これの続きで暗い



「七海、結婚するんだって」

そう言って、平然とした顔で隣を歩く名前に五条は「へ、へぇ……」と返した。いつも自信に満ち溢れた話し方をする五条が吃るなんて余程のことだったが、名前は行く先の信号の色をしきりに気にしていたので、自分を見る間抜け面には気付いていなかった。

「奥さんになる人、呪術師じゃないけどこの仕事に理解があって」
「ふーん……」
「優しくて、おまけに美人で、『自分にはもったいない』って、あの七海が珍しくぼやいてましたよ」
「……」
「なんか、良かったですよね」
「……オマエは平気なわけ?」
「え?」
「ん?」

目の前の信号が点滅して、二人は足を止めた。自分の問いかけにキョトンとした顔をする名前を、五条も不思議そうな顔で見返す。名前はそこで、先程からやけに歯切れの悪い先輩の意図にようやく気付いて、ハアと大きな溜息を吐いた。

「五条さんが、何を勘違いしてるか分かりませんけど」
「あ?」
「私は七海の結婚を心から祝福してるし、そこに強がりとか嫉妬はありませんから」
「……」
「……あの、私たち、今何してるか分かってます?」

名前の問いかけに、五条はぱちくりと瞬きをした。「………デート?」三拍遅れて呟いた五条に、名前がそうそうと笑ってうなづく。私、今、五条さんとデートしてる。そう言って、照れくさそうにはにかむ彼女はうんと可愛くて、どうして自分はこんなに大事なことを忘れてしまっていたんだろう、と五条は不思議に思いながら名前の空いた左手を握った。

「そっか。……まあでも」
「はい?」
「デート中に他の男の名前を出すなよ」

言ってから、その言葉の女々しさに五条は内心辟易したが、名前は少しの間を置いたあと「そうですね」と嬉しそうに言った。目の前を一台の大型トラックが駆け抜ける。赤信号はまだ変わる気配がなかった。彼女の首すじに汗で髪の毛が張りついていて、ああ今は夏なのかと思ったが、つい先程までは吐いた息が白くなるくらい寒かったような気もした。
彼女が結婚したと話した七海は先月死んだはずだよなぁとか、このあたりはどうしてこんなに人通りが少ないのかなぁとか、最後に見た名前の首には、頭がついてなかったよなぁとか、そんなことを思い出しそうになって五条は名前の声も振り切り赤信号を飛び出した。


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