8.交錯



暗い宮内を進んでいく私達を追い駆けてくるように、コツコツと響く足音が聞こえている。
石造りの壁や柱が、音を反響させているのだろうか。
この中を歩いていると、方向感覚が働かなくなる。
だが、確実に奥へと向かっているのだと分かるのは、足を進める毎に濃度を増していく、この薔薇の香りのせいだ。
古代ギリシャを色濃く思わせる建造物の中に居て、この香りは場の雰囲気にそぐわず、明らかに異質だった。


――コツッ。


前を歩く二人の足が止まる。
見上げれば、目の前には重厚で厳重な石の扉があった。
美しく左右対称に細工された立派な扉に目を奪われる。
これだけの装飾を彫り上げるのに、どれだけの技術と経験が必要となるのだろう。
日本の歴史的建造物に施されているような装飾とは全く異なる美しさに、私はただただ感嘆の眼差しを向けていた。


――ゴゴォ……!


古めかしく、且つ重い音を宮内に響かせ、扉が開く。
シュラと呼ばれた黒髪の男性は、この如何にもドッシリと重たげな扉を、眉一つ動かさず、いとも簡単に開けてみせた。


刹那、私の全身を包み込むように広がった薔薇の香気は、それまで宮内で感じていた香りの五倍、いや十倍はあるだろう。
その強烈過ぎる香りに当てられて、呼吸すら苦しく感じられる。
私はその香りの濃厚さに、目が眩みそうになった。


「大丈夫か、浅海?」
「あ、う、うん。ちょっとクラッとしただけ……。」


僅かに足元がフラついた私に気付き、すかさず手を貸してくれたアイオリア。
だが、その手が私の腰に回ったところで、背後から素っ頓狂な声が響いた。


「……なンだぁ、アイオリア。オマエにしては珍しく女と一緒かと思えば、随分と仲良しみてぇだな。俺達に見せ付けに来たのかよ。」
「っ?!」


慌てて振り返れば、一面、薔薇色の絵画のような風景の中に、明らかに浮いている男性が一人。
夢でも見ているかの如く圧巻の薔薇の群生に、これ以上、似合わない人物はいない。
そう思える程に、この場に不釣合いな雰囲気を纏っている。
彼ならば瓦礫と化した廃墟、いや、その廃墟に出来たスラムの光景が似合いそうだ。
今、会ったばかりだというのに、一目でそう感じてしまうくらい、彼の存在は異質だった。


「おや、本当だ。キミが女の子を連れてくるなんて、珍しい事もあるものだな。」


今度は別の方角から、違う声が響く。
そちらに顔を向けると、そこにいたのは目を見張るばかりの綺麗な人。
この薔薇園が、これ程、似合う人はいないだろう。
そう思えるくらい、この場に溶け込み、それでいて際立つ美しさ。
これだけの数の薔薇に囲まれていながら、その美しさは見劣りする事なく、より一層、力強く輝いて見えた。


右と左、二つの方向から現れた、まるで正反対、対極の位置にあるような二人。
光と影、昼と夜、生と死。
アイオリアの腕に支えられて、この一瞬、私は再び目眩を感じていた。





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