恋に上下の隔てなし



「なあなあお前ら、ちょっと面白いことしようぜ」


社食で同期の伊黒と昼食をとっていると、一際目立つ背の高い男が俺たちのテーブルに影を落とした。

「なんだ宇髄、食事中だ、騒がしい」
「お?お前が飯だなんて珍しいじゃねえか」
「ンなの別にいいだろォ、放っとけ。で、要件はなんだよ」
「まぁまぁそう怒んなって。いやな、来週バレンタインだろ?そこでだ、俺と煉獄、それからお前らの4人の中で誰が1番貰えるか勝負しようぜ」

「ハァ?」というのは声に出ていたと思う。学生でもあるまいし、よくそんなくだらないことを思いつくもんだ。

「俺は参加しない。そもそも甘露寺以外から受け取らない」
「俺も別に興味ねぇなァ。そもそも今年から廃止になっただろがァ」
「まぁそうだけどよ、それでも絶対、渡してくるやつはいるぜ」

そう、今年からバレンタインやイベント毎の社内でのプレゼント交換の類は廃止になったのだ。理由はまあ色々らしいが、そんなことに時間を割く暇があるなら書類のひとつやふたつまともに提出してほしいので、大いに賛成である。

「ま、とにかくだ。伊黒は棄権としても、不死川、お前はフリーなんだし、業務中ちょっとばかし微笑んでやりゃあ楽勝だろ」

「日曜までに受け取った数だからな!」と、乗り切らない俺たちを他所にグイグイと話を進めるこの脳内年中お祭り男は、そう言って俺の肩をバシンと叩き、その整った面構にのる唇に弧を描いて席を離れていった。

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今年のバレンタインは日曜日だから、渡すならやっぱり金曜日だよね。と、廃止になったにも関わらず懲りずに施策に耽るのは、渡したい相手がいるからで。入社して初めてのバレンタインなのに、今年から廃止になったと知らされた時はそれはそれは嘆いたものだ。でも廃止というだけで禁止ではないのだから、日頃の感謝を伝える機会として利用させていただいてもいいだろう。それからあわよくばもう少し、お近づきになりたい。と、独自の解釈を経て用意したのはマドレーヌ。チョコレートじゃあありきたりだし、キャンディじゃなんだか味気ない。少しなら日持ちもする焼き菓子ならカップケーキも悩んだが、食べやすさで言えばマドレーヌの方が上だろう。そんな理由から選んだのだけど、贈り物にはそれぞれ意味があることはもちろん大凡年の数だけ過ごしてきたバレンタインから持ち合わせている。やはり、マドレーヌでいいだろう。一男性がその意味まで理解していることはないだろうし。ああ、でもあの方は博学そうだからもしかしたら。


ともあれ、どうか、無事に受け取ってもらえ彼の味覚に合致することを願うには越したことない。


不死川主任は入社してまもなく配属されたグループのリーダーで、それはそれは仕事ができる大変頼もしい方だ。高い上背と、スーツの上からでもわかる鍛えられた身体でスタイルは抜群。キーボードを叩く長い指は男性らしくゴツゴツとしているのに、発せられる低音は脳が痺れるほど心地いい。もちろんお顔は申し分ないほど整っていて、書類を読むときに伏せられる瞼から伸びる長いまつ毛がとってもセクシー。理由はわからないけれど、顔を横切る大きな傷はわたしからしてみれば主任の色気を増大させるひとつだし、それから、とても、とってもいい匂いもするのだから困る。

普段の業務で笑っている様子は見られないし、むしろ、理不尽な案件に憤怒しているところの方が印象強い。ただ、一度だけ食堂で、同期だろう他部署の方と破顔して談笑しているのを見た時は、もう、そのギャップと衝撃とかわいさに、自分が溶けて無くなってしまうかと思った。

そう、わたしは不死川主任が好きなのだ。新卒の、ただの一般社員を不死川主任が相手にする訳ないのだけれど、それでもやっぱりバレンタインはそういう日であるのだ。さらには、不死川主任は甘いものがお好きだと、先輩社員の噂で小耳に挟んだ。これはバレンタインということをぬかしても、都合良く、日頃の感謝と称して渡すには十分な理由だと思ったのだけれど、その分、きっと例年あったバレンタインでは恐らく数多の包みで鞄を埋めたに違いない。所謂ライバルとやらは多いはず。

でも今年は皆さんどうするのかしら。やっぱり決まりは守るべき?そもそも不死川主任、そういうの厳しそうだもんなあ…あ、因みに、恋人がいないということは風の噂で確認済みである。

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あれこれ悩んでいるとあっという間に金曜日で、業務終了まであと僅かとなっていた。課されたノルマは終わっていて、あとは主任に報告書を渡すだけだ。

「不死川主任、チェックいただいてもよろしいでしょうか?」
「おォ、そこ置いとけェ」
「はい。…」
「…ん?なんだ、まだなんかあんのか?」
「あっ、いえ、大丈夫です!お疲れ様です!」
「お疲れェ」

何を渡そうかばかり考えていて、いつ渡すかを全く想定していなかった。わたしたち一般社員と違って、主任は定時ぴったりに席を立つことはない。残業自体は会社の規定上できないことになっているので(まずもって主任の采配が素晴らしいので残業になることはないのだけれど!)規律を重んじる主任に限って残業をしているわけではないだろうと思っていた。が、どうやらその理由が、わたしたち全員が帰ってから帰宅するという至極単純であり、最上の気遣いだったと知った時は、もうほんとうに膝から崩れ落ちそうになった。なんだってあの方は、ズルい、ズルすぎる。

終業時刻を知らせるベルが鳴り、各々が片付けを始め次々に席を立っていく。いつもならわたしもその波に乗って帰宅するのだけれど、今日はそうもいかない。なるべく、不審になりすぎないようにゆっくりと、デスク周りを片付けていると、やがて人の波は去り、残すは上座に座る不死川主任とわたしだけになっていた。この様子だと、やはり皆さん廃止ルールに従ったのかもしれない。

幸か不幸か、わたしだけに巡ってきたチャンスだと思い、意を決して席を立った。

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今週も滞りなく業務は終了し、いつも通りの週末がくる。唯一点を除いては。

もう誰も残っていない部署内で、デスクに置かれたターコイズグリーンの包みが俺の身体を動かしてくれない。日頃のお礼だと、疲れた時には甘いものだと、そう捲し立てて置いていかれたわけだが、わかりやすく顔を染める彼女を見て合点がいってしまったのは、頭の片隅に宇髄の言葉が残っていたからかもしれない。そもそもが廃止なのだから、有り得るはずもないのだけれど、今週は特に声を荒げることもなければ、至って平穏な1週間だった。別に笑みを撒いたわけでないのは確かだが。週末がバレンタインであることは、昼の伊黒との会話で思い出していたけれど、でもまさかわざわざ廃止の中、しかも俺相手に例年通りの行動をしてくるやつがいるとは思っていなかった。まあ例年であってもこういった類を受け取ったことはないのだが。

「はて、どうしたもんかねェ…」

この後綺麗に巻かれたリボンを解きその中身を確認したとき、再び頭を悩ませることになるのを今の俺はまだ知る由もなかった。





ハッピーバレンタイン!
2021.02.14

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