思い込みと勘違い



何気ない一言だった。

「なんやねんその服、すっけすけやん。露出多すぎへん?」

京都の夏は暑い。ブラウス一枚でも暑いくらいで、外出する予定のある日は、いかに涼しい格好をするかが私の中で重要となっている。

そんな訳で、今日はキャミソールにシアー素材のシャツを羽織るだけという通気性抜群なコーディネートにしたのだが。玄関でいつも通りの暑苦しい格好をした直哉さんは、私に苦言を呈したのだ。

彼が私にああだこうだとケチをつけるのは、決して珍しいことではない。そういう人だと受け入れた上で、私は直哉さんの傍にいるのだから。

いつもは適当にあしらったり、時に言い返したりすることで私たちの不思議な関係は成り立っている。けれど、単純明快、今日は虫の居所が非常に悪かった。

「なんで直哉さんにそんなこと言われなきゃいけないんですか?彼氏でもなんでもないのに」

笑い混じりに零したその発言に、直哉さんは驚いたように目を丸くした。あっ、間違えた。そう思うも、時すでに遅し。覆水盆に返らず。私が受け入れることで均衡を保っていた関係性は、いとも簡単に崩れ去ってしまう。

「……は?」

唸るような低い声が静かな辺りに響いた。殺気を隠そうともしない直哉さんが、鋭い視線を私の方へ向けてくる。

「今なんて言うた?もっぺん言うてみ?」

段差の関係上、彼は私を少しばかり見上げているにも関わらず、その威圧感は普段以上だ。美人の無表情は怖いと言うが、全くもってその通りである。行き届いた空調のおかげで玄関は十分涼しいはずなのに、彼と目を合わせているだけでじわじわと背中に嫌な汗をかく。

「……なんで、そんなこと、言われなきゃいけないんですか」

絞り出した声は無様にも震えていた。指先も同様に震えていて、それを隠すように胸の前で両手を握る。

「ちゃう。その後」
「かっ、彼氏でも、なんでも、ないのに」

一言一句違わず口にしたセリフは、随分と冷たく聞こえた。しかし、直哉さんがそこまで怒りを顕にするほどのものではないように思えて仕方がない。なんといっても、言葉通り彼は私の彼氏でもなんでもないのだから。

悲しい現実とでも言うべきか、一定数の大人の男女関係は爛れている。直哉さんとは恋人関係ではない。好きと言われたことも言ったこともないし、付き合う付き合わないの話が出たこともない。だけど、体を重ねたことだけは、指で数え切れないくらいにはある。

こういう歪な関係を、世ではセフレと呼ぶ。もちろん、好きになってくれたら良いと思わない訳ではない。しかし、禪院家次代当主と噂される直哉さんと三流の呪術師である私とでは、釣り合うどころか、同じ土俵にも立てやしない。

一時の幸せな夢とでも思えばいい。そう己に言い聞かせ、私は今日も彼と逢瀬を重ねていた。いつか潮時が来ると分かっていた。それが、今日だったというだけだ。

「彼氏でもなんでもないってなんやねん、俺は彼氏やろ」

だから、すっぱりと諦められる。そう思っていたのに、彼はまた私に期待をさせる。

「彼氏」

私は眉根を寄せて、オウム返しのように同じ言葉を繰り返した。直哉さんはそんな私に胡乱な目を向けている。

「彼氏って、直哉さんが私の……?」

信じられないといった顔をすれば、彼はわざとらしく大きなため息をついた。ガシガシと髪を掻き上げる仕草は、予想外のことが起きた際の彼のくせだ。

「逆に聞くけど俺のことなんやと思っててん」

そう聞かれて、私は本当のことを言うか言うまいか一瞬悩んだ。しかし、彼の追求を躱せるような上手い言い訳が思いつかず、結局ありのままを伝えることにした。

「その……セフレ、かなって」

セフレと口に出した途端、直哉さんは「はァ!?」と大きな声を出した。静かな玄関に彼の声はよく響く。

「俺が好きでもない女抱く訳あらへんやろ」

不機嫌さを隠そうともしない彼の表情に、私は思わず笑いを零した。

「なんやねん」
「いえ、その、私のことを好いてくれてるんだなと思って」

私の一言に、彼はまた顔を顰める。骨張った手が頬に伸ばされ、そのまま引き寄せられて口付けた。

「当たり前やろ」

その当たり前がうれしいのだと言う暇もなく、今日の外出は取りやめとなった。暑さに耐えるために露出するくらいなら涼しい家でいた方が何倍も有益だと、直哉さんが真面目な顔をして言うものだから、私はまた笑ってしまった。



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