6月17日

6月の中旬。梅雨も最中に入ったせいか、たまにだけど雨漏り修理の依頼が舞いこむようになった。
入った報酬でパチンコをやったけど、その日はたまたまツイてない日だった。流石に一文無しになる前にやめたけど。

このまますぐに帰ったら新八あたりにどやされるのは分かりきっている。仕方ないから、今日はポップコーンを我慢することにして映画館に向かった。特に理由はない……と思いたかったが、期待を裏切らない黒の背中に、負けたことも忘れて気分が上昇するのが分かる。

シアターの中に居る土方は、今日は右端の席だ。晩飯前に近い時間だから今日はいつもより人が多いけど、気にすることなく近づいた。


「おーぐしくん」
「!…テメェ、土方だっつってんだろうが」
「まぁまぁ、いいじゃねーの…え?」
「………」
「それ、」

土方が手にしていたのは一番小さいサイズの、キャラメルポップコーンだった。
俺が気づいたのを察してなのか、土方は素早く目を逸らした。

「……前に言ってたじゃねーか、醍醐味とかなんとか」
「いや、まあ言ったけどよ……」
「俺には甘ったりいばっかで良さが一っ欠片も分からなかったが、丁度いいからくれてやる」

そっけなく、中身がそんなに減ってない紙容器を押し付けられる。
一瞬警戒したけど、マヨネーズがかかってるわけでもない。
いたって普通のキャラメルポップコーンSサイズだ。

「…サンキュー。金なかったから助かったわ」

良さが理解されなかったことは不本意だけど、ラッキーだなこれは。
糖分は手に入るし、土方にも会えた。
そこまで考えてハッとする。

(…いや何考えてんの俺、土方は関係ねーだろ、くれるのが誰だろうと、別に……)


「おい、聞いてんのか」
「…へ?」
「ッさっさと行けっつってんだよ、突っ立ってたら迷惑だろうが!」
「ああ、そうか」

気付けばシアター内の照明が入って来た時よりも暗くなっている。
ストンと目の前にある空席に腰を下ろすと、土方がびっくりしたような顔をした。

「…なに?」
「テメェ、座席番号見せてみろ。ここじゃねーだろ絶対」
「固ぇこと言うなって。予告始まってるし今更来やしねーよ」
「そういう問題じゃ、むぐ…ッ!?」

まだ何か言おうとする口を手で塞いでみたら、石みたいに土方の身体が固まった。

「映画は静かに見るモンだぜ、土方くん」
「………ク、ソヤロ」

文句を言った土方の声の振動が手のひらに伝わる。
それどころか息まで感じる。あったかい土方の吐息だ。
考えてみればど真ん中に当たってるふにっとしたやぁらかいのは土方の、

「……ッ!」

瞬間、急に心臓がばっくんばっくんいいだして、反射的に手を勢いよく引っ込めた。
俺の反応に違和感を覚えたのか土方がこっちを見たけど、俺はそれどころじゃない。顔がカアッと熱くなっていく。馬鹿みたいに鳴ってる心臓に、頼むから静まれと何度も念じた。
もう触れてない筈なのに手のひらにまだ柔らかい感触が残っている気がして、誤魔化すように頭をぐしゃぐしゃ掻き混ぜた。

「…オイ、万事屋? どうかしたのか」
「話しかけんじゃねーよっ」
「………なに勝手にキレてんだクソ野郎」

怒ったような声で言って、それきり無言になる。
恐る恐る横目に見た土方は睨むようにスクリーンを見つめていた。
俺はなんだか間違った選択をしちまったらしいと今更になって気づいた。でももう後の祭りだ。
口に入れたポップコーンは甘い筈なのに、加熱のしすぎで焦げたような苦い味がした。


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