長い一日を終え、私は大きなベッドに向かってダイブした。
柔らかなベッドがボフッと吐いた空気と、私が零した大きな溜息の音が重なる。
シャワーすら浴びる事もせずに、そのままの状態で眠ってしまいそうだった。
正直、私に不釣合いのこんな豪華なベッドでは、気が張って良く眠れないだろうと思っていたのだが、この様子では数分もあれば直ぐにでも夢の世界へ落ちそうだ。
それ程に、私は疲れていた。
初めてのギリシャ。
その中でも特殊な『聖域』という場所。
自分にはまるで縁のなかった地に足を踏み入れ、ただでさえ戸惑う事ばかりだというのに。
その上に重なって、一気に色んな事があり過ぎた。
いきなり雑兵に襲われそうになったりとか、まぁ、何事もなく無事で済んだから良かったけれど……。
今日一日で出会えた黄金聖闘士は、カノンとシオン様を除いて四人だけ。
カノンの言う通り、一度に沢山の人と会うよりは良かったかもしれない。
混乱している頭には、これ以上の許容スペースは見当たりそうになかったから。
兎に角、今は眠りたかった。
何も考えず、夢も見ずに、深い睡眠を身体が欲していた。
夕方――。
カノンと聖域内の施設をアレコレと巡った後、一番最後に彼が連れて行ってくれた場所。
そこは聖域に住む一般の人達のための墓地だった。
そう、そこには姉さんのお墓もあって。
その十字架に刻まれた姉さんの名前を見た瞬間、私は姉さんが本当に死んでしまったのだという実感を、ココまで来てやっと覚えた。
ずっと夢のようだと思っていた。
沙織さんと話をしていても、カノンと話をしていても、やはり何処かで姉さんの死を信じ切れていない自分がいて。
長い間、姉さんと会えなかった事もあって、実感のないままギリシャへと来てしまった私は、目の当たりにした現実に心が勝手に悲しみを訴えた。
つまり、私は号泣したのだ。
姉さんのお墓の前で、カノンがいる事も忘れて。
その十字架にしがみ付いて泣いた。
ここ何年か、泣く事など忘れてた私の身体が、突然、悲しみを思い出し、堰が切れたように泣いた。
涙で滲んだお墓の文字は、ギリシア語で書かれていたため、全く読めない筈なのに、私は本能でそれが姉さんの名前だとハッキリと悟っていて。
十三年前に別れたきり、一度も会えないまま永遠の別れになってしまった事が、悲しくて、切なくて、悔しくて。
そんな私の心情を察してか、カノンは何も言わずに、私の肩をポンと強く叩いた。
それは「思い切り泣けよ。」という彼からの合図のように思えて、私は遠慮せずに泣き続けた。
私の口から漏れ続ける慟哭の歌が、夕暮れの墓地に悲しくこだましていた。
→第6話へ続く