ひとつ屋根の下

 真選組副長、土方十四郎の居室の畳に慣れた様子で寝転がるのが土方本人であったならそれは別段おかしなことではないけれど、

「オイ、いつまで居座ってるつもりだよ」
「うん」
「夜中のニ時だぞ。もう寝ろ」
「うん、おやすみ」
「っ誰がここで寝ろっつったァァア!!」

 もう嫌だコイツ、とシャウトしたばかりの口から溜め息が漏れる。
 連日繰り返されているこのやり取りを組のもう一人の副長である坂田銀時が終わらせる気は更々ないらしく、既に布団を敷き始めている。土方は押し入れから布団を出す役目をとんと担っていないことに気づき、どんだけだよ、と胸中で言ちた。

「テメェ、自室の布団があるだろ」
「あァ? 無理無理。あんなぺったんこの煎餅布団なんかより、こっちの方がよっぽどいいから。昼間干したばっかよ?」
「…………」

 ロクに使わずに押し入れに入れっぱなしだからだろ。
 干すなら自分のを干せ。
 ……苦言を呈したところで聞き入れる訳がないと理解してはいるけれど、思わずにはいられない。

 しかし坂田は『職務放棄』と叱責できるくらい仕事に身が入っていないわけではなかった。
 刀の手入れは自室で欠かさず行っているようだし、沖田と違い市中の見廻りをサボることもない。
 剣の腕前も申し分ない。それどころか、悔しいが自分を凌ぐほどだ。しかし、一日の中で半分以上を土方の居室で過ごしているのだった。
 来る度に「部屋が煙草クサイ」と文句を垂れつつ出て行くことはしない坂田の行動は始めの内は不可解であり不快だったが、すっかり慣れてしまったように思う。今では坂田に用のある隊士が、まっすぐ土方の部屋に向かう始末なのだから(そして八割方そこに坂田が居るのだから)、苦々しい感情は禁じ得ないけれど。
 甲斐甲斐しく布団を引く坂田の小脇に枕が二つ抱えられているのは見なかったことにして、土方は無言で机上の報告書を揃える。
後は近藤に提出し判を押すばかりのそれらは、明日には完成する算段がついているものだ。
 今日は終わりにするかと軽く伸びをした土方の背中を包むように、柔らかい声が降ってくる。

「おつかれさん」
「テメェもちったァ事務仕事しろよな」
「そりゃ銀さんはやれば出来るかもしんねェけどよ、得意って訳じゃねぇし……オメーが居るからさ」
「……フン、云ってろ」

 坂田銀時という男は同じ副長職に就いているが、自分とは正反対の性格をしていると思う。
 自分は鬼と呼ばれるだけあって隊士に恐れられているが、坂田は基本的に緩い笑みを浮かべているような男だ。反面何を考えているのか読めない節があるけれど、それでも隊士達に好かれているのは見て取れた。剣の腕はといえばかなりのもので、組の者は皆一目置いている。
 勿論『皆』には土方自身も含まれているし、頼りにされて悪い気はしない。
しないけれど、そんな坂田が何故自分に対して友好的な態度を見せるのか、今のところは謎だった。

「あ、なんだよ。信じてねぇな?」
「たり前ェだ。信じる機会があるとすりゃ、俺が死んだ後だな」

 近藤は元来そういう事務に対しては不得手である。
 土方とて別段長けているという訳ではないのだ。近藤よりはマシというくらいで、本来は寧ろ現場主義派である。
 それは冗談めいた語調ではあったが、自分の後釜はやはり同じ副長職の坂田が有力候補だろうとは土方が心の隅で考えていることだった。
 しかしその『有力候補』はナイナイ、と笑った後、真面目な顔をして土方を見た。

「お前は俺が死なせねぇから」
「……何だよそれ」
「さぁーて、そろそろ寝るか?」
「…ああ」

 土方の問いに答えることなく、坂田は布団に身を潜り込ませた。間延びした声はすっかりいつもの調子で、土方も深く追求はせずに坂田に倣った。一人用のシングル布団を大の男二人が使うのは少し、いや大分窮屈に感じる。

「せめェ」
「だな」
「……いや、だったら出てけよ」
「ダブルの布団買わね? 経費で」
「落ちるか!」

 他愛ないことを話し、やがて沈黙が降りる頃には座り続けで強張った身体が温かくなっていた。
 隣をチラリと見れば、どうやらもう眠り込んでいるようで。いつの間に寝たんだかと呟いて、下がっている掛け布団を肩まで引き上げてやった。心なしか瞼も重たくなってくる。
 震える寒さの冬場でも温まるのが早いのは、この寝こけた天パのお陰だろうか──なんて、調子に乗られると困るから口には出さないけれど。



end.


入り浸り坂田とか可愛いんじゃないかなと思いました。アレ、作文?

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