Giyu Tomioka



※現代パロディ(微睡みに抱かれるの義勇視点)


名前と暮らし始めて1か月と2週間が経つ。今日は久々に早く帰宅できたこともあって、名前と肩を並べて夕飯づくりだ。とんとん、とリズムよく食材が切れていく音や、火にかけた味噌汁から上がる蒸気が温かくて心地よい。賃貸のあまり広くないマンションのキッチンは大人二人が並ぶと時折肩同士がぶつかるが、それもまた幸せのうちの一つだ。隣に並ぶ一回り小さい名前の横顔を見つめていたら「調理中によそ見をしたら怪我するよ」と注意された。俺は子供ではないのだからそれぐらいで怪我をしない。何も言わず目線を手元のサラダに戻すと、隣に並べてある器へ取り分けた。後は名前が焼いている魚を皿に盛り付ければ今日のメニューは揃う。先に出来上がったものからテーブルへ運んでいった。


「義勇さんこれもお願い。」
「ああ、」


魚を焼いている間にごはんと味噌汁を取り分けた名前が俺に器を手渡したので、それも運ぶ。ただそれだけの事なのに、その度にありがとうと微笑むものだから俺の心臓はいくつあっても足りない。これがよくあの問題児達が言っている”ほわほわする”というものだろうか。
二人そろって席に着いて、いただきますの合図とともに箸を持った。食べ物を口に運びながら、名前の今日あった出来事を聞く。仕事、人間関係、帰り道で猫を見かけたこと、どれも目新しいことではないけれど、名前が話しているからどれも素敵に聴こえるのだと思う。相槌を打っていると、名前が義勇さんはどうでしたかと聞くものだから、生徒の話や行事の話をする。楽しそうに耳を傾ける名前を見ている今がとても幸せすぎて不吉なことが怒らないか心配になった。そんな俺の様子を知ってか知らずか、そういえば、と名前が話題を変える。


「今日取引先の方からの手土産で日本酒を貰ったんだけど…。」
「そうか。」
「一応冷蔵庫に冷やしてあるんだけど義勇さん飲む?」


キッチン奥の冷蔵庫を指さして名前は言う。酒は嗜む程度しか飲まないが、折角の頂き物だし今日は金曜だ。たまには飲むのも悪くない。それに酒にあまり強くない名前も1杯ぐらい相手してくれるだろう。付き合ってすぐに1度だけ見た彼女の酔った姿を思い出す。呂律の回ってない口で義勇さん、義勇さんと呼ばれて触れられたら据え膳食わぬは男の恥、もうそれは朝までじっくり抱いた。あれ以来名前は恥ずかしがって飲んでくれなくなってしまったが。思い出していたら熱を持つものをぐっと堪えて、お茶を一気にのどに流し込んで頭から離れさせる。


「飲む。名前も久しぶりに飲まないか?」
「ええ…私はやめておこ、」
「少しだけ。」


あー、とか、うー、とか声を上げながら首を捻る名前も根負けしたのか最終的には風呂上りにテレビを見ながら飲むことに承諾した。「義勇さん絶対やらしいこと考えてるでしょ」とジト目で見られてすぐに否定できなかった己の弱さを恥じたい。そんなに明け透けだっただろうか。





「かんぱーい!」
「乾杯。」


酒の注がれた切子のグラスを小さくぶつける。ぐいっと飲み干すと、風呂上がりの熱を冷ますように体に染み渡った。一方で隣に座る彼女はちびちびと啜っている。そんな姿が可愛くて頭を撫でると子供扱いしないでと手を払われた。心外だ。キッチンでの仕返しをしただけなのに。すっかりテレビに夢中になっている名前を横目に酒瓶を傾けてなみなみと注いでいく。波打つ水面を見ていると妙に心が落ち着いた。


「義勇さん、このお酒美味しいね。私でも飲みやすい。」
「…俺に合わせて無理だけはするな。」


すでに顔が少し赤い名前が俺の腕をつつきながら笑っている。片手のグラスの中身はまだ半分ほどしか減っていない。これは一杯が限界だろうと、テーブルの上の酒瓶を名前から離れたところに置き直した。近くに置いておくと酔った彼女はまた注ぐから注意してみていないといけない。適度な量にしておかなければ電源の切れたテレビの様に一瞬で寝てしまうからだ。


「もー…そうやって心配してくれる義勇さん好き。」


呟くように言ったその声を聞き逃さなくてよかった。いますぐ抱きしめて自室に連れて行ってしまいたい衝動を抑えて酒をあおる。今度は名前が俺の酒のペースを心配するが、お前のせいだ、なんて言えない。

そして何度かそれを繰り返した後、目の前の彼女の姿が揺れているように見えた。いや、彼女が揺れてるのではない。たぶん自分が酔って目を回しているだけだ。耐えろ、義勇。こんなところでダウンしてしまえば当初の目的が達成できなくなる。しかしタイムリミットが迫っていることは自分が一番よくわかっていたので、名前の手から飲みかけのグラスを離させてテーブルに自分のものと並べておくと、無理やり抱き上げて運んだ。名前が何か言っていたような気がするけれど、酒のせいかよく聞こえない。ドアを開けて整えられたベッドに彼女を転がして、その上に跨る。顔の横に両手をついて口を近づけようとしてー…。そこから先は覚えていない。

翌朝、服を着たままの自分を見て、酒は絶対に1杯までと決めたのだった。


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