Muichiro Tokitou



*R15程度(2019 Helloween企画 吸血鬼パロディ)
牙を立てるの続き


「ねぇ、いつまで寝てるの。」


目を覚ました名前の目に飛び込んできたのは、麗しい顔立ちと毛先がミント色になった髪だった。柔らかいベッドの上に寝かされていると気づくまでには時間はかからず、意識が朦朧とする中でも、この男が自分にしたことは鮮明に思い出せた。突き立てられた場所を撫でても不思議と痛みはなく、噛み後の凹凸もない。しかし、青白い手を見る限り血が抜かれたことは確かなのだろう。ベッドの縁に腰かけて足をバタバタとさせる男は、闇夜で見た姿とは想像もつかないほど幼い顔立ちである。


「私、生きてるの…?」
「吸いきっちゃおうと思ったけど気が変わった。」


人間には到底理解できないが、吸血鬼は血液を香り、舌触り、温度の全てを感じ取るらしい。そして、各々の好みがある。自分の好みと合致した血液と出逢える確率は低く、殆どは生きるために啜るのだそうだ。言わば食糧である。ただ、食糧と言えど美味しく感じられるのであれば保存し常備食としたい。それだけのために名前は生かされて捉えられたのだ。


「ここは貴方の家なの…?」
「そうだよ。あと無一郎、それが僕の名前。」
「無一郎…さん。私、家に…、」


帰さないよ、と無一郎は被せるように言って笑った。その笑顔に、名前の僅かながらの希望は打ち砕かれる。


「あのね、名前は僕の気まぐれがなかったら死んでるの。だから名前の命はもう僕の物なんだよ。」


生かすも殺すも自由。命とはこんなにも簡単に掌握できるものではないはずなのに。射すくめられた瞳は変わらず捕食者のもので、名前は身震いした。逃げ出したくても締め切られた窓は黒いカーテンが光も通さず閉められており、ドアから無一郎が出してくれるはずはない。吸血された後の貧血気味の体では上体を起こすことすらできない。無一郎の言う通り、帰れないのは代えがたい事実なのだ。

これから名前に待っているのはただ血を捧げるだけの人生。生きながら死んだようなものだ。手酷く扱う気がないことだけが唯一の救いと言える。道端に捨てられた女を見た後では、今後どうなるか分かったものではないが。無言で反応を示さない名前を横目に、無一郎は立ち上がって近くのクローゼットから何着かのドレスを取り出した。ハンガーにかかったドレスは全て胸元が大きく空いている。


「どうせ飲むなら見た目もいいほうが美味しく感じるでしょ?それに、その服だと一々襟を捲るのが面倒なんだよね。」


名前の服は仕事帰りのスーツのワイシャツで、ボタンが開いているものの首を護るように折られている。無一郎は悩んだ末に黒いレースのあしらわれたドレスを選択すると、ベッドまで戻ってきて名前の上に馬乗りになった。重力に沿って落ちる長い髪が名前の体に垂れる。身体が動かせないのをいいことに、無一郎はスカートのホックを外して引きずり下ろし、ストッキングを割き、シャツの釦を細い指で一つ一つ外していく。完全に開かれたシャツから名前を護ってくれるものは薄いキャミソールと下着のみ。


「あんまり色気ないね。」


言いつつも無一郎は名前の体に指を這わせた。男性に体を触られた経験などない名前にとって、それだけでも顔を赤らめるには取るに足らない。ドレスを着せるだけならこれ以上脱がす必要性はないのだが、丁寧にキャミソールも捲り上げて外されてしまう。最低限隠された肢体と表情を見て無一郎は確信する。


「…やっぱり、名前処女でしょ。」


核心づいた物言いに名前は顔を横に倒して無一郎から目線を逸らした。妙齢の女が処女だということを揶揄したいのだろうか。失礼な奴だと名前は思った。しかし、無一郎はそれ以上言及することはなく、無言を貫いている。内心はほくそ笑んでいた。処女は男性を知らないために感度がいい。限界まで熱を高めさせて啜れば吸血鬼にとって極上ともいえる代物で、好みの女の血液であればあるほど価値は高い。昨晩病みつきになって飲んだ理由付には十分だった。つまり、名前の血液は自分の開発次第で更に美味しくなる。欲を孕んだ目が名前の首筋を捉え、離さない。

覆いかぶさるように体を倒した無一郎は名前の首筋を舐めながら、下着越しに胸を揉む。優しい手つきで怖がらせないように、かつ、しっかりと身体に快感を刻み込むように。血の通っていない冷たい手のはずなのに名前は触れられたところがじわじわと熱を帯びてくる。これから行われようとしている吸血を頭は拒んでいても、感じてしまう身体は正直だ。


「思いっきり気持ちよくさせてあげるからね。」
「やだっ……こんなのっ…!」
「んー?聞こえないなあ。」


下着との間に手を差し入れて直接肌に触れられると、名前の身体はびくんと跳ねた。中心に触れれば引っ掻くように刺激され、時折強くつままれる。押し寄せる快感の波を我慢するので精いっぱいな名前に対し、無一郎は余裕の笑みを浮かべている。散々嬲られて漸く手が止まったかと思えば、背中のホックを外されて胸の形を露にされた。唾液をとろりと垂らしながら先端を口に含み転がすと、耐え切れなくなった名前の口から嬌声が漏れ始める。


「飲むだけ…っならっ…こんなことしなくても…!」
「君達人間が料理するのと一緒。素材そのままより手を加えたほうがもっと美味しくなる。」


名前が乱れる姿に己も昂っているのを感じた無一郎は、熱を抑えきれずに牙を剥くと、首筋に突き立てた。二度目でも痛みに慣れることはないが、一度目の時よりも痛みは鈍く感じた。無一郎が吸血直後で血液量が少ない名前を気遣って浅く刺したからだ。気遣うならば日にちを空けるのが一般的だろうが、無一郎なりに考えた精いっぱいの優しさである。とてつもなく甘美な匂いに包まれた血液に無一郎は酔いしれていた。胸だけの愛撫で味が濃くなるのならば、破弧させて絶頂の渦の中啜れば一体どれほどの味になるのだろう。強く啜れば溢れてくる血液を我慢に我慢を重ねて舐めとるだけに済ませる。ここで死なれては困る。折角見つけた餌を手放すのは惜しい。


「……っはぁ…。…終わり?」


無一郎は名前の首筋から口を離すと噛み後を舌で押さえた。するとみるみるうちに傷は塞がっていき、赤い点だけが二つ縦に並んでぽつりと残った。


「なに、もっと吸ってほしかったわけ?」
「…いいえ、また意識が飛ぶまで吸われるかと思ったらそうじゃなくて驚いただけ。」


胸を軽くタオルで拭いてから無一郎はドレスを名前に着せた。漆黒のドレスは無一郎の想定通り白い肌の名前によく似合っている。しかし、物足りないと思った無一郎はもう一度クローゼットを漁り、一本のリボンを見つけてくる。ミント色に色づいたリボンは名前の首に巻かれ、蝶々結びが施された。つけられた首輪はもう、外せない。


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