Masquerade | ナノ


▽ episode.6


優華が安室に連れてこられた和食店は街中から少し離れたところにあり、ちょっとした隠れ家のような場所になっていた。建物は和の趣があるが、堅苦しくなりすぎない程度に抜かれた作りが優華は気に入った。どうやら店内は基本的に個室になっているらしく、ある程度周りを気にせず落ち着いて食事がとれそうだ。メニューを見て二人は日替わり御膳を頼むと、他愛もない話に興じる。それが年齢の話になった時、優華はただただ驚かせられるはめになる。

「29歳!?」
「・・・そんなに意外ですか?」

まるでありえないものを見るかのように安室の頭から足元へと視線を巡らせる優華に、安室は思わず苦笑いする。

「いや、その・・・。」
「はい?」
「てっきり・・・20歳ちょいくらいかと・・・。」

気まずそうに視線を逸らす優華の発言から、優華が安室のことを自分よりも年下だと思っていたらしいことが発覚する。

「・・・まあ童顔なのは認めますが。そういう優華さんは?」
「・・・女に年聞くの?」
「ああ、安心してください。あなたのことは女性としてカウントしていませんので。・・・その方が僕と一緒の仕事も安心出来るでしょう?」

優華を気遣っているようで果てしなく失礼なことをニコリと笑顔のまま宣う安室に優華は思わず頬をひきつらせる。女として扱わないのは仕事中だけでいい。それにそもそもこんな無神経な扱いをされて喜ぶ人などそうそういない。先程の「中身は知らない」発言を根に持たれているのか。それにしても。

「・・・安室さん、猫被ってたでしょ。」
「さあ?どうですかね。で?」

クスリと笑みを浮かべながら頬杖をつき優華の方を見る安室からは答えるまでこの話は終わらさないとばかりの空気を感じる。そんなに人の年が気になるものだろうか。優華はそんなことを思いながらも年齢くらいならと正直に答える。

「24よ。」
「へえ。あなたは思ったよりも若いんですね。」
「・・・ちょっとどういう意味よ。それ。」
「いえ、大人びているというだけで特に他意はありませんよ。」

ニコリと笑みを浮かべながら吐かれた安室のその言葉に、優華は先程の「中身は知らない」発言が根に持たれていることを確信する。これ以上下手に口を開いても口達者な安室相手に勝てる気がしない。そう考えた優華は黙り込むことにした。けれどこの軽口を叩ける感覚はなぜかすごく心地よく感じた。こんな感覚で接する事の出来る相手など組織の中にいない。きっとそのためだろう。まるで遠い昔何も知らない一般人として友人と楽しく日々を過ごしていた時のような感覚に陥ったのは。優華が内心そう結論付けたそのタイミングで、料理が運ばれてきた。その御膳を目にした優華は瞳をキラキラと輝かせる。御膳はとても華やかに盛り付けられており、実に煌びやかだ。店員が下がったタイミングで二人は手を合わせて頂きますと食前の挨拶をすると箸を手に取る。一口口に入れた料理はとても美味しかった。想像以上に繊細に整えられた味で、安室が美味しいお店だと言ったのも納得だ。優華は料理を口に運びながらもにんまりとするのを押さえられなかった。

「優華さんは随分美味しそうに食べますね。」
「だって美味しいんだもの。美味しいものは美味しそうに食べなくちゃね。それに和食は盛り付けもすごく綺麗でしょう?それも好きなの。この綺麗な盛り付けに繊細な味・・・そしてお茶・・・はあ・・・日本人でよかった。」
「それはそれは。」

安室は優華の日本料理押しの発言に笑みを浮かべながらも箸を進めていく。すると優華がチラリと安室に視線を送ってしばらく悩むようなそぶりを見せた後、安室に声をかける。

「ところで、今更だけど・・・安室さんは日本人よね?」
「ええ、そうですよ。この見た目ですからね。勘違いされることも多々ありますけど、れっきとした日本人です。」
「ふうん・・・。小さいころからモテたでしょう?」

なんせこれだけの整った容姿だ。小さい頃はさぞ可愛らしかったのだろう。そう考えた優華の予想とは裏腹に返ってきた言葉は意外なものだった。

「そうでもないですよ。むしろ異端の目で見られることの方が多かったですね。子供は正直ですから。」

安室のいう通り子供は時として残酷なまでに正直だ。相手の心情など気にせず吐き出される言葉は時として凶器となって人を傷つけるとも知らずに。

「ああ、そういうこと・・・。子供はそういうところ遠慮がないものね。・・・人間なんて皮一枚剥いでしまったら中身はみんな一緒だし、赤い血が流れるのにね。」
「っ!!」

安室は優華の言葉に目を見開いて息をのむ。固まってしまったその姿勢のまま安室に見つめられて、優華はたまらずたじろぐ。

「えっと・・・私変なこと言った?・・・あ、食事中にする例え話じゃなかったわね。ごめんなさい。」
「・・・いいえ、そういうわけではないですよ。僕の方こそすみません。」

安室はまるで取り繕うかのように笑顔を張り付けたものの、妙な空気が二人の間に流れる。安室が何に反応したのか、優華にはわからない。最初は食事中にそぐわない血の話などをしてしまったためかとも思ったが、安室の反応からしてそれは違うようだ。普段憎々しいまでに冷静で笑顔の仮面を被っているはずの安室のそんな反応の理由が気にならないわけではなかった。だが、生憎目下の優華の興味は目の前の美味しい和食だった。

「・・・食べましょう?」
「ええ、そうですね。」

優華はその空気を流すようににこやかにほほ笑むと食事を再開させた。

その後食事を終えて一息ついた二人は軽く雑談をした後、席を立つとお会計へと向かう。レジ前で優華の分も合わせて払おうとする安室に、優華は自分の分は自分で払うと言い張ったのだが、安室はどうしても譲らなかった。あなたは男を立てるということを覚えてくださいとピシャリと言われてしまえばそれ以上強引に言うことも出来ず、優華は大人しく財布を引っ込めるしかなかった。

「ご馳走様でした。とても美味しかったわ。本当にいいお店ね。」
「気に入って頂けたのならよかったです。これで少しは僕のことを知ってもらえたでしょうし、一緒に仕事をするのも気が楽になったでしょう?」
「・・・そうね。安室さんとなら心配なさそうね。」

安室とならば合同の任務でも悪くないかもしれない。

口端をあげて笑う安室に優華も思わず笑いをこぼした。

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