Secret in the moonlight | ナノ


▽ sequel 3


しばらく走った後に二人は海へと着いた。季節はもう秋も終盤に迫っているため、他に訪れている人はおらず、そこにいるのは優華と降谷の二人だけだ。サクサクと音を立てながら二人並んで砂浜を歩く。他に人の気配はないが、誰の目に触れるかもわからないため、降谷はあくまで「安室透」として振舞う。優華も口調はそのままだが、あくまで呼ぶ相手は「安室透」に切り替える。

「あなたのパートナーには報告したんですか?」
「うん、話したよ。・・・頭を撫でて幸せになれって言ってくれた。」

ふわりと嬉しそうに笑う優華に降谷も思わず目を細める。反対されることを覚悟のうえで報告したものの、疾風は複雑そうな瞳はしながらも優華の決意を否定することはなかったということだ。

「そうですか。・・・それにしてもよく反対されなかったですね。」

あれだけ敵意をあからさまに向けてきた相手が賛成してくれたのは正直予想外だった。少なくともすんなりと祝福などありえないと思っていたくらいだ。最も降谷には何を言われても優華を手放す気などさらさらなかった。もしも必要であれば実力行使をしてでも認めさせるくらいの決意は抱えていた。とは言え優華がそれを望むとは思えなかったので、あっさりと認められたことが喜ばしいことに変わりはない。

「それがね、どうも仲のいい先輩たちが一肌脱いでくれたみたいなの。」
「仲のいい先輩たち?」
「うん、私が死神になったばかりの時に色々と教えてもらった先輩とそのパートナーの子なんだけど、反対してた疾風に私を幸せにしてくれる相手ならいいんじゃないかって・・・言ってくれたみたい。」

優華と降谷がすれ違っていた時に優華の異変を察した都筑が疾風から情報を聞き出していたとは思いもよらなかったが、これ以上ない援軍であったことは間違いない。優華はお礼に今度都筑にポアロのケーキを持っていこうかななんて考えていた。甘いもの好きな都筑はきっと喜んでくれるだろう。黒崎はあまり甘いものを率先して食べるイメージはないので甘さ控えめのチーズケーキなどもいいかもしれない。

「そうですか。じゃああなたのパートナーはもちろんですがその先輩たちとやらの期待も裏切らないようにしないといけませんね。」
「私、透さんと一緒にいられたらもうそれだけでこれ以上なく幸せだよ。」
「優華さんは欲がないですね。」
「そんなわけないじゃない。透さんみたいな将来のある人を縛り付けるんだよ。これ以上ないほど我儘で――贅沢だよ。」

優華は目を細めて憂うようにじっと海を見つめる。降谷は容姿がいい。頭の回転も速い。仕事においても年齢の割に普通よりも高い地位にいる。所謂出世組というやつだ。降谷が望めばもっと地位も名誉も得ることが出来るような相手との交際も可能なはずだ。けれど優華が共にいることで降谷がそれを手に入れることは出来なくなる。

「こら。」
「え?って痛い痛い!」

そんなことをぼんやりと考えていると、頬をつねられる。優華が目を丸くして降谷に視線を送るとそこには不満そうな顔をした降谷がいた。

「何か余計なことを考えているでしょう?さっきも言いましたが、優華さんとともにいることは僕自身が望んでいることです。・・・僕は常に危険な環境下にその身を置いています。いつかあなたを悲しませることになるかもしれない。そう分かっていても僕はあなたを手放せないんです。すみませんが諦めてください。」
「・・・っ・・・。」

次の瞬間優華は降谷に抱きすくめられていた。久しぶりの降谷の匂いに包まれたと思ったら後頭部を支えられ、上を向かされる。あ、と思った次の瞬間には降谷の唇が重ねられる。数度触れるだけのキスを交わした後、降谷の舌が優華の唇を割り開いて入ってくる。ぬるりとした感触に思わず優華の背中はゾクリと反応し、吐息が漏れる。下顎、上顎と丁寧に歯列をなぞられたと思ったら舌を絡めとられ、優華は降谷の動きに翻弄されていく。いつの間にか頭の中にあった色んな考えは消えていき、ただ降谷とのキスに呑まれていく。降谷がそっと唇を離すと、そこには息も絶え絶えに頬を赤くして降谷を見上げる優華がいた。降谷自身がけしかけた結果ではあるが、その姿は非常に直視し難いものだった。――色んな意味で。

「・・・僕の気持ちが伝わったでしょう?」
「も・・・・透さん、のバカ・・・っ。」
「ははっ。・・・自分でけしかけといてなんですが、これ以上あなたのそんな顔を見てたら我慢できなくなりそうですね。」
「・・・え?」
「――帰せなくなりそうってことですよ。」

最初きょとんとした顔をした優華だったが、色を含んだような音で紡がれたその言葉に優華の顔はますます赤くなっていく。いくら恋愛経験が乏しいとはいえ、その意味が分からない程子供ではない。

「行きましょうか。」

優華のそんな反応に降谷は笑うとポンポンとあやすように頭を撫でると優華の手を取り歩き出す。降谷がそういうことを望んでいるのはもちろんだが、優華が望まないのに無理強いする気はなかった。優華の気持ちが追いつくまで待つつもりだ。だからこそそういった雰囲気はかき消して何でもないように笑う。

「・・・透さん・・・っ。」
「・・・なんです?」

突如思いつめたような表情で名前を呼ばれ、降谷は珍しく瞠目する。そんな降谷の反応に優華は一瞬迷うように瞳をさ迷わせる。

「その・・・透さんは明日も仕事?」
「いえ、明日は珍しく休みですが・・・どうしました?」

降谷の言葉に優華は言い淀むように口を開いたり閉じたりいまいち煮え切らない。けれどそんな優華を見つめる瞳はこの上なく優しい光を宿している。

「その・・・私も明日・・・休みなんだ。」

俯いたまま絞り出すように吐き出されたその言葉に降谷は目を見開く。降谷がどんな反応をしているのか直視することは出来なくて、優華は降谷から視線をそらしたまま話を続ける。

「それで、その・・・うわっ!?」

話途中で優華は思いきり降谷に抱きしめられ、色気の欠片もない声が出てしまったのは仕方のないことだろう。次の瞬間には降谷が噛みつくように優華にキスを落とした。先程腰が砕けるほどの甘いキスを与えられたばかりにも関わらず、再度の深いキスに優華は今度こそ腰の力が抜けてしまう。そんな優華を降谷は危なげなく抱き留める。

「―――なら帰らなくてもいいんだな?」

本来ならば外では隠されているはずの「降谷零」を隠すこともなく、不敵に笑うその瞳には隠しきれない情欲が見え隠れしており、優華は思わず咽喉を鳴らす。まるで狼に囚われてしまった兎のような感覚に陥る。けれどその狼が降谷ならばむしろ喜んで自分から飛び込んでいきたいとすら思ってしまうのだから、どれだけ降谷におぼれているのかがよくわかる。そんなことを考えながら優華は真っ赤な顔で頷いた。

結局のところどうあがいてもお互いがお互いから離れられない。それくらい二人はお互いを必要としている。ならば立場など気にせずどこまでも二人で突き進めばいい。きっとお互いの存在はお互いにとって強さとなるのだから。

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