…っ」

 何だか状況が飲み込めないが、恐る恐る振り返った視界の先で沖田が踵を返すのが見えた。

「うんだから、引き止めてんじゃねぇか、今」

 会ってもすぐ帰っちまうからな、お前。
 耳元で愉しげに笑う声音に瞠目する。言われた言葉を理解する間に、頬がじわじわと熱を持っていくのを感じていた。



end.
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