死に最も近いあなたの隣



やばい、と思ったときにはもう遅かった。パキリと踏んだ枝が折れる音がしたかと思うと、男達はこちらを一斉に振り返った。数にして約十人。

「オイ、何見てる」
「や、あの、通りかかっただけで、」
「……殺せ」
「うそでしょなんでよ!おかしいでしょ!?」

近道をしようだなんて怠惰なことをしたからバチが当たったのだ。普段通らない裏道では何やら怪しげな取り引きが行われていた。よせばいいのに、わたしは物陰に隠れてその場を写真に収めようとしてしまった。そして冒頭の通りである。

「死ぬ死ぬ死ぬこれは死んだ」

殺せ、と一番偉い立場なのであろう男が命令したと同時にわたしは地面を蹴った。こういうとき洋装で良かったとしみじみ思う。必死の思いで表通りを目指すも、足場が悪く思うようにいかない。

こんなときに浮かぶのは可愛らしい顔の反面、悪を煮詰めたような性格をしたあいつのこと。あ〜助けに来てくんないかな。無理かな〜てか今何してるんだろ。また懲りずに副長さんに嫌がらせしてんのかな。お願いだから今すぐそんな下らないこと止めてこっち来てくんないかな。三百円あげるから。

「残念だがここで終わりだ!」
「あぁもう、沖田の馬鹿ァ……」

もう追いつかれる。わたしの寿命はあと三秒といったところか。こんなときくらい、助けに来てよ馬鹿。最期の言葉が人を罵る言葉とは、わたしも地獄行きだろうか。あぁ、出来るなら来世は……

「オイ、誰が馬鹿でィ。馬鹿って言った奴が馬鹿だって知らねェのか」

わたしがいるのかも分からない神に来世への希望を心の中で唱え出したとき、すぐ近くで金属音がした。斜め前から降ってくるのは嫌味っぽい江戸っ子口調。

「お、沖田ァ……!!」
「あんた今回は何しでかしたんでさァ」
「ち、近道」
「……疫病神かなんか憑いてんじゃねェの」

沖田はわたしと軽口を交わしながら、すっと前に出る。さり気なく私を後ろに隠し、相手を鋭い目付きで睨んだ。相手はわたしの言葉でこの男が真選組の沖田だと気づいたからか動揺が走っている。しかし数では勝っていると高を括ったのか、命知らずに沖田へ刀を振るった。

「行け!!」
「すいやせんね、俺ァ手加減が苦手なもんでちっとばかし殺りすぎちまうかもなァ」
「ひ、怯むなァァ!!」
「今日は虫の居所が悪ィんでね」

それから数分後、ここに立っているのは数においては劣勢であったはずの沖田とわたしだけだった。目の前には先程までわたしの命を狙ってきていた男達から流れた血液が水溜まりのようになっている。

「いっちょ上がり」
「呆気ない最期だった……」

刀を鞘に納めた沖田は傷どころか返り血すら浴びていない。ついでに言えば、わたしも怪我一つなかった。指をパキパキと鳴らした沖田はこちらを振り返り、じとっとした顔を向けてくる。

「で、なんか俺に言うことは?」
「……助けてくれて、どうもありがとう」
「ふ、よく出来ました」

沖田は息を吐くように笑い、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。ここで抵抗すると全て水の泡となることを三度目にして学習した私は、ただただ沖田の手の平の感触を感じるだけ。男にしては細く綺麗だが、やはり刀を握っているためかとても固い。それが何だか心地よく、思わず目を細める。

「なんでィその顔」
「えっ!?私なんか変な顔してた!?」
「さァな。オラ、さっさと帰んぞ」
「あっ、ちょっと待ってよ」
「遅ェ」
「ねぇ、待ってって言ってんじゃん」

突然踵を返し歩き出した沖田の袖を引くと、面食らったような顔が目に入る。あれ、なんか変なことしたっけ、と見つめ返していれば、沖田の方からぷいとそっぽを向かれる。

「なに?」
「別に」
「うそ。なに、言ってよ」
「……可愛いことも出来んのな」
「へ?」
「って思っただけでさァ」

それだけ、と沖田はまた目を逸らした。一拍遅れて、顔に熱が集まるのを感じる。そんなの、卑怯だ。このまま一人で帰る勇気はないが、二人で帰れる程冷静でもない。どうするべきか考えあぐねていると、沖田がぽつりと小さな声で言った。

「手」
「ん?」
「手ェ出せ」
「え、うん、はい」

言われるがままに両手を沖田の前に差し出すと、二つも要らねェよ馬鹿と右手だけが沖田の左手に捕らわれる。え、と声に出す前に沖田は歩き出した。置いていかれないように後に続くが、歩き方がどうしてもぎこちなくなる。

「ね、ねぇ、沖田」
「なんでィ」
「違ったらごめんなんだけど、もしかしてわたしのこと、好きだったりする?」

駄目だこれ以上このままでは気が狂う。そう思ったわたしは思い切って、率直に尋ねた。これで沖田がわたしのことを好きでも何でもなかったら笑い話にすればいい。わたしの言葉に立ち止まった沖田は、目線だけこちらに向け、言った。

「……悪ィかよ」

それは本当に小さな声だったけれど、わたしにはちゃんと届いた。引いていたはずの熱が舞い戻ってくる。わたしの返事を待たずに先を急ぐ沖田に、悪くない!と声を張り上げながらわたしは抱き着いた。頭上から沖田の慌てた声が聞こえる。生きてて良かった。わたしは一人、そう笑った。



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