憶えたての名前



「あんみつー!あんみつー!!」

正午過ぎ、夏の暑い日。ぎらぎらと照りつける太陽に目を細めながら、額にうっすら浮かんだ汗を拭った。

愛猫のあんみつが部屋から抜け出してから、かれこれ一時間が経った。家の周辺は探し尽くし、普段は通らないような道まで来たが未だに見つからない。道行く知らない人に赤い首輪を付けた黒い猫を見ませんでしたか、見たらこの番号に連絡して貰えませんか、と声をかけ続けることしか出来ない自分が酷く情けなかった。

そんな時、わたしに誰かが声をかけた。もしや、あんみつを見たとか……そんな期待を込めながら振り向くと、そこには綺麗な栗色の髪をした青年が立っていた。

「あんたさっきから何やってんでさァ」

けれど、その人が発した言葉は外見の優しそうな印象とは真逆で、わたしを警戒しているようなものだった。何この人、感じ悪いなぁと思わず八つ当たりをしそうになるのを堪えて、努めて自然に「わたしが、何か?」と返事をした。

「あんたさっきからそこらの奴らに声かけまくってただろィ」
「……え」

そこで漸く気がついた。彼は恐らく、真選組の人間だ。彼が着ている隊服には見覚えがある。武装警察、真選組。警察ではあるものの、正直あまりいいイメージは無い。野蛮な、人殺し。

それはさておき、恐らくわたしは今怪しい奴として職務質問的なものを受けているのだろう。まぁ確かに、あれだけ無差別に声掛けなんかをしていれば疑われても仕方がない。

「実は、わたしの飼っている猫が居なくなっちゃって、探していて……」

「あ?猫?なんでェ、怪しい奴じゃあなかったですぜ土方さーん」

わたしが正直にそう答えると、彼は直ぐに興味を失くしたように間を開けずに回れ右をし、土方、と呼んだ男の元へ行ってしまった。なんなんだ、一体。その言い方じゃあ、まるで怪しい奴だったら良かったのに、とでも言っているみたいだ。別に真選組に恨みがある訳ではないけれど、こういうところがわたしは嫌いだ。


また別の真選組の人に声を掛けられても困る。あまり不振がられないように行動しよう、と決めてから少し経った。あんみつはまだ見つからない。もうダメかもしれない、そう諦めそうになっていた時、後からトントンと肩をたたかれた。またか、と思いながらも振り向くと、そこには先程の青年と似た隊服を着た男の人が立っていた。

「あの、どうかしましたか?」
「え、?」
「あー、いや、さっきから何か探しているみたいだったんで、気になっちゃって。あ、俺は怪しいもんじゃないですから!真選組なんで!」

そう言って彼はびしっと敬礼をし「何か困ったことでも?」と首を傾げる。

「……飼い猫がいなくなっちゃって、探してるんですけど見つからなくって……」

案の定、彼は真選組の人だった。しかし、先程の青年とは大きく違って、誠実さとか心の温かさのようなものを感じる。そんなことを考えながら例の彼に言ったのと同じことを伝えると、彼とは全く違う答えが返ってきた。

「そうなんですか……良かったら俺、手伝いますよ!どんな猫ですか?」
「えっ、あっ、あの黒猫で、赤い首輪を付けていて」
「了解です。あ、見つかったら連絡したいんで連絡先交換してもいいですか?」
「はい、もちろん……!」
「ありがとう。名前、聞いても?」
「名前。苗字名前です」
「俺は山崎退。よろしくね、苗字さん」

山崎退、と名乗った彼は見た目通りの優しい人だった。出会ってから五分も経っていないのに、あんみつを探すのを手伝ってくれるだけでなく、あれよあれよという間に連絡先まで交換してしまった。真選組の人特有の殺伐とした雰囲気があまりなくて好感がもてるからだろうか。人の心の奥に土足で踏み込んでくる、というわけではないのに、どこかとっつきやすくて頼み事も出来てしまうような気がした。

「あの、お仕事とかは大丈夫なんですか?」
「困ってる町民を助けるのは真選組の仕事ですよ」
「……山崎さんは素敵な方ですね。さっき声をかけてきた人はつまんないって感じで去っていきましたよ」
「あぁ……沖田隊長かな」
「沖田、さん」
「悪い人じゃないんだけど性格に難アリでね……っと、そろそろ探しに行きましょうか。俺はここら辺を探すんで、苗字さんは一度家へ戻ってみて下さい。もしかしたら帰って来ているかもしれないし」
「た、確かにそうですね!本当にありがとうございます……!」
「いえ、気にしないで下さい。俺が好きでやってる事だから。じゃあ俺は行きますね。あ、苗字さんは少し休んでからの方がいいと思いますよ」
「えっ、あの」

山崎さんはわたしの呼びかけには振り返らずに、探しに行ってしまった。彼は一体何者なのだろうか。いや、真選組の人で間違いはないのだが、彼はどこか少し不思議というかなんというか。実を言うとこの暑さのせいで、わたしは体調が芳しくなかった。とはいえ普通に会話を出来ていたし、立ちくらみ等があったわけでもない。

それなのに彼はわたしのちょっとした体調不良を見抜いているようだった。非常に目敏い人だ。彼なら、山崎さんならあんみつを見つけることができるかもしれない。あの優しそうな笑顔を思い出しながらわたしは家への道を急いだ。


家に着き、周辺や部屋の中を探したがあんみつらしき猫は見当たらない。エアコンの効いた部屋で、悲しみと気分の悪さを紛らわせる為に、ストックしていたスポーツドリンクを飲んだ。甘い液体が口の中に広がり、喉の渇きはマシになった。それから顔を洗い、涼しい着物に着替えた。今までは丈の長いものを着ていたが、なにぶんこの暑さだ。短い着物を身につけ、携帯電話を手に取った。

すると、携帯がブブブッと振動し、着信音が流れた。液晶画面に表れているのはさっき登録ししたばかりの『山崎さん』という文字。もしかして見つかったのか、と期待を感じながら応答ボタンを押すとと、「もしもし」という前置きもなく淡々と言葉が紡がれた。

「あんみつちゃんらしき猫が見つかったよ」

それだけ、たったそれだけの一言でわたしは泣いてしまった。泣いていることを悟られないように努力したが、あの山崎さんのことだ。きっと分かった上で気づかないふりをして話を続けてくれている。

「分かりました、真選組の屯所に行けば良いのですね。はい、場所は大体分かるので大丈夫です。本当にありがとうございます」

今現在、あんみつは真選組で保護しているからそこに来て欲しいということで、わたしは屯所へ向かった。

あんみつにやっと会える。今朝も会ったけれど、私の大事なたった一人の家族。いつもよりも早足で、だんだんスピードを上げて、結局は屯所まで走った。


「あ、苗字さん!」
「や、まざきさん!あんみつは、どこに……!」

屯所の門まで来ると、山崎さんが待っていてくれた。どこまで優しい人なのだろうか。久しぶりに走ったせいで息が荒いわたしの背中をゆっくり擦りながら山崎さんは奥を指さした。山崎さんの指が向かう方へ目をやると、そこにはあの青年、沖田さんが居た。

「あ、やっぱりあんたのかィ、不審女」

相変わらず失礼なことしか言わない彼の腕には、探しに探していたわたしのあんみつが居た。

「あんみつ!!」

沖田さんから半ば奪い取るようにあんみつを抱き寄せると彼女は「にゃあ」とかわいく鳴いた。まったく、どこへ行っていたの。探したんだよ、もう。

「あぁ、本当に良かった……」

ふわふわの体に顔を寄せようとすると、急にあんみつが私の頭上を通り抜けた。

「こいつあんみつって言うのかィ。ふーん、結構可愛いじゃねェか」

その犯人は沖田さんで、わたしの可愛い可愛いあんみつを抱き抱え、気安く名前で呼んでいる。あんみつもあんみつで、「にゃん」なんて風に甘えたりして。

「わたしのあんみつに触らないで下さい」

むっとしてあんみつを取り返すと、沖田さんは顔を顰めて舌打ちをした。そんな彼を私が睨むと、彼はわたしの頭をはたく。地味な攻防が続いていると、見かねた山崎さんが間に入ってくれた。

「まあまぁ……それにしても、見つかって良かったですね」
「……はい!本当にありがとうございました……あの、お礼がしたいのですが」
「えっ!?いいですよ、お礼なんて」
「でもそれじゃあわたしの気が済まないです」
「えぇ……あ、じゃあ、もし良ければまたあんみつちゃんに会わせて貰えませんか?お別れがちょっと名残惜しくて」
「そんなことでいいんですか……?」
「もちろん。苗字さん、また会ってもらえますか?」
「……はい!もちろんです!」



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