- ナノ -

猫背先輩と俺2

1 ウォーキングする先輩

「みょうじ先輩だ」

 伏黒の声で顔を上げると、さながら生ける屍といった生気のなさでグラウンドの中心へと歩いてくる。伏黒の横にいる俺には気づいていないらしい。その後ろには、嫌悪の表情で歩く先輩とは正反対のいつもどおり感情の読めない涼やかな笑顔の五条先生がいた。

「あついあついあついあついあつい……」

据わった目でぼやく先輩。俺達まで後数メートルの所までくると先輩の声は少しずつ大きくなる。とは言え、そもそも大きな声ではないから音が言葉に認識できるようになる程度の違いだけれど。このだらしない姿に、付き合っていることを打ち明けている伏黒が哀れんだ目で俺を見た。安心してくれ伏黒。俺は数々の情けない先輩を見ているからこんなのかわいいうちだぜ。

「先輩、あっちーね」
「あー、あ?虎杖君?」
「やっほー。もしかして寝起き?」
「すげぇ、虎杖君から放たれる夏の陽キャオーラが半端なさすぎて灰になる」

いやそれ多分逆光だからじゃないかな。目を細めてぐぅと顰めた顔は何気にレアショットだ。先輩、素の表情は無だから。体を縮めて俺の影に収まろうとする姿はとんでもない小動物感がある。その猫背は体を縮めてるだけだからノーカンかな。

先輩がこの炎天下の中グラウンドに出ることはとても珍しい。なにせ先輩は伏黒をも凌ぐこの学校随一のインドア派だ。休日といえば自室の警備にのみ神経を注ぐ。とめどなく流れる汗をタオルで拭ってあげると犬みたいに頭を振った。分厚い髪の毛は熱を持っている。今度一緒に髪切りに行ってツーブロおそろにしような。

「なまえは今トレーニングも兼ねた敷地内ウォーキングと清掃だよ。もぉ〜ヒョロっちいのなんの。体力つけないと駄目よ」
「早めにバテないと仕事を詰め込まれるのでね……」
「五条先生、先輩のこともみてるの?」
「今3年一人でしょ?だからついでね。そもそもなまえは補助監督志望だから戦闘訓練はないけど、あんまりにも体力ないからトレーニングメニュー渡してあげてるだけ。つってもウォーキングしか書いたことないけど」

 ははは、と乾いた笑いを聞きながら、先輩はショルダーバックから経口補水液を取り出して一口飲む。OS-1てこんなに美味しそうに飲むことある?口に含んで少しずつ飲み下していく。

「虎杖君みて。これ俺の命の水」
「説得力がちがうな〜」

 たらり、顎を伝う汗に普通好きな人のこういう姿ってムラムラ興奮するのでは?とエロ本よりご教授賜った欲求を思い起こす。汗を滴らせる先輩をみれば、ふむ、なるほどこれは生ける屍ですねと頭の中の博士的な俺が言った。わかる、先輩今にも死にそうだもんな。

「では僕はまだまだ出発地点だからもう行くね。虎杖君、頑張ってね」
「うん。先輩きぃつけてね〜」

五条先生はここで俺たちと合流なので先輩を見送ると「いや〜聞いてよ悠仁」と俺に話かけてくる。嬉しそうにしているから何か良いことあったのかな。

「あの状態のなまえって僕と普通に喋るの。バテて何にも考えらんないんだろうね。ウケる。すごいべらべら喋るんだよ」
「え、先輩って先生とまともに話すときあるんだ」
「んっふっ、やめろいたどりっ…ふふっ」
「悠仁ってたまに残酷だよね」


2 朝ごはん食う先輩

 寮の共用スペースは朝昼晩のご飯時は賑わう。自室に台所はあるけれど、滅多なようでもない限り使わないことがほとんどだった。パンや米はリクエストを出しておけば管理人さんが買い足してくれるし、そばに人がいるほうが目も覚める。寮生は少ないけれど、各々好きに好きなものを食べている。

「先輩起きてる?」

バッチリ制服を着た先輩はゆるりと微睡みを隠さない。人より遅く起きて、身なりを整えて、飯を食って出るだけの格好で先輩は共用スペースにでてくる。先輩の一日は大抵昼から始まるそうなので、問題ないのだろう。

「おはよ〜って感じ」
「わはは、全然起きてねぇじゃん」

 あくびをして、用意した丼に甘酒と豆乳と粉末の青汁をまぜ、そこに食パンをちぎっていれるとレンジで人肌ぐらいまで温める。先輩命名ディストピア飯の完成だ。俺は自分のカフェオレを持つとダイニングテーブルの先輩の向かいに座った。人肌の温度なのに火傷にビビる姿は、以前釘崎にビビり散らかすなと怒られるほどに弱々しい。

「先輩おいしい?」
「……普通」

ちなみにこの朝ごはんを夕方頃の元気な先輩にきくと「美味しいけどゲロみたいだよね」と笑いながらいっていたので本人もこれが気持ちのいい見た目をしてないことは重々承知らしい。以前お試しとして食べていたオートミールは本当にゲロを食ってるのかと思ってでかい声で驚いてしまった記憶がある。

「悠仁も飽きねぇな。コイツそんなに面白くねえだろ」
「おかか、明太子!」
「いや意外と楽しいよなまえ先輩。な、狗巻先輩」
「しゃけ〜」

 2年の先輩が集まってきて、俺の隣に真希さんなまえ先輩の隣に狗巻先輩が座る。皆朝ごはんは食べ終わってるので、話をしながら視線は必然的になまえ先輩のディストピア飯に行く。スプーンの進み的に腹がいっぱいになってきたんだろう。

「先輩無理して食わないほうがいいよ」
「んー」

虚ろな瞳で残り僅かとなった丼の中身を胃の中に詰め込んでいく。最後の一口どうしても食べられなかったようで「あげる」と俺に先輩が丼をよこしてきた。まぁまずくはないけど美味くもないな。

「いやお前ら兄弟か?」

真希さん引かないで。先輩の可愛いところだから。


3 自習と先輩
「眠くなってしまいますわ〜〜!」
「限界お嬢様、静かにしてください」
「ウス」


 伏黒に諌められてキュッと顔をしめた先輩は漢検のテキストに向き合う。自習の見張りしててと五条先生に呼び寄せられた先輩は、窓側の最後尾の席で俺たちを見張っていた。見張りを立てた五条先生はというと、次の時間までには戻ってくるからと伊地知さんに頭を下げられながら任務へと出ていった。残念ながら今この四人のなかで一番座学ができるのは伏黒なので、先輩は本当にただ俺たちを見守っているだけだ。

「すみません一年生の皆さん。僕トイレに行きます」
「おう、はよ行け」
「上下関係が逆なんだよな」

釘崎が漏らすなよと先輩に許可を出した。先輩は後輩力(舎弟力?)が高いのか、年下である人間にも下手に出る。釘崎はそんな先輩といると気持ちがいいらしいので俺達といるときより気性が穏やかだ。これなら自販機くらいなら抜け出してもばれないのでは?と俺達の中の悪魔が囁き出した。突如始まるじゃんけん。グーグーチョキで釘崎と俺はキレイにガッツポーズを決めた。悪態を付きながら席を立った伏黒が、突然なにかに縛られる。

「な?!」
「へ、蛇?うわ、足元にいっぱい!!キモ!!」
「伏黒だいじょぶ!?」

「一年生諸君」

 ガラリ、後ろの扉が開く。凪いだ声は先輩の声、カツカツとローファーが音を立てる。海が割れるように蛇たちは左右に退きやがて一匹の大きな蛇になった。身動きがとれない伏黒の横を歩いて正面に来る。

「逃げるのは許さない。僕の仕事は君らがここを出ていかないように見張ることだ。許可のない離席はルール違反だ」
「あ、あの、自販機行っていいですか」
「へ?自販機?なんだいいよ別。行ってら。あ待って。もしかして3人分買うの?ついて行ってあげようか?」
「い、いえ。一人で大丈夫です。先輩もなにか飲みます……?」
「んーん。僕はいらない。はいお金あげる」

 伏黒に千円握らせてヒラヒラと手をふる姿に全員肩の力が抜けてへたり込む。先輩、これがギャップなの?


4 2年生からみた先輩

「悠仁達なまえの式神見たんだってな」

 体術訓練中、そういえばという顔で真希さんが言ってきた。パンダ先輩もマジ?みたいな顔で釘崎を投げて寄ってくる。狗巻先輩もちょっとげっそりした顔で俺を見た。詳しくきくと2年生も去年なまえ先輩が自習の見張りに来て、全員で抜け出そうとしたら先輩の式神でコテンパンにされたらしい。

「でもみょうじ先輩は戦闘向きじゃないって言ってませんでした?」
「脱走は戦闘じゃねえからな。アイツのは観察や見張り、索敵特化だ。そこだけ見りゃ恵より強い」

確かに、前に「僕は呪術師が現着するまでのつなぎの補助監督みたいな感じかな」と言っていた。等級を決める際に派遣される窓としては先輩はかなりデキる人なのだと今更になって知る。

「ところで悠仁、お前なまえと最近どうなんだよ」
「えー!真希さん今そういう話だった!?」
「そうだな、野郎同士の恋バナ聞かせろオラ」

 背後にパンダ右に釘崎左に狗巻正面真希の絶対逃さん陣はキツイ。どうってなんだよー!昨日ヤッたとかそういう生々しい話!?それとも先輩可愛い系エピ!?助けて伏黒!!

「おい、小僧は昨日あのガリガリとまぐ」
「おわーーーー!?なんでお前が答えんの?!?!?!」

宿儺の参戦なんて聞いていない。もう力づくで逃げるしかないのでは。そう思いぐっと拳に力を入れると「おーい」と校舎の方から声が聞こえる。伏黒が手をふっていたのでそちらを向くと、件の先輩がコチラへ向かってくるところだった。

「虎杖くーん、七海さんと吉野くん?って子が職員室に来てるよ。虎杖くんのこと呼んでる」
「ナナミンと順平!今行く!」

これ幸いと陣を抜け出して職員室へ猛ダッシュする。先輩ありがとう!

「いや虎杖君速くね?」
「まあアイツ50m3秒らしいですから」
「なまえは何秒だよ」
「10秒……おい!引くな引くな!」

2021.03.18

猫背先輩 3年生 4級
呪霊の等級を決める際に派遣される窓。普段は補助監督見習いとして仕事をこなしている。
等級は護身の証明として取っている為祓うことはできない(その代わり索敵特化の縛り)。



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