ここはさながら水の中



わたしは自分の家系が嫌いだ。令和の時代であるというのにも関わらず、女だから、という理不尽極まりない理由で下に見られる。禪院家など大嫌いだ。とはいえわたしは分家だし、大した術式も持たないためお家事情にはほとんど関わっていない。年に一度ある集まりに呼ばれる程度だ。それでも昔から繰り返される女は一歩後ろで、などという押し付けが気に食わなくて仕方がなかった。

何故こんな話をするのかというと、今日がその親戚一同の集まりの日だからである。実に嫌な風習であるが、逆らうのを良しとしない親たちに混ざり、わたしはお茶の用意の手伝いをしていた。大広間では皆が下らない世間話を繰り広げていることだろう。そんなところへ行く気など起きるはずもなく、わたしはお茶のおかわりを入れる係として一人台所で暇を持て余していた。このまま何事もなく早く帰りたい。そんな思いはどうやらフラグとなったらしい。

「お茶のおかわりある……ってなんや君来とったんか」

湯呑みを二つ手にしてやってきたのは、さきほどのお茶汲み中に次期当主だろうと噂されていた禪院直哉だった。面識はあるが、金髪に派手なピアス、わたしの得意なタイプの人種ではない。というか、かなり苦手。最悪、と思ったのが顔に出たのか、彼はふはっと吹き出した。

「わっかりやす〜!そない会いたなかったん?」
「……すいません」

語尾に(笑)が付いているのが見えるような軽薄な様子にわたしはうんざりしつつも、彼の手から湯呑みを受け取った。形だけの謝罪は面倒事を起こさないための処世術だ。保温ボトルに入っているお湯を急須に注いでいると、彼は何を思ったのか近くの椅子に腰掛けた。

「……すぐできますけど、お茶」
「まあまあ、ちょっと喋らへん?」
「どうしてですか」
「可愛い子と喋りたいなー思うんはおかしい?」

ちらりと彼の方を見やれば、机に頬杖をついてこちらを見ている目とかち合った。ばつが悪くて思わず視線を逸らすとまた笑い声が零れる。

「それはわたしが弁えているからですか?」
「質問を質問で返すんはどうかと思うで」

今度は逸らしてたまるかと睨むように見つめると、彼はおもむろに立ち上がり、わたしに一歩近づいた。反射的に一歩後ずさると、また一歩近づく。本能が逃げろと警告しているが、いつの間にかわたしは部屋の角に追いやられており、ついに背が壁についた。

「離れてください、これ以上近づかないで」
「なんで?」

逸らさないつもりが、逸らせなくなっていた目を湯呑みを持ったままの自分の手元に向けた。それと同時に大きく骨ばった手がわたしの手を握った。禪院直哉の、手だ。

「ほんま可愛いなぁ。前から思っとってん」

彼はまた一歩踏み出し、わたしとの距離を詰めた。耳元に吐息がかかる。

「組み敷いたらもっと可愛いやろなぁって」

そこでわたしのストレス値はメーターを振り切り、ほぼ反射で湯呑みの中身を彼に向かってぶちまけた。頭からまだ熱いお茶を被った彼が目を丸くして言葉を失っているのを良いことに、わたしはにこりと笑みを浮かべた。

「水も滴るいい男ってやつですかね。黙ってる方が素敵ですよ」

すっと横を通り過ぎ、急須に残ったお茶を再び入れ直す。そして着物の袂からハンカチを取り出し、彼に手渡した。彼は罵倒一つせずそれを受け取った。先程までの軽薄さは消え失せ、ぼんやりとしているようだ。

「お茶はわたしがお出ししてきますので、お着替えになったらどうですか。直哉さん」

彼は依然としてぼんやりしていたが、わたしが名前を呼んだことでハッとしたようにこちらを振り返った。そしてびしょ濡れになった自分の着物を見てはぁと深くため息をついた。

「……そうさせてもらうわ」

そう言ってわたしのハンカチで顔を拭う彼を横目にわたしは部屋を後にした。とんでもないことをやってしまったという後悔と、やってやったという爽快感が半々でなんとも言えない気持ちが心を占めている。

「なんか思ってたんとちゃうな……」

しかし、部屋から出た直後に聞こえた声には湯呑みが空だったときの余裕はなく、わたしは結局一人ほくそ笑んだ。

この後何故か直哉に気に入られるのは、また別の話である。



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