5月4日

次の月。
もうすぐ初夏を迎えるだろう通りには、鯉のぼりが揺れている。5月だ。明日は確かこどもの日だったか。
なんとなく視線を走らせて、内心驚く。
土方は今日も映画館にいた。
でも引っかかったのはそんなことじゃない。何と土方がスクリーンど真ん前の席に座ってるんだ。他にも席は空いている。なのに、どうして。
いや、たまにはそんな気分になることもあるだろう。土方が俺に気づいていたとは思いにくい。
アイツがいるからって俺が座ってはいけない理由にはならないし、第一アイツの為に席を変えてやる義理はない。俺が来た事に土方が腹を立てたとしても、大人しくいつもの席に座らなかった自業自得だろう。そう結論づけて、俺はいつもと同じように真ん中の列に向かった。
俺が近づいたところでようやく気がついたのか、土方は座ったままの体勢で俺のことをチラリと見上げた。


「…よぉ」
「え、あぁ…コンニチバンハ?」
「『こんばんは』だろ。夜だからな」
「…ああ、そっか」

なんだこの状況は。土方が喧嘩腰じゃないどころか自分から声をかけてくるなんて。
そうくるとは思ってなかったから、答える声が何だかぎこちなくなってしまった。
それからも特に罵り合いに発展することはなく、俺は隣の席に腰を下ろす。
映画本編が始まってからも、いつもみたいにだらだら眺めることはしなかった。
かといって集中できたわけでもない。いや、土方は真面目にスクリーンを見てたけど、どういうわけか俺の視線ときたらスクリーンそっちのけで勝手に土方の方を向いてばかりいた。今までそんなことなかったのに。
土方は気づいてないみたいで、それだけは救いだった。
でも誤魔化すようにポップコーンを食らっていたら歯の裏っ側にひっついて、それを取ることに躍起になってたら、本格的に内容に置いてきぼりになってしまった。

「……これ食う?」
「!」

ふと気がつくと土方が俺の方を見ていたから軽い気持ちでそんなことを言ってみる。
途端に土方は、上映中の暗い館内でも分かるくらいに驚いたような顔をした。
でも考えてみれば俺と違って土方は糖分を好いてるわけじゃないから、きっと「いらねえ」と返ってくるだろう。

「…ああ」
「……マジで?」

少しの間を開けて、予想外の台詞が聞こえた。
土方が甘いものを、しかも俺から貰うなんて、今日は何か特別なことでもあるんだろうか。
でもせっかく土方にほしいと言われたから、俺は残り半分もなくなったキャラメルポップコーンを一つまみした。

「じゃあほら、口開けろよ」
「な……っ」

その瞬間、スクリーンの光にほんのり照らされていた奴の顔がサァッと赤くなる。

「ん?どうした」
「どうしたじゃねぇ! …チッ、貸せ」

苛々したような小声で怒鳴った土方は、俺のカップを奪うと、ポップコーンを一つかみして全部口に入れた。

「あー! おっ前、何してくれんだよ!大分減っちまっただろうが!」
「…うっ」
「おま、吐き出すんじゃねーぞ!? ポップコーンは映画館の醍醐味なんだから、一つ一つ味わってありがたくだなぁ」
「う、るせ…」

甘味に対する冒涜寸前だった土方はやっとの思いでそれを飲み込んだらしい。
人の好物を奪っておいてその態度。十分失礼だとは思うが、俺はそれよりもっと面白いことに気づいた。


「…ナニお前、泣くほど堪えたの?」
「!! なっ、泣いてねーよッ」
「いやいや泣いてるって、涙目んなってるからお前」
「うるせぇ!…喉渇いたから出る」
「え!? 待てって、俺も行く…!」

ぽつぽつと人が居るか居ないかの客席から何とも冷ややかな目を向けられているのに気づいて、慌てて席を立つ。一人で針のムシロになるのなんか真っ平御免だった。



「……ったく、テメェといるとろくなことにならねぇな」
「それはこっちの台詞ですー」
「語尾を伸ばすな、腹立つから!」
「カルシウム足りてないんじゃねーのー?」
「…フン」

出る時にちらっと確認した時計は、すっかり日付が変わっていることを示していた。
土方は空になったコーヒーの缶を近くにあったゴミ箱にガコンと少し雑に投げ込んで、いつも通り無愛想なツラをしている。
今日は映画を見た気がしなかった。内容なんかちっとも理解できなかった。
でも、なんでか心のどっかがあったかいような、そんな感じがしたんだ。


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