海に行かないか、と誘われたときに、私はもう少し考えるべきだったのだ。あの直哉さんが私なんかと海に遊びに行くわけがない。そんなことくらい考えなくてもわかることなのだが、突然の誘いに浮かれてしまった馬鹿な私は二つ返事で了承してしまったのである。


「……任務?」
「そや」
青い海に、白い砂浜。そして禍々しい呪霊が、車を降りた私たちを待ち受けていた。
「任務だなんて聞いてませんけど」
「そうやっけ?」

わなわなと手を震わせる私に、直哉さんはいつも通りの飄々とした様子でわざとらしくすっとぼける。夜に眠れないくらい楽しみにしていたというのに、とんだ裏切りだ。

「貸し切りって言ってたじゃないですか……!」
「当たり前やん。非呪術師らの前で出来へんやろ」
「あぁ……そういう意味……」

眩しい光に目を細めながら、隣に立つ直哉さんはパキパキと指を鳴らす。私が水際で綺麗な色の石を二、三個見繕っている間に、件の呪霊は跡形もなく消え去っていた。

「……これ私いりました?」

ぐっと伸びをしながらこちらに戻ってくる彼に、私は純粋な疑問を投げ掛ける。

「別にいらんけど、俺だけ暑いとこ行かされるん癪やさかい道連れにしてん」

彼は全く悪びれた素振りも見せず、「あっつ……」と額に流れた汗を拭い、前髪をかき上げた。

「直哉さんの人でなし」

すごくすごく楽しみにしていたのに。直哉さんのこういう性悪なところが嫌いだ。しっかりいじけてしまった私は、砂浜にしゃがみ込んだまま大きなため息をひとつ落とす。すると、直哉さんが徐に隣へ腰を下ろし「あーあ」と嘘くさい声を出した。

「今日は丸一日貸し切りやのにそういうこと言うんや」
「え?嘘!」

丸一日貸し切りという言葉にバッと横へ振り向けば、にんまりという効果音がピッタリな意地悪い笑みを浮かべた彼と視線がぶつかる。

「まぁ人でなしとは一緒におられへんもんなァ?」
「さっきのはジョークです!ジョーク!」
「ふぅん?それで?」

それで……と私は口ごもった。その次に言うべき上手い発言が浮かばなかったのである。そんなとき、直哉さんが珍しく私に助け舟を出した。

「俺のこと、どう思っとるん?」

先程とは違って、幾分か真剣味を帯びた瞳がこちらをじっと見つめている。私はあちこちへと視線をさ迷わせた後、恐る恐る口を開いた。

「……す、好きかな、って」

緊張で上擦ってしまった台詞が恥ずかしい。とてもじゃないが直哉さんの顔を見て言うことなど出来やしなくて、私はただひたすらに寄せては返す波を眺めていた。現実には数秒だったのだろうが、私にとっては何時間にも感じられる間が空いて、何故か私は海に投げ入れられた。バシャン!と派手な音が二人きりの海辺に響く。

「ちょっと!?何するんですか!?」

口の中に入った海水に顔を顰めながら大声で抗議をすると、投げ飛ばした張本人は肩を震わせて笑う。

「や、なんか、このキショい雰囲気が耐えられへんかった」
「直哉さんの人でなし!!」

ギャンギャンと叫びながらびしょ濡れの自分の服を見て、思わずため息が零れた。こうなったら直哉さんも道連れである。私は奇襲がバレないようにさり気なく水から上がり、彼に近づく。

「これどうしてくれるんですか……」
「知らん知らん」

どうも何かがツボに入ったのか、未だに笑いが止まっていない彼を私はちらりと見やった。気が抜けていて隙だらけである。この上ないチャンスだ、と私は勢いよく直哉さんに抱きついた。

「うわっ!?お前何すんねん!!」
「道連れです!道連れ!」

慌てている間に珍しく薄着だった彼の服はどんどん水を吸っていく。私ほどではないにせよ、直哉さんもそれなりにびしょ濡れである。

「直哉さんが先にやったんだから怒んないでくださいよ」

あまり抵抗してこないことに違和感を覚えてそう言い訳し、そっと上へ視線を向けると、何とも言えない表情をした彼が目に入る。どうしたんですか、と言おうとしてやめた。直哉さんが緩やかに顔を近づけてくる。私は少しだけ背伸びをした。自分のうるさい鼓動と、波の音だけが聞こえていた。



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