キスの日



珍しく五条が談話室で眠っていた。立て続けに任務が入っているとは聞いていたが、随分大変だったようだ。寝顔をそっと覗くと、伏せられた睫毛はわたしよりも長くて少し腹が立つ。とはいえ、彼は一応仲良しの同期の一人である。いくらその美しい顔に嫉妬を抱くと言えども、わたしは彼を気遣う心の広さを持ち合わせているのだ。

そんなわけで、ここで寝ては風邪を引くかもしれないし、次の日体はバキバキになってしまうだろうな、と考えたわたしは彼を起こすか起こすまいか悩んでいた。数分考えて結局起こさないでおこうと思ったのだが、タイミング悪くわたしの携帯に着信が入った。いつでも連絡に気がつけるよう、それなりに大きめの音にしていたのが運のつきである。

「……うるさ……」

低く掠れた声がする。すやすやと規則正しい寝息を立てていたはずの五条は、馬鹿みたいに大きな着信音によってすっかり目を覚ましてしまった。電話を受けながらそちらを見やると、起きたばかりの彼とバッチリ目が合う。任務の連絡のため切ることも出来ず、わたしは向こうの話に相槌を打ちつつハンドジェスチャーでごめんと謝った。

「起こしやがって」

五条はそう言うと、べ、と舌を出してわたしに中指を立てる。コイツ……!と中指を立て返すと、彼は楽しそうにゲラゲラ笑った。最後の方は何となくしか聞いていなかった電話を切り、わたしはどかっと彼の横に腰を下ろす。

「ねぇ〜〜!謝ってんじゃん!なんで中指立てるわけ!?」
「誠意を感じなかった」
「夏油みたいなこと言うじゃん……」

怒らせると面倒な夏油を思い浮かべ、わたしはうげぇと顔を顰めた。怒らせたのが五条で良かった。彼は彼で面倒なのだが、夏油に比べればまだ扱いやすい方である。

「まぁ俺は傑より優しいからさ。許してやるよ」
「ほんと?良かった〜」
「うん、キスしてくれたらいーよ」
「……はっ?」

え?キス?わたしの聞き間違いかと尋ね返すも、五条は平然と「キスしてくれたら許してやる」と繰り返した。わざわざわたしの方へ体の向きを変えてまでである。

「し、正気?何かの呪いにやられてたりする?」
「しねぇよバーカ」
「えっ?わたし五条にキスすんの?」
「そう」
「なんで?」
「謝罪だろ」
「謝罪でキスすんの?」
「くどい」

え、と驚きの声を零す間もなく端正な顔が近づいて、唇に柔らかいものが触れた。ふにりと重なったかと思うと、リップ音を立ててそれが離れる。頭の中は真っ白で、彼の美しい瞳に目を丸くしたわたしの顔が映っていた。

「さっきの任務の連絡だろ」
「うん……」
「そろそろ行かねーとマズくね?」
「そうだね、行ってくる……」

何事も無かったかのように五条がわたしを任務に向かうよう促す。わたしはぼんやりとした頭のままそれに頷いて、携帯を手にし外へと足を進めた。何が起こったのだろうか。脳内には依然としてクエスチョンマークが大量発生している。

「……キス、された?」

無意識に手が自分の唇へと伸びる。そうだ。わたしは、五条と、キスをした。

「うわぁぁぁ!?」

それを認識した瞬間、わたしは顔を手で覆い隠し、その場にしゃがみ込んで絶叫した。偶然通りかかった七海がドン引きしているのが視界の端に映る。近くで五条が笑ったような気がした。今日がキスの日だと知るまで、あと一分。



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