Giyu Tomioka



※現代パロディ


義勇さんと暮らし始めて1か月と2週間が経つ。同じ布団で眠り、目を覚ますことももう慣れたものだ。私の腹部に回る腕をそっと退かして温もりから抜け出した。義勇さんが目を覚まさないようにゆっくりと布団をかけ直し、目覚まし時計を見ると、時刻は午前7時を指していた。休日にしては少々早い起床となったが、目が覚めてしまったものは仕方がない。寝起きで喉の渇きがあったことから、部屋の戸を開けキッチンの冷蔵庫へ向かって忍び足で歩き出した。

朝のひんやりとした空気が肌を撫で、シンと静まり返った部屋は一人で暮らしているかのような寂しさを感じさせた。借りているこの部屋は2DKで、私の部屋、義勇さんの部屋、キッチンダイニングの共同部屋で構成されている。初めは二人の寝室、リビング兼ダイニングの1LDKを借りようと思い不動産に向かったのだが、義勇が「自立した生活を送るためにプライベート部屋は作ったほうがいい」と意見を出したから2DKにしたのであった。果たして一緒に暮らす意味があるのか?と疑問に思った部分は否定しない。それ以上に義勇にべた惚れしていたために、二つ返事でOKしてしまったのである。しかし、暮らし始めて1週間でその心配も杞憂に終わった。

お互い社会人で、仕事が終わる時間もバラバラで、大抵私がご飯を作って待っていると義勇が帰宅するというのが日常であった。ただ、その日は義勇の帰りが遅く、待っていようにも翌日仕事があるということで先に自室の布団で寝ていた。気持ちよく眠っていたところに、もぞもぞと布団が捲られて意識が戻る。寝ぼけ眼を擦りながら片目を上げれば義勇さんが私の布団にもぐりこんできていたのだった。「起こしたか」と眉を下げながら言うと、私をぎゅっと引き寄せる。睡眠中に意識を引き戻された私は若干不機嫌気味に「どうしたの」とそれだけ言うと、義勇は「夜、顔を見れなかったから」と言って先に眠りに落ちたのである。それ以来、義勇が早く帰っていてもどちらかの部屋で一緒に眠ることが続いたので、寝室を当初の想定通り同じにするかと問うたのだが、一度言ったことを取り消すのはプライドが許さなかったのか否定された。その代わり、寝るときは必ず同じ布団で寝るという謎のルールが設定されたのであった。

そして昨日は金曜の夜ということもあって、二人で酒を飲みながら映画を見ていた。そのうちに先に眠くなった義勇が片づけも早々に私の腕をひいて自室のベッド向かった。ベッドに転がされたと思ったら義勇が覆いかぶさるように倒れてきて意識を手放した、気がする。道理で、テーブルの上にグラスが残ったままだ。寝起きで片づけはあまり気が進まないが、気付いてしまったものをそのままには出来ないので渋々柄を持ってシンクへと運ぶ。蛇口をひねって水でスポンジを濡らすと、食器用洗剤のポンプを押し込んだ。何気ない日常の動作、そして二つのグラスを洗う、なんてことない一瞬が一緒に暮らしていることを実感させてくれる。洗ったグラスを布巾で水けを取ってから食器棚へと戻すと、代わりに自分のコップを取り出して、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを注ぐ。コップに口をつけようとしたところで戸がゆっくりと開き、寝起きの義勇が顔を覗かせる。ずっと私を抱きしめて横向きで寝ていたものだから、右側だけ寝癖がひどくて、コップから口を離して笑ってしまった。そんな私の様子に義勇は首を傾げて、のそのそとこちらに向かってくる。


「…隣にいなかったから心配した。」
「目が覚めちゃったの。喉も乾いたからついでに。」
「俺も一杯欲しい。」


頭がガンガンする、と私のコップに手を伸ばしてきた。お酒があまり強くないのに昨夜は珍しくたくさん飲んでいたと思ったら。まだ私も飲んでいなかったので先に口をつけてから注ぎ直して義勇さんに渡すと、のどを鳴らして飲み干した。思わず首筋に目がいってしまい、見慣れていると言えど改めて綺麗だな、と思った。空になったコップを受けとって再びスポンジを手に持つ。


「もう少し寝たほうがいいよ。二度寝できる時間だから、ね。」


部屋に戻るように促すが、義勇が動く様子はない。もしかして待ってくれているのかもしれないと、先ほどのグラスを洗うよりも速いペースで洗っていると、後ろから腹部に腕が回った。


「…義勇さん?」
「早く。」
「はいはい。」


待ちきれなかったらしい義勇は私の肩口に顎を乗せて催促する。なんて可愛い人なんだろうか。猫のようなくせ毛が首をくすぐり身を捩るとそれに合わせてくっついてくるものだから、思わず「子供みたい」というと、「俺は子どもじゃない」とすかさず否定した。洗い終わったコップの水けを振るように切ると、義勇の腕に水滴が跳ねたようでびくっと振動が一つ。さて、拭いたコップを食器棚に戻すためには歩かなければならない。義勇に離すように頼んでも彼は離してくれない。このまま歩けばいいだろうと足を動かす義勇にペースを合わせながらペンギンの様に歩く。一緒に暮らしてなければ絶対にできないことだ。堪えるように肩を震わせながら笑っていると、義勇が抱きしめる腕にさらに力がこもった。表情は見えないけれど、やさしい顔をしているんだろうな。


「早くベッドに戻ろう。」
「はいはい。」
「…また子供扱いしてないか?」
「そんなことないよ?」


結局抱きしめられながら義勇の自室へ戻って再び寝転ぶ。寝起きは温かかった布団も、すっかり冷え切っていた。二人向き合って布団にもぐりこむと、はみ出た私の肩に気づいた義勇は布団を上からかけ直してくれる。


「名前、体を冷やしてはいけない。」
「ありがとう、義勇さんは飲みすぎちゃだめだよ。」
「…善処する。」


大きく欠伸をした義勇は寝る態勢を整えて先程とは違い、やんわりと私を抱き寄せる。寝苦しくないように、でも離れないように。初めはぎゅうぎゅうに抱きしめられていたから起きるたびに筋肉が悲鳴を上げていたが、もう慣れたものだ。冷えていた布団も、義勇がいれば寒くない。


「おやすみ、義勇さん。」
「おやすみ、名前」


寝る前に触れるだけのキスをして、意識を手放した。


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