トリ・トリ



「名前ちゃん、いらっしゃーい!」
「おじゃまします。今日はお招きありがとう」
「名前ちゃん!あ、えっと、あっと…」
「ん?」
「就也、トリックオアトリートよ」
「そうだ、っと、とりっくおあ、とりーと!」
「んふふ、はい、お菓子をどうぞ」
「やったー!!」


妹弟たちがハロウィンパーティをするから来ないかと、実弥くんに誘われて久しぶりの不死川家の玄関を開けると、丸々としたかぼちゃの衣装に身を包んだ就也くんは、ちょっぴり頬を染めながら貞子ちゃんの耳打ちに頷いて元気いっぱいに合言葉を唱えた。


「これ全部名前ちゃんの手作り?」
「うん、一応…」
「すげえ、このコウモリ目がキラキラしてる」
「こっちのおばけはアイシングってやつね!」

招かれるならと作ってきたハロウィンのキャラクターを象ったクッキーをお決まりのやり取りを添えてそれぞれに手渡せば、思いの外評価を得てなんだか照れ臭い。

「ねえ!これかぼちゃ味だよ!」
「こっちはチョコ!」
「えー!形と味もみんな違うの?」
「かわいいー!食べるのもったいない」
「名前ちゃん、今度作り方教えてくれる?」
「もちろん!わたしでよければ一緒に作ろう」
「やったあ、ありがとう」

嬉々とした表情につられて応えれば、寿美ちゃんと貞子ちゃんは揃って両手を上げて喜んだ。


オレンジと紫に彩られたリビングには可愛らしいモチーフからちょっとおっかないゾンビまで様々な装飾で飾られていて、昨夜遅くまで全員でがんばったんだと玄弥くんが教えてくれた。わたしが子供の頃はこんなふうに大々的なイベントではなかったなあ、なんて、ことくんが描いたというやけにリアルな吸血鬼の絵を見ながらぼんやりと思う。

「…、名前?」
「…っ、あ、実弥くん」
「どうかしたのかァ?」
「っ、あ、うん。なんか、ハロウィンってもうすっかり定番のイベントだなあって」
「うん?」
「ほら、わたしたちが小さいときはなかったでしょう?でも、こうやってイベントが増えるのは楽しいね」
「あァ、うん。だなァ」

ゆったりとそう答えてきゃっきゃとはしゃぐみんなを見る実弥くんはすっかりお兄さんの顔で、普段とはまた違うその稀有な表情につい見惚れてしまう。

「兄ちゃんたち、ピザきたよ!」
「名前ちゃんはやく食べよー!」
「おぅ、すぐ行くわァ」

柔らかく笑って弘くんの呼び掛けに片手をあげた実弥くんの表情にきゅんと胸を叩かれながら、揃って、すでに盛り上がっているダイニングに向かった。


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「おれ、もうお腹いっぱい…」

限界まで食べたと言うことくんがソファに沈んでいくのを傍目にすっかり綺麗になった紙箱を寿美ちゃんと一緒に片付ける。実弥くんたちは隣の部屋でトランプを広げて盛り上がっているようだ。

「名前ちゃん、手伝ってくれてありがとう」
「ううん、こちらこそ。誘ってくれてありがとう」
「もちろんだよ!みんな名前ちゃんがきてくれるの楽しみにしてたから」
「本当?嬉しいな」
「実弥お兄ちゃんも、随分と張り切ってたのよ」
「え?」
「ハロウィンするんだあって言ったらね、名前ちゃんも連れてくるからな、ってわざわざ宣言するんだもん」
「っ、そんなこと言ってたの?」
「うん。わたしたちはもちろん大歓迎だし、むしろそのつもりで誘ったんだけど、実弥お兄ちゃんはそれ以上に名前ちゃんを自慢したいみたいね」

思わぬ裏話に手が止まるわたしに向かって寿美ちゃんはにっこりと微笑んだ。

「そ、そうなのかしら…」
「もちろん!だってお兄ちゃん、名前ちゃんのことだいすきだもん」

追撃と言わんばかりにそう朗らかに告げた寿美ちゃんはキッチンへと踵を返す。わたしはというと、第三者からとはいえそんなことを聞いて仕舞えば早々に赤くなる頬を持て余して動けない。


高校1年生で出会って、程なくして交際へと発展した実弥くんとはもう7年の付き合いである。かなり長い年月を過ごしているとはいえ、実弥くんは案外口下手で好きだの愛してるだのをあまり口にしない。だからといって愛情表現が乏しいのかというとそういうわけではなく、どこでだって当たり前のように繋がれる指先に、おはようとおやすみ、いってらっしゃいのキスに。作ったごはんに寄せられるおいしいとありがとう、抱き合って眠る夜にだって、愛されていることを実感する。


けれどやっぱり、だいすきという4文字の破壊力はまた別なのだ。それが例え寿美ちゃんの口から発せられたものであっても、実弥くんがわたしのことをわたし以外にそんなふうに話してくれていること、そうは言わなくてもそんなふうに思えるくらいに、大切にしているとわかるくらいに体現しているのだとすれば、それはちょっとかなり、参ってしまう。

「…やっぱり実弥くんはずるいなあ」
「俺が、なんだってェ?」
「っ、!」

突然真後ろから掛かった耳触りの良い声色に、停止していた身体を跳ねさせて振り向けば、どういうわけか綺麗な素色に黒猫の髪ゴムを2つも付けた実弥くんが立っていた。

「さ、実弥くん…それ、髪…」
「ン?あァ、手加減してやったのによォ、俺が負けたからって、貞子が」
「ん、ふふ、お兄ちゃんやさしい」
「まァ一応勝負だからなァ…つーか、名前さっき俺のこと呼んでなかったか?」
「あっ…えーと、呼んだっていうか、その…」

寿美ちゃんとのやり取りを正直に話すことが躊躇われて、もうほとんど綺麗なテーブルの上を布巾で撫でる。

「寿美になんか言われたのか?」
「えっ!いや、そんなことはないよ!うん…」
「ほんとか「あーっ、さねみにーちゃんが名前ちゃんこまらしてる!」
「へ?」

ドタドタと足音が聞こえたかと思うと、就也くんがわたしたちを指差してそう叫んだ。その声にまたも足音が聞こえて、何事かとやってきた妹弟たちが次々と顔を覗かせる。

「名前ちゃん、兄ちゃんがなんかしたのか?」
「え?」
「実弥お兄ちゃんでも名前ちゃんに変なことするの許さないからね?」
「いや、そんな、何も、」
「兄貴…ほら、チビたちがいるんだからそういうのは、な?」
「兄ちゃん、夫婦喧嘩は犬も食わないんだぜ?」
「なっ、」
「…っだァ!お前ら、ちょっと待てって!」

完全に悪者に仕立て上げられた実弥くんは、ガシガシと頭を掻いて声を上げた。

「なあに?みんなどうしたの?」

騒ぎを聞いた寿美ちゃんがキッチンから戻ってきて、わたしたちをぐるりと見回して不思議そうに首を傾げる。

「あ、いや…なんか大ごとになっちゃって…」
「寿美ィ…お前名前に何か言っただろ」
「え?」
「あっ、寿美ちゃん、なんでもないの!」
「うーん…なんだろ……あ、お兄ちゃんが名前ちゃんをだいすきだって話だ?」
「ハァ?!」
「ちょ、寿美ちゃん!」

けろりと笑った寿美ちゃんに、実弥くんは僅かに顔色を変えながら目をまんまるにした。

「あれ、違った?」
「ッ…寿美、お前いつからンなませたことするようになったんだァ?」
「え、でも本当のことでしょう?」
「…ッ、だとしてもだなァ、!」
「っ、ま、まあまあ兄貴!落ち着けって!」

いつの間にか貞子ちゃんが弟3人を連れて席を外し、割って入ってきた玄弥くんが仲を取り持ってことなきを得たけれど、一枚上手なのは寿美ちゃんのようで、実弥くんは珍しく動揺しているように見える。

「お兄ちゃんは案外不器用なんだから。ちゃんと普段から言葉にしなきゃわかんないわよー」

ひらひらと手を振りながら再びキッチンへと消えた寿美ちゃんに、赤い顔を覆った実弥くんは手近な椅子に座るとハァと息を吐いた。

「ったく、あいつは…」
「ま、まぁ兄貴、寿美には俺からも言っとくから、」

どういうわけか実弥くん以上に動揺しているように見える玄弥くんはそう言うと、少なからずそれらの余波を受けているわたしに向き直る。

「えーっと、名前さん」
「は、はい」
「これからも、兄貴をよろしくお願いします!」
「へ?」
「ッ、玄弥ァ!!」

ぺろりと舌をだして悪戯に笑った玄弥くんは素早く踵を返してリビングへと消えていった。瞬間、噛み付かんばかりの勢いで立ち上がったものの、追いかける気力を失ったように実弥くんは再び腰掛ける。

「あいつら揃って揶揄いやがって…」
「…でも、嬉しいよ?」
「あァ?」
「だって、実弥くんがわたしのことそんなふうに話してくれてるのかなって思ったら、嬉しい以外ないじゃない」

正直な本音を告げれば、実弥くんはぱちぱちと睫毛を合わせたあと、結わえられたゴムを外して前髪を乱した。

「まァ、嘘はねェからなァ」
「うん」
「けど、格好がつかねェ」
「いつも格好いいよ?」
「ッ…名前までンなこと言いやがるゥ…」
「でも、嘘はないもーん!」

へらりと笑えば実弥くんはもう一度顔を覆ってふーっと長い息を吐く。その様子に、少しふざけすぎたかしらと伺っていれば、ゆっくりと顔を上げた実弥くんはわたしの腕をそっと取った。

「名前」
「ん?」
「ハロウィンだからよォ、全部悪戯っつーことだよなァ?」
「え?あ、うん、そうだね」
「つーことは、俺もいいんだよなァ?」
「へ?」
「トリックオアトリート」
「なっ、そんな急に、!」
「あいつらに配ったクッキーは?」
「…あ、あれはみんな用に…で、えっと…」
「じゃあねェっつうことだ?」
「…はい」
「それじゃァ、仕方がねェよなァ?」
「っ、ま、待って、実弥くん!」

ぐいっと引かれた腕にぐらりと揺れた身体は、座ったままの実弥くんに寄り掛かるように体制を崩す。

「ま、待って、」
「うん?」
「そんな…こ、ここじゃ、ダメだよ…」
「ハッ、なら早く帰ンねェとなァ」


掴まれていた腕から降りた指先がきゅっと絡んで繋がったまま、お礼もさよならもそこそこに不死川家の玄関をあとにして、いつもより些か速い気がするスピードで自宅へと帰り着いた。

そうして靴を脱いでコートを掛ける間も依然絡んだままの指先に誘われて、どさりとベッドに倒れ込む。

「実弥くん、っ!」
「名前」
「っ、」
「トリックオアトリート。お菓子がねェなら、悪戯するな」

にっこりと口端を上げた実弥くんはすっかり、さっきまでの柔和なお兄ちゃんの顔ではない。

「…っ、お手柔らか、に…」




けれどやっぱりどんな表情も全部好きだなあなんて、余裕などないくせに思っていれば、落ちてきた唇はあまいあまいキャンディーの味がした。





2021.10.31

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