「マジでいい加減にしろよテメェ」

 見た目の通りにふわふわとしている髪の毛が、今はとにかく擽ったかった。身をよじって少し距離を取ってもまたすぐに詰められる。……コイツは一体何がしたいんだ。
 目線では忙しなく報告書の文面を追いつつ、土方は相手の様子を窺った。しかし体勢の所為で、土方からは男の顔がはっきりと見えない。

「テメェ、離れろ」
「…………」
「オイ、寝てんのか? …バズーカで撃たれるの誰だと思ってんだクソ天パ」
「起きてるから撃たれねェよ。つーかここで寝ても良くね? なんか眠くなってきたわ」
「ふざけんな帰れ。総悟ならもうじき戻るっつってんだろ」
「ああ、そうなの? …そりゃまあ、悪くねえな」

 無理矢理に押しやると、企むように笑んだ表情と思いっきり目が合った。
 それを見てモヤモヤとするのも、胸がズキリとするのも、土方には慣れてしまった瞬間だ。恋心を自覚してしまえば最後、この儘ならない感情と付き合っていくしかないのだから仕方がない。押しやってはみたものの、全くと言っていいくらいに暖簾に腕押しだ。銀髪のフワフワ頭は相変わらず土方の肩に埋められていて、心臓が先刻とは別の意味で跳ねる。

「マジでいい加減にしろよテメェ。出てけ暑ィんだよ」
「暑いって、この部屋クーラー効いてるだろ?」
「そういう問題じゃ…ねえ」

 いくら冷房が効いて涼しいとはいえこうも密着されると暑さが募っていく。睨んでみても碌に聞く耳を持ってくれない。それどころか、坂田は腕の力を僅かに強くしてさらに密着してきて。緊張で思わず言葉に詰まった。
 食堂の他、副局長室にもこの文明の利器は導入されたばかりで、まだその他の部屋には取り付けられていない。その所為でドSの部下は基本ここに入り浸っているようなものだけれど、坂田にふざけられるのはまた別問題だ。
……それに当然だが、沖田はこんな、抱きしめてくるような真似はしない。
 否、坂田からしてみればそんな心算ではないのだろう。単に、大嫌いな自分が不機嫌になるような嫌がらせがしたいだけなのだ。

「書類盗み見てんじゃねぇだろうな」
「ンな面倒なコトしませんー。土方のスベスベなうなじしか見てませんー」
「わけ分かんねェこと言ってんじゃねーよ」

 もう振り払うのに労力を使うのも面倒だ。確認し終わった書類を揃えて、土方は作業を取り止めにした。元々切迫した状況でもない。大仕事といえば、三日後の夏祭りの警備くらいだ。
 ──何より、高まってくる背中の熱や耳元で話される低く甘い声が気になって気になって、とてもじゃないが集中出来やしない。

「総一郎くんまだ?」
「…俺が知るかよ」
「だよなァ。別に良いけどよ、今スッゲー快適だし」

 涼しい部屋が好きなら、食堂にでも行けばいいだろうが。
 本当なら強制的に引っ張っていくことだって出来るのに、それをしようとしない浅ましい理由を、自分が一番知っている。

「……俺がアイツに殺されるんだが」
「はは、バズーカだろ? まあアレだ。ヤキモチくらい、俺が受けて立つからよ」
「……万事屋。ヤキモチも悪かねえがな、あんま煽るんじゃねえよ」

 好いた相手に嫉妬させてみたいのは解らなくもないが、そのダシに毎度毎度使われてはしょっぱい気分にもなる。
こちらの本心など知らぬ筈の坂田はしかし、それを聞いて眉をピクリと持ち上げた。

「なにお前、嫌じゃないの? アイツに嫉妬されるの」
「…は?」
「そりゃあ、ドS皇子も不機嫌にならァな。俺ってば土方くん抱きしめちゃってるからね。離す気なんざ毛程もねえし」
「…へえ、なるほどそうですかィ」
「そっ、!」

 タン、と音を立てて引かれた障子に目を瞠る。湿った熱気がムワリと流れ込んできたが、それに文句を言うより沖田が坂田を足蹴にする方が早かった。

「旦那ァ、とりあえず離れて下せェ。俺は土方コノヤローに話があるんでさァ。俺の知らねえ間に部屋に誘いこみやがってとんだド淫乱でィ」
「いん…ッ?! アホか! コイツが勝手に入って来たんだっつーかテメーの巡回ルートくらい教えとけよ!」
「へえ。『勝手に』ね。旦那ァ、ちょいと話があるんで外に出て下せェ。拷問部屋なんてどうですかィ? 丁度空いてるんで」
「はぁぁ? 勘弁してくれよ、俺なんもしてねェんですけどー!」
「まだ、の間違いでしょう?」

 その先の言葉は聞こえなかったが、結局のところドSコンビの痴話喧嘩に巻き込まれただけらしい。とばっちりもいいところだ。
結論付くと、土方の手は自然と机上の煙草に伸びた。
 今の今まで休憩中だったのに煙草の一本さえ吸わなかった理由だって、自分自身が一番よく解っている。


「え、えーっと……沖田くん? 銀さんマジで拷問部屋行くの?」
「そうしてやりてェとこですが、暑い中マジメに仕事してきた身としてはこれ以上暑い部屋に行くのは御免被りやす」
「ああ、そう」
「旦那はさぞ快適だったでしょうね? 内勤の予定まで記憶済みたァ恐れ入りやした」
「知らねえけど? 俺は総一郎クンに会いに来たんだっつの」
「へェ、そうだったんですかィ。野郎の腰でも尻でも撫で回しそうなツラで」

毒突いて尚、否定も肯定もせずに口端を吊り上げる男の表情を見ていれば、無遠慮に逆撫でされた気にもなる。
しかし、今の自分には切り札があるのだ。

「旦那ァ。明後日の祭りですが」
「ああ、警備?」
「とっつぁんが、隊服で警備なんて無粋だと。浴衣を貸してやるから、お前ら警備はソレを着ろ」
「……え? 何ソレ聞いてないんだけど。土方も浴衣着るの?」
「そりゃもう、藍染のしじら織りですぜィ。あの野郎はお堅いんで、生地が透けてて落ち着かねえとか文句垂れてましたが」
「…たまんねーなオイ。そんで、どこに居るの?」
「何言ってんですかィ。旦那が拝めるわけねェでしょう? 上様の半径5m以内に入れると思わないで下せェ」
「しょ……将軍かよォォォォ!!」

どうやら思惑は成功したようで、銀髪の意気消沈した様子に胸の辺りが心底スッとした。

──件の三日後、休憩中の副長が見当たらないだとかで隊内が騒然とした。沖田は屋台の射的に熱を上げすぎた事に舌打ちしたが、程なく戻って来たことでその場は収まった。
 戻って来た上司の息苦しいくらいにカッチリ正された襟は面白くないけれど。とりあえず弄り倒してやろうと心に決めた。



end.
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