リスト02、適当に誤魔化す事



任務の途中だった。ロシアンルーレットをお酒でやったのは。
幸いにもその対象者の前で何かある事もなく、取引は無事終了、帰り道に人通りが少ない道を三人で歩いている時に体の異変に気が付いた
それは俺だけではなく、どうやらバーボンもらしく俺たち二人の足取りは遅くなり、スコッチだけは平然と歩いていた。スコッチもバーボンなら支えて歩けるだろうと、先に行くように合図をし、そこに座った直後人の気配がし、すぐそこにいた二人が影に隠れた。人畜無害そうな女
利用するのはちょうどいい、ただそれと同時に若干の不安はあった。一般人、しかもこんなお人よしを巻き込んだらという不安
それでも他に見つかるよりはマシだろうと、彼女に任せ、あとの二人はそれを見た後にいなくなったんだろう。ついでに面倒だから記憶喪失のふりもした

お人よしどころじゃ済まないような性格なのは一日一緒にいてすぐにわかった。隠れ蓑にするにはちょうどよく、目的を果たすために利用するのもいいだろうと
布団をあてがわれたが当然知らない奴の家で安心して眠るわけにもいかない、それにこの女性も知らない男性を目の前にして眠れるわけが無いだろう。そう思った数秒後、呼吸が深いものに変わった。なんというか…扱いに困る、新しい、というよりも会った事が無い性格をしていてどうしたらいいのかわからない。痺れは治まったもののまだ本調子とはいかない、少しは寝ていたほうがいいんだろう、そう考えて布団に寝転がった。相変わらず隣からは静かな寝息が聞こえて、なぜかそれが妙に心地よく思えてそのまましっかりと眠っていた

次に気づいたのはカーテンを勢いよく開ける音と、朝日が顔にかかって眩しくて顔を歪めた時。こうやって起こされるのはいつ依頼か、いや、もしかしたら一度も無かったのかもしれない。

「オリーブさん、起きて、朝だよ」

どうやら俺の名前はオリーブという事になったらしい。どこからオリーブが出たきたのかわからないが、ぽちとかよりは外で呼ぶのはマシだろう。久しぶりに浸かるように寝た気がして体を起こした。ベッドから飛び降りるように降りた彼女は俺を飛び越えて洗面所のほうへ行き、歯磨きの音が聞こえ始めたと思ったら磨きながら出てきた。キッチンへ行って何かをしてからまた戻っていき、俺は布団の上で片足を立てたままそこに肘を乗せていた。畳むか。とりあえず泊まらせてもらったし、布団まで借りた事もあり畳むくらいはしようかと立ち上がると着替えを済ませた彼女が洗面所から出てきた

「あ、布団はそのままでいいよ。シーツとかお洗濯しちゃうし。タオル置いておいたから洗面所使って…あ、櫛使う?っていうか結んであげようか」

落ち着きの無い…いや、バーボンと似たり寄ったりだがねちっこいあいつと比べて疑問は一つしか飛んできていない。とりあえず布団の件は彼女に任せようと洗面所を使わせてもらう事にした。髪の件は「好きにしろ」とだけ返して洗面所に向かい、用意されていたものを使わせてもらった。
洗面所から出ていけば、待っていたのは櫛を持った彼女。座れと言わんばかりにローテーブルの前に座布団を置かれて、手で促されたのでため息を吐き出して座った。
俺の後ろに立って髪に櫛を通していく彼女を、テーブルの上に置かれた小さな鏡越しに見た

「なんでオリーブなんだ?」

「目の色、綺麗なオリーブ色だったなって思って」

「そうか」

会話はそれだけで終わった。梳かし終わったらしいその髪を一つに結ぼうと奮闘し、一人で「はっ、ふっ」なんて気合を入れながら結んで行った。最終的には晴れ晴れとした顔でやりきったというように俺を鏡越しにどや顔で見てくる。ありがとう、というべきなのだろうか、そもそもで俺が頼んだ事じゃないが、そういう言葉の見返りが欲しいというわけでも無さそうで再び動き始めた。
先ほどから室内に漂うコーヒーの匂い、それは今度は俺の目の前でする。まあ当然か、マグカップに入ってるコーヒーが俺の前に置かれたから

「朝ごはん何も無かったから途中でなんか食べようか…」

「ん?すまないな。俺のぶんは気にしないで食べてくれ」

「ううん、私のぶんもないの」

嘘をついているような顔じゃない、苦笑いを浮かべて困った顔をする彼女のご飯があるにしろ無いにしろ押し問答をしたって意味は無いのでそれ以上は何も突っ込まない事にした

「そうか…」

「ミルクとお砂糖は?」

「いや、いい」

掌から市販されているそれを出した彼女が俺の返事を聞いてから自分のコーヒーの中にそれを入れていた。マグカップを手に持ちそれに口をつけて飲み込んで、彼女も混ぜ終えてすぐに口をつけていた。警戒心の無さ…いや、それよりもまるで何か月も一緒にいるかのような雰囲気にため息さえ出た

「ところで、一緒に行くと言っていたが、本当に行くのか?」

「うん、ホテルでしょ!行くよ」

「どこのホテルに、だ?」

俺からの質問に彼女は唇をきゅうにきゅっと結んだ。言うのをやめたとかそういうのではなく、考えていませんと言わんばかりにきゅっと

「…だ…だっ…このへんのホテルにこの人見てませんかって聞けば…」

「このあたりのホテルだとは限らないだろう?」

「ぐっ…た、探偵なら少しのヒントでどうにかなるぐう…」

顔を背ける彼女をどうしたら笑わないでいられようか。若干鼻で笑ってしまったが、それに気づいた彼女がこっちを見てくる。恨めしそうな顔で見られても先にふざけたのはそっちだろう。そもそもホテルに連れていかれても自分を知っている人物などは存在しない
付き合ってやってもいいが、あまりうろうろするのも都合はよくない…が、何かしないと納得しそうにないな

「その少しのヒントも無いのが現状だ」

「…あ、でも、歩きですよね。周りに置いてある車も無かったし…車ならどこかの駐車場とか」

あまり賢くは無く、それを見たらそうとしか言わなさそうな感じはあったが、実際そうでも無いらしい。とりあえず付き合うしかないかと、この彼女が納得するまで好きにさせるしかなさそうだ。それにこの好奇心いっぱいの瞳を曇らせるのはどうにも気分が悪い。
コーヒーを飲み終わってから、とりあえず近くのコインパーキングに行く事になったが鍵が無いなら車が開いているとか言い出して車の周りをうろうろするものだから一台の車が反応して音を鳴らしたり、利用させてもらうつもりが、余計な事に俺のほうが首を突っ込んでしまった気がしてならない。
駐車場を見て回ってさすがに空腹と疲れが出たんだろう、近くのカフェに入ろうというのでカフェに入って遅い朝食になった

いいというのに、気になるという理由で結局俺にまで朝食を買われて店内でのんびりコーヒータイムだ。昨日は夜遅いから、今日は記憶の無い人を放っておけないと理由で結局一緒になってうろうろしているんだから変なやつだ。食べ終わってからすぐにホテルを歩いて回るらしく、外へ出た

「食べてすぐに動くと腹が痛くなるぞ」

「でも時間無くなっちゃう」

「一人で大丈夫だと」

「お金も無いんでしょう?」

「まあ…そうだな」

このお節介はどうしたらいいのか、そう考えたらホテルまでの道のりを歩く女性は年相応よりも幼く見えた。…年も名前も知らないがな。聞くつもりも無いし、今日だけでこのお節介な女性ともお別れだろうし。ホテルを三件ほど回った後にため息を吐き出した彼女が、観念したようにこっちを見上げてきた

「オリーブさん…今日も泊まります?」

「いや、大丈夫だ」

「私役立たずですね」

「そんなことは…あー…じゃあ、金を借りられるか?」

荷物はバーボンたちが持っている。家に帰るにも途中で車を取りに行っても結局何かしらに金は使うだろう。まあでも無くても問題は無いし、金があるという事でホテルでもどこにでも行ける、それなら何も文句は無いだろうが、多分貸すのは抵抗あるだろうな、それなら諦めて放っておいてくれないか、そう思っての事だったのに彼女は何のためらいも無く財布から一万を取り出して差し出してきた

「はい」

「…いいのか?」

「うん、当たり前!とりあえずわかりそうなところまで送ろうか」

「いや…ああ、そうだな、君の家まで戻ったほうがいいか」

原因作ったのは自分、ここから帰すのも気が引けるのでせめて家までは送ろうと思った。うなづいた彼女とまた歩いて家のほうまで戻ればすっかり時刻は夕方、彼女の家の前で足を止めれば彼女も一緒に足を止めた

「あー、っと…何も出来なくてごめんなさい」

「いや、充分助けてもらった」

「ううん。でも今日もどうしようも無かったら言ってね」

「ああ、ありがとう」

「明日は仕事だから…あ、仕事先渡しておくから」

とりあえず、気の済むまでやらせるか…。バッグから取り出したメモ帳にペンでなにかを書いた彼女がそれを俺に差し出してきたので受け取る。会社名の書かれたメモ、名前を俺に言ってないのは多分頭にないんだろうが必要は無いだろう。彼女は手を振ってアパートのほうへと入って行くのを見てから歩き出した。少し進んだところで傍らに車が停まったのでそれに乗り込んだ

「すまないな」

「まったく、面倒な事をしてくれますね」

「そういうなよバーボン…無害な一般人だと思わなくて隠れた俺らにも非があるって」

「僕たちに非はありませんよ。無害かどうかわかりませんし」

俺の車を運転しているのはバーボンで、後ろにはスコッチ。スコッチが俺にとっさに持って行った荷物を手渡してきたのでそれを受け取ってしまうべき場所にしまっていく。財布の中には借りた一万も入れた。バーボンたちが来るのを知っていたら借りる必要は無かっただろうが、来るとも限らなければ借りなければ納得しないだろうし、どっちみちだっただろう。途中で二人が降りてからは運転席に俺が移動して自分が住んでいるところに戻った

切れていた携帯の電池、充電器に差し込んで電源を入れたら着信があったらしく携帯のバイブがその知らせを教えるかのように二回ほど鳴った
着信は四件、一件目は組織、他三件は宮野明美から。そのうちの一つに留守電が入っていたので耳にあてる

ピー

’もしもし?大ちゃん?全然電話に出ないから心配で…なんでも無ければいいの。今日美味しそうなベーグルのお店を見つけたから今度一緒に行こうね’

高い音の後に聞こえた聞きなれた声、もう一度高い音が聞こえてから留守電の再生は終わった。電話をかけなおさないのは、かけなおさなくてもそのうちまた来るだろうと思ってだが…一応メールで「すまない。帰った」とだけ送り、その1分後には電話が来た
俺でも取り扱い不能なマシンガントーク、しかも話すだけ話して満足して通話を切った。

騒がしくて、でも真っすぐで正直な女だったと今でもよく覚えてる

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