意味なんかなくていい
時刻は遅く、もう二時を過ぎた頃。この二時というのは十四時ではなく深夜の方の二時。若い女が外を彷徨くには少々遅すぎる時間帯だ。
そんな世間一般の常識を持ち合わせながらも、真っ暗な道を歩いているわたしはもう若くはないのだろうか。いや、そんなことはない、はず。自分の直属の上司である沖田隊長とは九つ差ではあるものの、副長の土方さんとは同い年だし、局長の近藤さんより一個下だ。とどのつまり、二十七歳であるわたしはまだ若い。
そうなると、何故こんな時間に出歩いているのかという疑問が生じるだろう。答えは至って簡単。仲良くしてもらっている万事屋の銀さんとついさっきまで呑みに行っていたのだ。同年代トークで盛り上がってしまい、既に日付を越えていたことに気がついたのは銀さんが酷く泥酔してしまってからだった。酔い潰れた銀さんを万事屋に送っていくという、普通ならば立場が逆であろうことをしてから屯所への帰りを急ぎ出した。
もともとそんなにお酒に弱くないわたしは、まだ肌寒い夜風に当たれば直ぐに酔いは覚める。楽しかったなぁなんてのんびり考えながら、ふと携帯電話を見ると異常なまでの着信履歴が残されていた。
「え、なにこれ!?え、山崎先輩!?」
履歴を遡れば『山崎先輩』『山崎先輩』『山崎先輩』『沖田隊長』『山崎先輩』『山崎先輩』『山崎先輩』『山崎先輩』と文字の羅列が。
多分、沖田隊長が掛けてきた理由は深夜ドラマを一緒に見る約束をしていたからだと思われる。すっかり忘れていた、ごめんなさい。後で謝ろう。
しかし、山崎先輩が掛けてくる理由が一向に分からない。知らぬ間に何かやらかしちゃった?いやでも、山崎先輩とは茶飲み友達ならぬ茶飲み上司みたいな感じで良くしてもらっているだけだし、わたしが何かしらの失態を犯していたとしても直属ではないためここまで鬼電されることはないだろう。
「えぇ、掛け直してみる……?」
誰に尋ねるでもなく呟いてみるが当然返事は返ってくるはずもない。意を決して発信ボタンをタップするとワンコールもしない間に呼出音が途切れ、いつもより低い声が聞こえた。
『今どこ』
「えっと、呑み屋街の通りを過ぎた辺りの、あ、コンビニがあって」
『分かった。今から行くからそこにいて』
電話は一方的に切られて、辺りには沈黙が落ちる。
「迎えに来てくれる、ってことか……?」
またもや独りごちながらコンビニの中に入り、温かい缶コーヒーを二本買う。それから外に出て、すっかり冷えきった手を缶で温めていると、遠くに山崎先輩が見えた。
「あ、山崎先輩。すいませ、」
「あのさ、今何時か分かってる?」
声を掛けるとぐに遮られ、少し怒気の含んだ声色で問い詰められる。
「に、二時十五分、です」
どもりながらも先ほど見た時間を答えると、山崎先輩は、はぁと大きなため息をついた。
「呑みに行くのは君の勝手だけど、帰りが遅くなるなら連絡くらい寄越しなよ。これ何回も言ってるよね」
「でも、わたしなら大丈夫ですってば。そこら辺の奴なら一発で」
「そういう問題じゃないんだよ。心配するって言ってんの」
山崎先輩はそう言ってわたしの頭にチョップを食らわせた。手加減されているのか、あまり痛みは感じない。
「仕事は報・連・相。何度言ったら分かるの?」
「プライベートなんで関係ないですよ」
「屁理屈言わない!帰るよ!」
むぅと頬を膨らませた私を完全スルーし、山崎先輩は私の腕をぐっと引いて、手を繋ぐようにして夜道を歩きだした。手を繋いだりとか、もうそんな歳じゃないのになぁ、などと考えながらも手の平から伝わる温かさに顔を綻ばせた深夜二時。
「……あのね、鬱陶しいかもしれないけど君は、」
「分かってます。分かってますよ、山崎先輩」
もう少しで屯所に着くという所で山崎先輩は繋がっていた指を解き、軽く振り返って諭すような口調で続けた。しかしわたしはその声を遮り、ぎゅっと山崎先輩に抱き着いた。
心配してくれていることくらい、連絡を一つ入れればいいことくらい分かっている。それでもわたしはそうしない。こうやって、心配されるのが好きだから。でも、こんなに電話を入れてくれたのも、迎えに来てくれたのも初めてのことだった。
「……苗字は回りくどいよね、ほんと。心配して欲しいんでしょ」
「ありゃ、バレてましたか」
「監察舐めないでよね」
「じゃあなんで迎えになんて」
「俺も心配するの好きだから」
そう言った山崎先輩はふにゃっと笑って、抱き着く私の背中にそっと腕を回す。
「えっ、えっ、それって」
「何勘違いしてんの?心配するのが好きなだけだよ」
「え、でも今だって」
「酔った部下を介抱してやってんの」
「う、酔ってるんで、もっと介抱して下さい」
「調子乗らないで」
辺りにあははっと笑うわたしの声だけが響いた。ちょっと冷たいところも、回りくどい優しさも、実は結構好き。