君の為なら死ねる

「やっと会えた!公園にもパチンコ屋にもいなかったから探したんだぞ?
……好きだ。お前のその瞳に、いつまでも俺を映していてほしい」
「え…えぇええ!?土方さん!?」
「どうしたアルカ!?おかしくなってるネ!」
「……えーと、土方くん?今日はまた一段と男前だなオイ」
「茶化すなよっ!俺はいつだって銀時と一緒にいたいんだ。キスして、抱き合って、その……ヤラシイことだって」
「…………」

いつもならそんな事を明け透けに云う筈のない恋人。
それなのに今日の土方はいつもの土方とは全く異なっていた。
いきなり万事屋に飛び込んで銀時の手を握ったかと思えば、瞳孔の閉じた瞳をトロンと熱に浮かされたように潤ませ、頬をほんのり桜色に染め上げ、他でもない銀時だけを始終見つめている。


「…何かあった?お前がンなこと云うなんて珍しいじゃねーか。とりあえずチューでもしとく?」
「ん…、して」
「ッ! 可愛いよ土方、可愛い。いつもの土方くんも最高だけどっ……」

これはこれで、またイイ。
何しろ土方と云う男は口を開けば組の心配、開かなければ咥え煙草で書類整理の、ワーカーホリックと云っても過言でない仕事大好き人間なのだ。
会えない寂しさに身をやつした銀時が屯所に忍び込もうものなら、不法侵入だなどと云い刀を向けてくる始末。土方の態度は不審者に向けるそれであり、決して恋人に向けるものとは思えない……とは思いつつ、何だかんだ云って居座っている辺りが銀時の銀時と呼べる所以である。
……土方も土方で無理矢理に追い出す気はないらしく、何だかんだ銀時の好きにさせているのだが。

とにもかくにも、銀時の唇は土方の薄い唇に愛おしく重ね合わされる……筈だった。
ジリリリリ!! とタイミング悪く、かつけたたましく鳴った電話に、新八が慌てて受話器を取る。

「はい、万事屋……ええっ、沖田さん!?」

新八にとっては予想外の人物だったらしく、驚きの声を上げた。
彼が電話をかける目的といえば十中八九この恋人のことだろう。代わるように云われたらしく、新八が受話器を差し出してくる。躊躇う事なく受け取った。

「はーい、もしもし?」
『旦那ァ、土方さんがいなくなっちまったんですが、見かけやせんでしたか?』
「…ナニ、沖田くん。土方ならここにいるけど」

やっぱりそうかと得心したように呟き、沖田は更に続けた。

『今日はお偉い天人の接待でして、その席で奴の星の郷土料理とやらが出されたんでィ』
「その皿に一服盛られた、ってことか?」
『いえ、だったら俺も一緒に被害を被ったっておかしくありやせん。……マヨネーズでさァ』
「マヨネーズ?」

マヨネーズといえば土方の好物だ。常に懐に持ち歩いていたとしても不思議ではないくらいの。

『料理にマヨネーズをかけたら、どうも相性が悪かったらしく化学反応を起こしやして、人格が180度変わっちまったんでィ。…なんかおかしくなってやせんか』
「……ああ」

土方に視線を向けると、はんなりとした微笑みが返ってきた。…確かにおかしい。見惚れる程に綺麗だが妙だ。
ツンの多い、というか寧ろツンしかないのではないかと思うくらいの土方の、滅多に見られないデレが発動しただけなのかと思っていたが、沖田の口振りからしてそういうことではないらしい。
今まで見えていなかったが、後ろの神楽と新八はこの世のものとは思えない目で土方(正確には銀時もだが本人は気がついていない)を見つめていた。

『普段の野郎が死んでもしねぇようなことしてたりしやせんか?』
「……してる」
『その内治ると思うんでそれまで預かってて下せェ』

気持ち悪すぎて見たくもない、と仁辺もなく言い捨てた沖田は、銀時の返答も待たずに電話を切ってしまった。

「……銀さん?どうしちゃったんですか、土方さんは」
「…なんか、料理にマヨネーズかけたら人格変わっちまったらしい」
「えぇっ!?」
「マジでカ!」

妖刀の一件も去ることながら、今回もまたキテレツな事態に陥っているらしい土方に、新八と神楽は二者同様に驚きを示した。

「その内治るってよ。治るまで預かってくれって頼まれたから、お前らもまぁそんな感じで頼むわ」
「そんな感じって!勘弁して下さい、見てられませんよ……」
「そうネ!ホモの乳繰り合いなんかうら若き純粋なオトメに見せるんじゃねーヨ!」
「神楽ちゃん!?」
「うら若き純粋なオトメはそんな台詞云わねぇよ。なぁ土方?」
「え……と」

急に話題を振られ、そわそわと困惑した反応をする土方は存外可愛らしい。

「銀ちゃん、顔がキモいアル。何ニヤニヤしてるネ」

ジトッと蔑みの視線を浴びせられ、はっとして顔の表情筋を引き締める。仕方ねーだろ、困った顔の土方が可愛かったんだから…と、誰に云うでもなく胸中で言い訳した。

「そういや土方、仕事は?」

非番だとは聞いていなかったが、急に決まったのだろうか。しかし、その考えは土方の放った一言に打ち砕かれることになる。


「近藤さんに押しつけた」
「えぇえ!?土方さんが!?」
「あ、あり得ないアル…!」

またしても驚く少年少女。銀時にも例に漏れず戦慄が走った。土方にはそんなつもりはないのだろうが、心の中で裏切られたような感情が渦を巻く。
土方の肩に、知らずに指を強く食い込ませていた。
痛ぇ、と文句を云う声は銀時の耳には聞こえない。

「…何でそんなことしたの? ゴリラは判子は押せても、細かい書類整理は苦手なんだって、前に云ってたじゃねーか」

その時の自分は、ゴリラに対して気遣い過ぎではないかと苦言を呈した。
自分に対する態度は辛辣なくせに、近藤には甘い土方を、面白くなく思ったりもした。
けれど、

「だってお前に会いたかったんだ、銀時」

あの時の自分が心底望んでいたかもしれない言葉を今聞いたのに、欠片も嬉しさが湧いてこないのは何故だろう。


「……銀時?」
「…ごめんな土方。お前が仕事放って来てくれても、あんま嬉しくないんだ」

土方には、手前の一番護るべきものと共に在ってほしい。
銀時がそう云うと、土方は訳が解らないと云いたげな顔をした。

「……一番?」
「ああ、そうだよ。オメーの一番は真選組だろ?」
「……何云ってるんだ、俺の一番は、んぐっ」
「それ以上云うな」

恐れている言葉が吐かれる前に、銀時は土方の口を押さえつけていた。
不思議そうに瞬きをする土方に、もどかしくなる。

「お前ら、ちょっと向こう向いててくんね?」

了承を受け取るより先に、銀時は土方の唇に己のそれを重ねていた。
熱い息を吹き込むと土方が瞠目して嫌がったが離してなんてやらない。

「ほら、目ぇ覚ませよ。それとも……」

ただ、『土方』に戻ってきてほしかった。今すぐ会いたくて、顔が見たくて────無理矢理に舌を滑り込ませた。

「んぅっ…!」

噛まれないのは、土方があまり嬉しくない魔法にかけられているからだ。苦しげに寄せられた眉間の皺が元の土方の面影を彷彿とさせ、奇妙な高陽を生む。

「見られちゃうかもしれないのが好き?…っ、はぁ」
「………ん、ふ」

焦点の合わなくなった瞳がやがて閉ざされた。鍛えられた身体は柔なくらいにあっけなく脱力し、両の足はズルズルと床に崩れ落ちる。
悩ましく音を立てた土方の肢体に、新八と神楽が振り返ろうかと逡巡したその時、

「何しくさってんだこの腐れ天パァァア!!」

綺麗に重なったアッパーと怒声を食らい、土方の代わりに銀時が床に倒れ伏す。
アッパーに顎をやられ、床に鼻を強か打って、「痛ッてェェエ!!」ともんどり打つ銀時に、神楽と新八は今度こそ振り返り、4つの瞳が安堵したように笑った。

「あ? ……ここ、…万事屋…? っうわ、鼻血出てんぞ」

汚ねぇからさっさと拭けよとぶっきらぼうに放つ、仏頂面を携えた男。

「…も、」
「…も?」

『戻ったァァアア!!!!』と異口同音に歓声を上げた万事屋の3人組に対し、土方は事情すら呑み込み切れず訳が解らないようだ。頭上にクエスチョンマークを浮かべる土方に、銀時が鼻にティッシュを詰ながら問いかける。

「お前、さっきまで別の人格に乗っ取られてたんだぜ?覚えてねーの?」
「ああ、覚えてね………ッ!?」

途端に、フラッシュバックした謎の映像。
この男の手を握り、うっとりした瞳で見つめ、極めつけは

『……好きだ。お前のその瞳に、いつまでも俺を映していてほしい』

「うがぁあッ!!!!」
「うおっ、何だよ急に!さてはアレだ、思い出したんじゃねーの?」
「おおお思い出す訳ねーだろ!忘れたに決まってる!!」
「へーェ、そうか。チューして?って、随分可愛かったけどな」
「そ、それ以上云うんじゃねぇ!云ったら斬るッ…!」
「はは、怖ぇなオイ。…でもまぁ、お前はそれがお似合いだぜ。これに懲りて、お前も甘党に乗り換えたらどうだ?」
「誰がンなことするか!テメェの小豆と一緒にすんじゃねーよ糖分フェチが!」
「糖分フェチ上等だよ。つーか治ったんならさっさと帰ってくんない?」
「テメェに云われなくても帰るわ!…近藤さんに任せちゃおけねェからな」

4人連れ立って玄関まで向かう。
土方は出て行く一歩手前のところで振り返ると、小さな声で、世話かけたなと呟いた。

「頑張れよ、副長さん」
「ああ」

階段を降る背中を、見えなくなるまで見送った。
王子様のキスで悪い魔法が解けるなんて、王道だけど悪くない。
口にしたら斬られそうだから黙っていたのだけれど、

「いつまでニヤニヤしてんですか」
「銀ちゃん、顔がキモいアル」
「……あんま見んじゃねぇよ」

こればっかりは治らない。何たって、一生かかっていたい魔法なのだ。
冬の空が夕日で朱に染まるまでには少し時間がある。暗くなる前に夕飯の買い物を済ませてしまおう。



end.


土方さんのツンを削ぎ落としたらこんなことになりました

Thank you for reading!
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -