白に溶ける



「すみません。お邪魔してしまって……。」


ソファーに座った彼女は私を見上げ、それから、居心地が悪そうに少しだけ身を縮めた。
それもそうだろう。
予想外に、この双児宮に厄介になる事となり、しかも、私がこうしてココに居るのだから、気が引けるのも当然だ。


「気にせず、寛ぎなさい。そう畏まる事はない。」
「そう言われましても……。」


足を揃え、膝に手を置き、チョコンと座ったアレックスは、顔いっぱいに苦笑いを浮かべている。
まぁ、いきなり寛げと言われて、急に気楽になれるような、そんな礼儀のない女ではない事は分かり切っている。
私も釣られて苦笑いを浮かべ、手にしたマグカップを差し出した。


「飲みなさい。身体が温まれば、気も楽になるだろう。」
「有り難う御座います。いただきます。」


受け取ったアレックスは、嬉しそうにマグカップの中身を啜る。
が、その表情が直ぐに変わった。
変わったというよりは、凍り付いたと言うべきか。
慌てて自分も手元のカップに口を付けてみたが、私も彼女とまるで同じ表情になってしまった。


「これは薄い……、な。」
「はい、凄く薄いです……。」


何をどうしたら、こんな薄い味のココアが作れるのか。
自分で淹れておきながら、ゲンナリする思いだ。
お湯で百倍にでも薄めない限り、こんな味にはならないのではないか。
自分の家事能力のなさを改めて突き付けられ、ただでさえ痛む頭が、更にズキズキとしてくる。


「私、新しく淹れ直してきますね。」
「すまない、アレックス。感謝する……。」


眉間を押さえていた私の手からカップを取ると、アレックスはキッチンへと消えた。
本当に良く出来た子だ、愚弟が信頼を寄せるのも理解出来る。
頭が良くて仕事は早く、人見知りせず誰とでも明るく接し、どんな事にも物怖じしない。
強面で、しかも、少々アクの強いデスマスクやシュラとも直ぐに打ち解けたのは、正直、驚きだった。


そんな彼女が、この宮に来たのは、未だ続く嫌がらせのせいだ。
この聖域の中に、そのような事をする輩がいるなど思いたくもないのだが、実際に、アレックスが住まいとしていた小屋が留守の間に襲撃され、ドアや窓ガラスを破壊された挙げ句、部屋が荒らされていたのだから驚きだった。
そのまま小屋に居ては、彼女の身の安全は勿論、折角、結んだ海界との協定すら壊れる事態に発展しかねない。
丁度、久し振りに自宮へ帰ろうと思っていたところでもあるし、愚弟の部屋も空いている。
十二宮内であればアレックスの身も安全だろうとの配慮で、ココへと呼んだのだが……。
しかし、やはり教皇補佐である私と、彼女の直々の上司である愚弟の部屋となると、緊張感が抜けぬらしい。
畏まって座っていた先程までの彼女の姿を思い浮かべ、苦笑いが浮かんだ。


「サガ様、どうぞ。」
「有り難う。助かるよ。」


受け取ったカップに口を付け、温かなココアを流し込む。
だが、これは……。


「ココア、ではないな?」
「はい、ホットミルクです。サガ様、とてもお疲れのようでしたから、身体にも胃にも、この方が優しいかと思いまして。お嫌いでしたか?」
「いや、そんな事はない。とても美味しいよ。」
「良かった。ホットミルクは質の良い眠りをもたらすと聞きました。これを飲んで、ゆっくりと休んでくださいね。」


彼女を気遣ってココへと招いた筈が、逆に、こうして気を遣われてしまっている現実。
アレックスは優秀な部下であるだけでなく、優しく細やかで良く気が利く、女性としても素晴らしい人なのだと気付かされて。
数年振りにカタリと揺り動いた心に、自分が何よりも驚いてしまった。



乳白色の蕩ける優しさ



‐end‐





サガ様はさり気無い優しさに弱いと良いと思いました。
でも、大抵はその鈍さ故、気付かずにスルーしちゃうんですが、気付いた時には一気に心がグラついちゃうとか有りそうですよねw

2015.06.14

→next.『charcoal gray day』


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