くすぐったい笑みで、今は全て



「明日の任務はお前も着いて行け、苗字」

聞き慣れた上司の声。耳に入るのは聞き慣れない言葉。聞き間違いか何かか、と目を瞬いていると「オイ聞いてんのか」と頭を叩かれた。痛い。夢じゃ、ない。

「……嘘」
「嘘じゃねェよ。まだ寝惚けてんのか?」
「い、いえ、沖田隊長じゃあるまいし……」
「……そういやアイツどこ行った」
「どうせ縁側で寝てますよ。起こしたってすぐ別のとこで寝てますもん」
「ったく……起こして来てくれ」
「はぁい」

聞き慣れた命令。こんな下らない仕事に安堵する日が来るとは思わなかった。上にも下にも問題児を抱えているせいで日々ストレスを溜めている副長と別れ、縁側へ進む。お日様を浴びて幸せそうに眠る沖田隊長を見つけ、わたしはため息をついた。

「隊長、起きてください」
「……なんでェ」
「副長が呼んでました」
「めんどくせェからパス」
「そんなことしたら代わりに私が怒られちゃうじゃないですか」
「サンキュー、名前」

起き上がるどころか目も開けない沖田隊長は軽い返事だけ寄越した。わたしが肩を揺らせば煩わしそうに身を捩る。まるで猫のようだ。気まぐれなところが特にそっくりである。抱えるようにして身体の横に置かれている刀だけがその場で異彩を放っていた。

「……ねぇ、隊長」
「なんでェ」
「わたし、明日死んじゃうかもしれないです」
「……どこか悪ィのかよ」
「副長が、明日の任務に着いて行けって」

死に近い場所に立っているくせに、死に敏感な沖田隊長がわたしは好きだ。軽率な言い方だったかと内省しつつ、わたしは首を横に振った。大したことではないが、と平静を装ったが、敏い隊長にはわたしの心の内など丸わかりなのだろう。むくりと身体を起こした彼はわたしの目をじっと見つめた。

「怖いのか」
「……多分」
「そんなんじゃ二秒で死んじまうぜ」

沖田隊長はふと目線を落としたかと思うと、両の手で私の手を握った。びくりと跳ねたわたしの手を、彼の長く骨張った指が包む。

「帰ってこい。ちゃんと、ここに」
「でも、」
「でもじゃねェ。こういう時、何て言うか知らねーのか」
「し、知らない」
「はい分かりました沖田隊長、だろ」
「……わたし、そんなに従順じゃないです」
「次ちゃんと言わねェと、その無駄な口塞ぐぜ」

手を握ったまま、隊長はぐっと距離を詰めた。少しでもわたしが前のめりになれば、彼の言ったように口を塞がれてしまう距離だ。ほら早く言え、と彼は急かす。じっと赤い目に見つめられて逸らすことが出来ない。

「……はい、分かりました、沖田隊長」
「よく出来ました」

目の前で笑ったかと思うと、次の瞬間には至近距離で妖しく細められた目と視線がかち合った。一回では飽き足らず、何度も角度を変えて唇を合わせられる。わたしのくぐもった甘い声だけがその場に響いた。

「……っ、隊長、」
「名前」
「……なんですか」
「俺のいないところで、勝手に死んだら許さねェぜ」

見た目より厚い胸板を押し返してようやく酸素が回り出す。沖田隊長はさっきまでと一変して低い声で許さない、と呟いた。存外わたしは愛されていたのか、とくすぐったい笑みが零れる。

「善処します」
「かわいくねーな」
「沖田隊長は可愛いですね」
「喧嘩するか?」
「しませんよ。今怪我でもしたら副長に叱られちゃう」
「流石に土方さんも骨折ってる奴に仕事しろなんざ言わねェだろィ」
「骨?何の話ですか?」
「今から折ってやろうかと思って」
「え……?冗談、ですよね?」
「……冗談でィ」

ふいと目を逸らされた。今のは多分、冗談じゃなかった。目が本気だった。相変わらず横暴で、野蛮で、優しい人だ。爛々と輝く太陽を見つめる隊長の横顔に劣情を抱いたわたしは無防備に晒された首筋に顔をうずめた。隊長は一瞬驚いたように固まったが、すぐにわたしの背中に腕を回した。

「大丈夫。私の居場所は、隊長の隣だけです」
「そんなことくらい、とっくの昔に知ってらァ」
「あと少しだけこうしていても良いですか」
「……好きにしろィ」

縋るように隊服を掴めば、背に回った腕に力がこめられた。それだけで満たされる、それだけで不安全てが消え失せる。我ながら、私は随分単純な人間だ。



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