Masquerade | ナノ


▽ episode.7


「・・・視線が痛い。」

優華はポツリと呟くと軽くため息をついた。安室と一緒に食事をした3日後、優華は再び安室とともにとあるパーティー会場に潜入していた。今回は正装が必要ということで、安室はシルバーグレーのタキシードを着て、髪は後ろに撫でつけており、その姿からはこれでもかというほどの色気が醸し出されている。一方の優華はネイビーのひざ丈のドレスだ。色味は落ち着いているものの生地にラメが入っており、地味過ぎず派手過ぎず程よい上品さに仕上がっている。髪は結い上げてサイドに緩く一つに纏めている。その姿は周りの者を惹きつけるような魅力があった。そんな二人が共にいて周りの目をひかないわけはなく、周囲からは羨望と嫉妬の眼差しで見られていた。優華は向けられた視線は全て安室に対するものだとばかり思いこんでおり、周囲のそんな視線が痛くて堪らなかったが、安室はまるで誰にも見られていないかのように涼しい顔だ。それを見た優華はこの男はこういった視線に慣れているのだろうと結論づける。

「安室さんって本当見目だけは無駄にいいわよね・・・。このまわりの視線、かなり痛いんだけど。」
「あなたはいちいちひっかかる物言いをしますね。というか、男の視線はあなたが原因でしょう。」
「はあ!?そんなに見苦しいって言いたいわけ?」
「・・・なんでそうなるんですか・・・。」

安室は優華がハニートラップを多用しているだろうにも関わらず、いまいち自分の魅力に関して無頓着なのだと改めて思い知らされ、ため息をついた。よくわからない女だ。

今回の場は表は会社の創立記念のパーティだ。けれどそれはあくまでも表面上に過ぎず、実のところは薬の売買の場らしい、とのことだ。そこかしこで会話する人々が本当にただの純粋な会話なのか、それとも裏の会話なのか。安室と優華は自然な会話を心がけながらもそれとなく意識を向けながら探る。しばらく二人で会話をした後、安室は知り合いに挨拶に行く体を取って優華から離れる。優華が一人になったことにより、男たちの視線は一層のこと優華の元へと刺さる。その視線を煩わしく思いながらも飲み物を口にしていると、一人の男が近づいてきた。

「どうも。楽しんで頂けていますか。」
「こんばんは。ええ、素敵な時間を過ごさせて頂いております。」

優華に声をかけてきたのは会社の経営陣の内の一人だった。安室から渡された資料の中に見かけた顔だなと優華は脳裏で考えながらニコリと笑みを浮かべる。経営陣に入るには多少若いその男はその年で経営陣として活躍できるほどやり手なのか、それとも裏の仕事の方のメンバーなのか。優華は見極めるためにも会話に意識を集中させる。

「先程まで一緒にいらっしゃったパートナーの方はどうされました?」
「知り合いの方へご挨拶に伺っていますのでしばらくは戻らないと思います。」
「そうなんですね。・・・それでは少しお話させて頂いても?」
「ええ。手持ち無沙汰でしたので嬉しいですわ。」

そこから二人は普段の仕事についてやパートナーについてなど当たり障りのない会話を重ねた。もちろんその答えはあらかじめ設定してあった架空の情報だ。そこで男が少し小さな声で、ところで、と切り出した。

「いいものがあるんですが、興味ありませんか?」
「いいもの・・・ですか?」

やはり裏の方の仕事担当か。

優華はそんなことを思いながらも、全く何も知らないといったふうにきょとんとした顔を向けると、途端に男の笑みが深くなる。優華はさも男の言葉にのせられたかのように振る舞い、別室へと誘う男の後を追う。その途中で優華は安室とアイコンタクトを取ると、ターゲットと共に会場を後にする。優華が誘い込まれた部屋はパーティ会場よりも3階ほど上の階層にある客室の一室だった。鍵を開けた男に誘い込まれるままに部屋に入ると、ふわりと甘ったるい香りが鼻をつく。

「これはアロマ・・・ですか。」
「ああ、私はこの香りが好きでしてね。・・・いい香りでしょう?」
「ええ、そうですね。」

ニコリとターゲットに向けた優華の微笑みはとても柔らかかったが、その内心では酷く冷めた瞳でターゲットを見ていた。

―――――

安室は当初手配していた部屋で優華からの連絡を待っていた。チラリと時計に視線を向けると優華と別れてからもうすぐ2時間が経とうとしていた。今回は相手がかなり用心深いと聞くだけにいつもよりも時間がかかることも覚悟しなければならないだろう。そう安室が思った瞬間、部屋のドアがノックされる。優華からはまだ連絡はない。ということはドアの向こうにいるのは一体誰なのか。安室は懐にある銃を確かめるように手を伸ばすと、銃を握り締めたままそっとドアスコープから覗く。するとそこには壁にもたれかかるようにしながら立ち尽くす優華がいた。

どういうことだ。

安室は銃から手を離すとそっとドアを開ける。

「・・・どうしたんですか。連絡もなく。」
「ごめん・・・。」
「とにかく入って下さい。」

安室が優華が入れるくらいの空間を開けると、優華はおぼつかない足取りで部屋へと入る。だが、部屋へ数歩入ったところで立ち止まったまま、壁へと体を預けてしまう。そんな優華の様子に安室は眉間に皴を寄せる。

「一体何があったんです。」
「なんでも・・・ない。」
「そんな様子でなんでもないということはないでしょう。」
「やっ・・・!」

安室が優華の腕へと触れると、優華は甘い声を出して身をよじる。そんな優華の反応に安室は思わず凍り付く。だが、すぐにあることが思い当たり、安室は思い切り眉間に皴を寄せる。

「何か飲まされたんですか。」
「・・・。」

安室の前でこんな姿を晒すなど最悪な失態だ。優華は俯いたままぎりりと奥歯を噛みしめる。優華の体の奥を燻らせているものは所謂媚薬だった。ターゲットの部屋にはアロマが焚かれていたのだが、ターゲットはそのアロマに媚薬を混ぜていたらしい。そしてそれは徐々に優華の体を蝕んでいった。優華とてある程度薬物への耐性はつけてはいたものの、今回の媚薬は新規に開発されたものらしく完全には防ぎきれなかった。優華は安室の問いかけには答えず、報告を優先する。

「先に報告・・・。やつらが開発している薬は所謂合法ドラッグと・・・媚薬。しかもかなり依存性が高いみたい・・・っ。そこをきっかけに違法薬物へ誘導・・・そして薬物依存に陥らせて・・・利用出来るまで利用するらしいわ・・・。」

薬漬けにして利用できるまで利用する。その言葉の意味するところは容易に想像できた。

「なるほど。なかなかのクズっぷりですね。」
「本当にね・・・っ。それと組織が、疑っていた通り、ターゲットの会社だけでなく例の会社、も隠れ蓑にしているようで間違いない、みたいよ・・・っ。」

切れ切れと苦し気に話す優華に安室がチラリと視線を送ると、優華の目は揺らぎ、自分の体内に燻る感覚と戦っているのが手に取るようにわかった。

「・・・それをどうする気ですか。」
「気にしないで・・・。自分でどうにか、するから・・・っ。報告は以上よ・・・。悪いけど・・・さっさと部屋を、出てくれる・・・?」

時間が経つにつれて段々と効果が増してきているようで優華の声は段々と色を含んだものになってきており、息も荒くなっている。そんな優華の様子に安室はその瞳を細めてため息をつくと、スマホを取り出し電話をかける。だが、今の優華には安室の電話内容まで気を配る余裕など全くなかった。電話を終えた安室はスマホをテーブルの上に置くと、優華の元へと歩み寄る。そして微かに震える細い腕を掴むと自分の胸元へと抱き寄せた。安室に触れられたところから肌が粟立つ感覚に襲われて、優華は思わず身をよじらせる。

「あ・・・っ・・・ちょっ・・・触ら・・・ないで・・・っ。」
「そのままではあなたが辛いだけでしょう。」

耳元で囁かれた安室のその声すら甘く感じられて優華は思わずビクリと体を震わせる。眩暈さえ感じてしまいそうなほどだ。

「だ・・・めっ・・・バーボンっ・・・。」
「・・・安室です。」

安室は思わず呼び名を訂正する。バーボンで間違っていないのだが、なぜかその名前で呼ばれることが酷く不快に感じた。潤んだ瞳で安室を見上げる優華は頬は紅潮して息があがっており、その瞳は切なげに揺れる。男を誘っているようにしか見えないその姿に、安室は思わず息を呑む。普段は奥深くに隠されている欲が疼くのは成人男性としては無理のない反応だった。だが、そんなことなど感じていないかのようにそれは意地で隠しこんで耳元に唇を寄せると、意図して甘さを含んだ声でそっと告げる。

「大丈夫ですよ。楽にしてあげますから。」

甘さの中に危険な色を滲ませたその表情は間違いなく「バーボン」だった。

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